八十章
それから人間領から亜人の奴隷を救出し続ける生活を二年くらい続けた。流石に二年も無償で亜人奴隷を助けた成果もあったのか、亜人の民間人からは感謝の言葉を貰えるようになった。俺が荒瀬さんの関係者だと知っている上層部からは滅茶苦茶警戒されているが、特に問題はない。
しかしこの二年ちょっとの期間の内に荒瀬さんとは結局出会えていない。一年が経った時点で人間領を探してはみたが、噂すら掴めなかった。それと人間領で俺は完全に重罪人になっていた。まぁ顔を魔法で変えられるんであんまり関係ないですけどね。
この世界が阿鼻叫喚に包まれるまであと四年半くらい。しかし人間と亜人の戦争はあと半年ほどで開戦するようだ。俺のせいかと思ったがモセカの母の情報によると、知能が高い亜人が集って研究した生物兵器が完成したから開戦に至ったらしい。
荒瀬さんが見つからない時は人間側に加担しようと思ったが、今まで亜人側でスパイしてました!とか言っても絶対信じてもらえないだろうし、もし通ったとしても亜人と手を取り合おうと言って聞いてもらえるはずがない。それにワニ亜人やモセカを裏切ることになる。
かといって情に流されて亜人側を勝たせても人間側が確実に全滅する。亜人奴隷を助けて様々な国に滞在したので、自然と色々な亜人の性質や考え方も分かってくる。荒瀬さんの手紙に書かれていた通り、基本的に本能に従う者が多い。理性的な奴もいるが大多数はそうだ。俺が理性的な奴らを説得するにしても数の暴力で説き伏せられてしまうだろう。
つまり俺が出来ることは何も無い。完全に荒瀬さん頼りなのが現状だ。俺が今までしてきたことは世界平和のためではなく、ただの自己満足だったと今更ながら思う。過去に戻れたらいいのにと魔力を込めて祈ってみても何も変わらない。完全に手遅れだ。
ベッドで仰向けになりながら木製の天井をじっと見つめる。深夜から早朝までずっと木目を一つ二つと数えながら考え込んでいた。睡眠があまり必要のないこの身体も考えもんだな。
俺が今から出来ることは二つ。一つは荒瀬さんを探すこと。一年前から瞬間移動を駆使して荒瀬さんを探している。もし見つからなかったらただ会いに来ることを祈ってこれからは何もせずにただ待つしかない。
二つ目は世界を平和にすることを諦めて亜人側を戦争に勝たせてこの世界で暮らすことだ。ワニ亜人にモセカ、不死身少女との生活も中々楽しいだろう。
この二つのどちらを選ぶのか、半年前からずっと悩んでいる。ぐるぐると同じ場所を回っているような気がして精神的にもキツい。
「……あー」
(ただ目の前の人たちを助けていただけだからね、シュウトは。ろくな目に合わないとは最初から思ってたよ。あと半年間存分に苦しむといいよ)
「そういうことは普通先に言わないか?」
(言ったら聞いたの? 今までも散々提案しようと思ってたんだけど?)
「……今までは聞いてないかもしれんが、今は聞くかもしれんぞ」
(へぇ? なら答えはとても簡単だよ)
剣は少し楽しげな明るい声で言う。
(亜人と人間。どっちも少し壊せばいい。別に人は殺さなくていいんだよ。村、街、都市を半壊させて少しの怪我人を出すだけ。それを直すのにどちらも労力を使って戦争はしなくなる)
「俺の目的は世界平和だ」
(平和じゃない? 誰も死なない。戦争も起きない。世界を平和にしたらシュウトは元の世界に戻れるんでしょう?)
「……そこはよくわからない。世界を平和にすれば神は戻れるって言っていた」
そもそも俺はもう二十歳過ぎたぞ。今更元に戻っても大丈夫なのか? ……いや、それを疑い始めたらもう世界平和なんて目指す必要がなくなる。家族には今でも会いたいと思ってる。友人にもだ。
「……だが剣。それもいいかもしれない。候補には入れておくよ」
(お、乗り気? シュウトは断ると思ってたけど)
「別に。お前は何だかんだで良い奴だからな」
(買いかぶりすぎじゃない? 僕はシュウトで暇つぶししてるだけだよ?)
そうかよ、と毒づいてベッドから起き上がって剣を腰にしまって外に出る。少し生温い風を感じながらも外で井戸水を組んでいる不死身少女に声をかける。
この二年で不死身少女は若干成長した。精神的にはまだ子供だが、ワニ亜人とモセカに鍛えられて身体能力はかなり向上した。力の強いワニ亜人専用に作られた井戸から水を引き上げる重労働もそこまで苦ではなさそうだ。
一番驚いたのが不死身少女が魔法を使えるということだ。長年学校で身体に暴力や魔法を当てられ続けたのが原因かもしれない。他にも魔法を身に受けた亜人はいたが全員死亡しているらしいので実証は出来ないが。
しかも魔力量も中々優れている。だけどまだまだ子供だ。そこらの魔物や亜人には負けないだろうが戦闘はなるべく避けさせている。
こっちを一目見て不死身少女はお辞儀をしてから井戸水を組むのを再開した。現在もまだ喋れることは出来ない。
「あいつらは?」
不死身少女は顎に手を当て、森の方を指差した。どうやらワニ亜人とモセカは狩りに行っているらしい。今は戦争に向けて食料を貯めているから最近狩りは盛んだ。
じゃあ俺はまた今日も人間領に行って荒瀬さん探しだ。今日で探すところは全て探したことになる。もう元の世界に戻っているんじゃないかと思ったが、それにしては人間の士気がやけに高い。
前回の戦争はほぼ荒瀬さんの力で人間側が何とか盛り返し、引き分けに持ち込んだ。現在も亜人側の主戦力は荒瀬さんの呪いの影響で戦闘不能。魔法が貴族だけではなく一般人にも伝わったことで戦力も上がった。
だけどまだ人間側が優勢だとはとても思えない。トカゲ亜人の研究施設を見ればよくわかる。自己再生する生物を作成出来る科学力は魔法に引けを取らない。だから人間側の士気は間違いなく荒瀬さんに関係していると思う。
人間領のある街の裏路地に瞬間移動して顔を作り変え、服を着替えてから徒歩で移動する。街に入るには厳しい検問があるが場所のイメージさえ出来れば瞬間移動出来る。裏路地に移動すれば目撃者は少なくて済む。
それに裏路地に住んでいる奴らも大体金を掴ませるなりすれば黙ってくれる。それでも報告されることがあるが、瞬間移動の対策はあまりない。光の障壁で周りを囲えば入れないと思うが、そんなことを出来る貴族は王家を守ってるからな。
一年前に王家に瞬間移動したらその後王家の周りに結界が張られるようになった。多分あれも荒瀬さんの入れ知恵だろう。結界が何重にも張られていて壊すのに時間がかかりそうだったので、一年前に王家は後回しにして他の場所を探した。
もう王家以外の場所は探し尽くした。そこに荒瀬さんがいなかったらもう探す場所がない。亜人領にいたら大騒ぎになってるだろうしな。
人通りの多い通りに出てここが王家です、とでも言いたげな馬鹿デカい石の城を見上げる。そこに荒瀬さんがいることを願いつつ、黙々と足を進める。
明らかに人通りの少ない王家の前の階段を堂々と登ると、鉄の鎧を着た屈強な門番が大声を上げて手にある鉄の槍をこちらに向けた。
「ここは――」
「あぁ。そういうのいいです」
向けられた槍を片手で掴んでそのまま門番を階段へ投げ飛ばす。鉄の鎧を来ているので死にはしないだろう。
転がっていった兵士から視線を外すと警告を示すような笛の音が鳴り、鉄の鎧と大きな盾を持った兵士がぞろぞろと出てきた。その集団の後ろから強烈な風を吹かせると、その集団は次々と石階段を転がっていった。
「敵襲だー!」
若い兵士の叫びと共に俺も王家へ足を進めていく。階段を上がるたびに横や背後から次々と向かってくる兵士は剣で適当にいなす。段々面倒になってきたので光の障壁を張ってそのまま無理やり進んだ。
兵士たちはどいつも鍛えられていたと思うが、この二年間魔法を中心に修行を積んできたのでこいつらは敵じゃない。障壁に槍を突き刺そうとしてるが、ただ武器が折れるだけで終わった。
前を走っている若い兵士は他の兵士に比べて軽装で、首から笛をぶら下げている。恐らく伝達係なんだろう。その後を追いかけるように階段を上がっていく。
途中で兵士たちが一固まりになって前を塞いできた。少し感心したが固まった兵士たちを覆うように闇魔法を展開して力を吸い取った。兵士がうめき声を上げながら階段を上がる俺の足を掴んだが、すぐに離した。
「そんな……」
前でその光景を見ていた伝達係は青白い顔で走る速度を上げた。何かやたら悲鳴を上げている。多分全員死んだとでも思っているんだろう。いきなり真っ黒な物体に包まれて動かなくなったらそりゃ怖いか。
少し長めの階段も遂に終着点。伝達係は白い壁の前で足を止めた。一年前にも見た光景だ。光の強力な結界が何重にも張られている。
伝達係は障壁を軽く叩くと、こちらに振り向いた。あれで伝達できたんだろうか。別にどうでもいいけど。
伝達係は背中にかけてあったロングソードをこちらに向けた。切っ先が滅茶苦茶震えている。そんなに怖いなら素直に道を譲ればいいのにと思いつつ、障壁を解いて伝達係に剣を向けた。
すると後ろの方で何やら金属音が聞こえた。振り向くと兵士たちが鎧を脱いで槍を投げてきていた。流石にこちらへ届いてはいなかったが、タフだなあいつら。闇魔法で力を吸い取られたら大体動けなくなるはずなんだが。
「わぁぁあぁ!!」
俺が後ろに気を取られている間に、伝達係が階段から飛んで突っ込んできた。前に手をかざして粘性の高い水の塊を想像して伝達係を抑え、続いて闇魔法で包んで力を抜いてから地面に解放する。
もう兵士がいないことを確認した後に障壁を壊すために集中する。光の障壁に触れて目を瞑り、ウイルスが侵食していくようなイメージを固めてから闇魔法を流しこむ。
十分くらい経つと真っ白だった障壁が虫に食われたみたいに黒い斑点が浮かび始めた。闇魔法の注入を止めて剣に闇魔法を纏わせて壁を一閃する。
崩れた障壁から出てきた炎の波だった。住民の被害は考えてないのか結構な量だ。闇の障壁で炎を受け止め、そのまま炎を食べるように包み込んで消火する。
赤い髪を揺らしながら神経質そうな男は媒体紙を持ちながら俺を見て舌打ちした。多分火の貴族の長だろう。魔法で強化された目ではその男の後ろから細い雷撃が接近しているのが見えた。身体を捻って避ける。
「はぁ!? 避けんなよ!」
「……ん? お前は見たことがあるぞ」
「は?」
金髪で目が釣り上がっている女は眉を上げてこちらを怪訝そうに見つめた。魔法で作っていた顔を崩すと彼女は大きく目を見開いた。
「久しぶりだな。片腕は今も元気か? クズ野郎」
いつしかの砂漠でリザードマンから助けた貴族がそこにいた。初めて人を殺して治した日だからよく覚えている。
「今度は両腕を切り落としてやるから覚悟しろ」
「…………」
彼女は無言でその場から立ち去った。火の貴族はその姿を意外そうに見つめたが、すぐこちらへ視線を移した。
「お前が噂の奴か。黒の旅人の弟子にして裏切り者の」
「黒の旅人はどこにいる?」
「何だ、今更懺悔でも乞うつもりか?」
この口ぶりは……いるのか? 荒瀬さんはここにいるのか? ならこんな奴に構っている暇はない。さっさと片づけて先に向かう。




