第41.5話 「歪んだ正義の末路」
【王都城・騎士団長室】
かつては「王都の盾」としての誇りに満ちていたこの部屋も、今は墓場のように重苦しい沈黙に支配されていた。
騎士団長ジェイドは、一人で執務机に向かい、震える手で書類を整理していた。
それは、直近の「魔物討伐」に関する報告書だった。
『報告:勇者カイル、北の森にてウルフの群れを殲滅。……生存者、ゼロ』
『特記事項:逃走する個体、および降伏の意思を示した個体に対しても、一切の躊躇なく斬首』
『被害状況:戦闘の余波により、周辺の集落の畑が全焼。……カイル様は「必要経費だ」と一言残し、現場を去る』
インクの文字が、まるで呪詛のように目に焼き付く。
これが、私が作りたかった「理想のパーティ」なのか?
これが、私がレイを追い出してまで守りたかった「秩序」なのか?
「……間違って、いないはずだ」
彼は独り言を呟く。その目は血走り、頬はこけていた。
必死に、過去の自分を正当化する。
「私は彼らを守ったんだ。……あの無能な少年と決別させ、彼らに英雄としての自覚を持たせた。レイだってそうだ。才能のない彼が戦場で惨めな死に方をしないよう、安全な場所へ遠ざけてやった。……あれは『慈悲』だった。私が与えられる、最大限の『優しさ』だったはずだ!」
だが、現実はどうだ。
レイが大聖堂で「真実」を暴いたあの日から、ジェイドが築き上げてきた「偽りの檻」は音を立てて崩壊した。
守ろうとしたはずのカイルたちは発狂し、今はゼクスの「首輪」で動くただの人形と化している。
コンコン、と軽薄なノックの音が響く。
返事をする前に、甘い香りと共に歌姫セラがひらひらと部屋に入ってきた。
「あら、ジェイド団長。まだそんな顔をしているの? せっかくカイル様たちが『完璧』になったっていうのに」
「……セラ」
ジェイドが顔を上げる。その表情には、自責と恐怖、そして隠しきれない嫌悪が混じり合っていた。
「君には、今の彼らが『完璧』に見えるのか? ……彼らは魂を抜かれた。私の……私たちのせいで、彼らの心は死んだんだぞ!」
「あら、心なんて不確かなもの、英雄には不要でしょう?」
セラは楽しそうに首を傾げた。
その瞳には、人間らしい情など欠片もない。まるで壊れた玩具を見る子供の目だ。
「貴方もゼクス様も言っていたじゃない。『秩序のため』『カイル様たちのため』って。……ねえ、団長。貴方がレイ様を追い出したのは、本当に彼のため?」
セラが机に手をつき、覗き込むように笑う。
その言葉は、ジェイドが最も触れられたくない核心を鋭く突き刺した。
「……それとも、自分の管理下に置けない『異物』が怖かっただけじゃないの?」
「黙れ……ッ!!」
バンッ!!
ジェイドが机を叩き、立ち上がる。
図星だった。
彼はレイの「予測不能な行動」や「常識外れの発想」を恐れたのだ。自分の築いた完璧な「騎士団の規律」が、あの一人の少年によって汚されることを何よりも嫌ったのだ。
セラは怒鳴られても動じず、くすくすと笑いながら耳元で囁いた。
「もう後戻りはできないわ。貴方は『善意』で英雄を壊し、街を地獄に変えた共犯者よ。……さあ、最後まで立派な騎士様を演じなさいな。ゼクス様に見捨てられたくなければね」
パタン、と扉が閉まる。
部屋に残されたジェイドは、糸が切れたように椅子に沈み込んだ。
彼は気づいている。
自分が信じていた「秩序」は、ゼクスという怪物が飼育する「檻」に過ぎなかったことを。
そして自分は、親友を引き裂いた挙句、守りたかった部下たちを戦死させ続けている無能な「番犬」に過ぎないことを。
「……レイ・ノーム。……君が、正しかったというのか」
かつて自分が「慈悲」という名目で切り捨てた少年の名前を呼び、ジェイドは顔を覆った。
今すぐ走り出し、すべてを捨てて謝罪すれば、まだ間に合うかもしれない。
だが――。
ギチッ。
彼の手が、腰の剣の柄を強く握りしめた。
「……いや。違う。私は間違っていない」
ここで過ちを認めてしまえば、自分が行ってきたすべての「正義」が、ただの「大罪」に成り果てる。
騎士団長としての人生が、すべて否定される。
それだけは、プライドが許さない。
「お前が……お前さえいなければ、この街は平和だったんだ……!」
思考が歪む。
自分の正当性を守るために、レイを「諸悪の根源」へと変換する。
次にレイが現れた時、彼は全力でレイを排除するだろう。
自分の過ちを認める代わりに、レイを「悪」として殺すことで、自分の正義を証明するために。
騎士団長ジェイド。
彼もまた、この歪んだ街のシステムに心を壊された、哀れな被害者の一人だった。




