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ネバーランド

 テーブルの上に残る食べかけの冷めたチキン。

 露守沙智恵(つゆもりさちえ)が帰った後、久崎慧也(くざきけいや)はフローリングに仰向けに寝ていた。


『主殿、牧嶋(まきしま)ちゃんは無事じゃよ。今、警察が久下(ひさか)を連行しておる』

『そうか』

『それでな……ちょっと……』

『何だよ歯切れが悪いな、どうした?』

『牧嶋ちゃんに京本(きょうもと)の素性がバレてしもうた。すまぬ主殿』

『へぇ~』

『社会人としてどう責任を取れば良いかのう』

『社会人、ね……。なあノミ。俺って子供っぽいか?』

『なんじゃ突然』

『露守に幼稚(ようち)だと言われたよ』

『まあ確かに、背伸びしとる印象はあるのう。じゃが立派な大人になりたいと願うのは決して悪いことではない。主殿の長所じゃとわしは思うがのう』

『それな、全否定された。俺は初恋をこじらせて精神に障害が残ったんだとさ』

『十年以上も昔のビデオテープを大事に保管しておったのじゃ。主殿は否定しておったが藍川瑠子(あいかわるりこ)に執着しておるのは気づいとるよ』

『そう、か……。俺は藍川のことが忘れられていないのか……。自覚なかったよ』

『主殿はわしに触れようとしないじゃろ。最初はアンドロイドが嫌いなのかと思っておった。でも違うのじゃろ』

『そうだな……。藍川はノミのような言動をしない子だった。ノミを見ながら会話すると過去の記憶が(けが)れる気がしたんだ』

『主殿が苦しむくらいなら、藍川の言動を真似しても良いし、顔を別人に作り替えても良いのじゃよ』

『それは逃げだ、藍川に向き合っていない。俺は失われた初恋を乗り越えたい』

『もう藍川はこの世におらん。過去には決して戻れぬのじゃ』

『人間は環境によって性格も言動も変化するだろ』

(ごう)に入れば(ごう)に従えというやつじゃな。影響を受けやすい子ほど染まるのは早いのう』

『藍川は大学に入学して性格と言葉使いが変化したんじゃないか?』

『その可能性はあるのう』

『爺さん言葉になって下ネタが好きになったんだ』

『おぃおぃおぃおぃ、主殿? 大丈夫か? 壊れたのか?』

『ノミは藍川の生まれ変わりなんだよ!』

『まて~~~~い!! それは無い! 露守に酷いことを言われて混乱しとるんじゃ!』

『今から藍川に告白する』

『聞きたくない! わしは聞きたくないぞ!』

『藍川――』

『わ~~~~~~! 通信オフじゃ!!』

『おい、ノミ? おい!』

「切りやがった。……まあ、次に会う時に告白すればいいか。……次? 俺はどうすればノミに会えるんだ?」



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 DNA鑑定を行うため遺伝子解析ラボへ向かうノミたちは、黒塗りの高級車二台に分乗していた。

 前を走る車には、箱守烈(はこもりつよし)防衛大臣と、その私設秘書。後ろの車にはノミ、京本(きょうもと)鹿熊(かくま)が同乗している。


 遺伝子解析ラボはオフィス街に並ぶ賃貸ビルの三フロアを借りているごく普通のNPO法人だ。

 ビルの前へ到着すると待ち構えていたマスコミが車へ押し寄せるが、大臣の護衛が道を作り近寄らせないようガードしている。

 ノミたちは足早にビルの中へ入って行く。


「ようこそおいで下さいました九十九女王、狭い所ですが、さあこちらへ」

 箱守大臣の協力者が応接室へと案内する。

 そこは部屋ではなく、簡単なパーティションで分割されたスペースで、小さなテーブルと二人掛けのソファーが向かい合わせで置いてある簡単な応接セットだった。

 ノミはソファーへ座り、京本と鹿熊はその後ろに立っている。

 正面には箱守大臣と私設秘書が座っていた。

 ここまで会話らしい会話は交わされていない。

 取り調べに近い扱いなので和気あいあいと談笑する雰囲気ではないのだった。


 白衣を着た検査技師がトレイを持って来た。

 トレイの上には、綿棒が数本入ったビニール袋が乗っている。

 技師の説明に従い、ノミは口内の頬を綿棒で数回擦りDNAを採取した。

 綿棒を受け取った技師はビニール袋へ入れると挨拶をして検査へ向かう。


「お疲れ様でした」

 大臣の私設秘書が言い終えるのと同時に窓ガラスが割れたのだった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 遺伝子解析ラボから二百メートルほど離れた場所にある賃貸ビル。

 その空きフロアに元自衛隊の西窪隆志(にしくぼたかし)がライフルを構えて待ち構えていた。

 ビルに入るノミを狙うこともできるが、弾が貫通すれば背後にいるマスコミに当たる恐れがある。なので計画通りに応接室へ入るのを待っていた。


 数日間、悩みに悩んだ彼は計画を実行することに決めた。

 理由はシンプルで、彼が自衛隊の出身者で、箱守は立場的に上官だったからだ。

 末端の兵士は悩んではいけない、そう教育された。

 司令官が下した命令は、上層部が作戦を練り、思案を続けた結果、導き出した最善の策のはずだ。

 それを最下層の兵士が異議を唱えることは作戦の失敗を意味する。


 彼は自我を殺し命令を実行するための機械になる。

 スコープにはノミが映り、照準は心臓を狙っていた。

 呼吸を止め、引き金をゆっくりと絞る。

 そこへ、気配を消した男が音もなく近づいていた。

 突然背後から薬品を染み込ませた布が口に当てられ、その反動で引き金が絞られ銃弾が発射される。


 弾丸は遺伝子解析ラボの窓ガラスを割り、箱守大臣の頭部へ命中したのだった。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 銃声が響くオフィスビル街。

 割れた窓ガラスが散乱し、外で待機しているマスコミの頭上へ降り注ぐ。

 鹿熊は悲鳴を上げその場にうずくまる。

 京本はソファーを飛び越えるとノミの上に覆いかぶさり盾になる。

 私設秘書は叫びながら応接室から飛び出して行った。


「わしは大丈夫じゃから起きてくれ」

「まだ狙っているかもしれません、危険ですからそのままで」

「でも大臣が」

 京本は横目で箱守大臣の様子を観察する。

「駄目です、頭部に命中してますから、おそらく即死かと。ここにいては危険です柱の陰まで移動しましょう」

 四つん這いで移動するノミ。その上に覆い被さるようにして一緒に移動する京本。

「いったい何が、うわっ!!」

 案内役だった箱守大臣の協力者が、倒れている大臣を見て驚き腰を抜かす。

「まだ犯人が狙っているかもしれない。皆、柱の陰に隠れて! それと警察に連絡を!」

 唯一冷静な京本は的確に指示出す。

 二人は柱の陰に身を潜めると小声で会話を始めた。

「犯人は大臣を狙ったと思うかね? わしが標的だったんじゃないかのう……」

「追い打ちがありません。目的を遂行して逃げたと考えるのが妥当と思います」

「そう、か……」



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 眠らされた西窪隆志(にしくぼたかし)は口にガムテープを貼られ、腕は後ろに回しワイヤロックで固定された。

 寝袋のような袋に入れられると屈強な体格の男性に担がれて部屋から連れ出されてしまった。

 天白商事に潜入していた中央情報局(CIA)世良田悟(せらたさとる)は革のバッグにライフルを入れると、

「まさかほんとうに撃つとはね」と呟き、インカムのスイッチを押す。

「状況は」

「九十九女王は無事。弾丸は大臣の頭部に命中、おそらく即死」

「わかった。速やかに撤収」

了解(コピー)

 世良田は開いていた窓を閉め部屋から去ったのだった。


 天白商事に関する有線・無線の通信は中央情報局(CIA)に常に監視されていた。

 箱守と西窪の会話も盗聴され行動を把握されていたのだ。



△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 箱守大臣暗殺事件から三年、あれからノミは表舞台に姿を見せていない。

 俺が思念伝達で呼びかけても応答がないのだ。

 おそらく、自分のせいで人が死んだのがこたえたのだろう。

 成塚(なりづか)内閣官房長官は記者会見でDNA鑑定の結果を公表し、藍川瑠子(あいかわるりこ)とノミは無関係だと改めて宣言した。


 小井戸(こいど)高羽(たかば)部長と結婚し寿退社。

 そのすぐ後、梅井(うめい)も社外の男性と結婚し同じく寿退社した。

 張り合う相手がいなくなり、俺への興味が消えたのだろう。


 露守(つゆもり)刑事は、あれから二回ほど家に来たが、二ヶ月後には来なくなった。京本(きょうもと)から連絡があったのかもしれないが俺には知るすべはない。


 レイクリスの緑化は進み、荒野だった大地にも自然が芽生え始めている。

 もう少しすれば人が住める環境になるだろう。


 俺は二度も初恋を失敗した。

 藍川には声すらかけることなく十年以上も思いを引きずっていた。

 ノミには告白前に逃げられ三年も片思いを続けている。

 ピーターパン・シンドロームだったかな。

 大人になんかなれなくていい、この恋が実ることがなければ、俺は永遠に子供のままでいいんだ。

 誰でもいい、俺をレイクリス(ネバーランド)へ連れて行ってくれ。

 そしてノミに会わせてくれ。


 ノミ……愛してる。


『きもっ! 主殿、気持ち悪いですよ』

『ノミ?!』

『思念伝達でずっとポエミーを聞かされる身になってくださいね』

『おまえ、どうして』

『主殿が気にならないように話し方を練習したんですよ、どうです? 藍川とそっくりでしょ~』

『そんなことよりも、おまえ、三年も連絡よこさないで!』

『私のこと諦めると思ったんですよ。そうしたら小井戸ちゃんには逃げられるし、梅井には愛想尽かされるし、可愛そうになるじゃないですか~』

『俺は一途な性格なんだよ、他の女の事なんて考えられるか!』

『私はアンドロイドですよ?』

『気にしない。俺は藍川に似ているからおまえを好きになったんじゃない、おまえだから好きになったんだ。姿を見せなくなった三年、ずっと寂しかった。俺の中でどれだけ大きな存在になっていたか改めて気づいたんた』

『へへっ、嬉しい……。凄く、嬉しい。主殿がそんなに私のことを好きでいてくれたなんて』

『ノミ、姿を見せてくれ』

『すぐにそっちへ行くね。やっと……、やっと主殿と結ばれるのね!』

『あ、そ~ゆうのはいいんで。俺はお前を抱かないから。高級ラブドールはいりません』

 返事がない。

『おいノミ? ノミ?! ノミ~~~~~~~~!!!!』


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