女子会
天白商事の応接室で部長の高羽祥幸が雑誌の取材を受けていた。
相手は週刊雑誌編集長の越前明彦で、他にも記者とカメラマンが同席していた。
「――しかし編集長が自ら足を運ばれるのは異例ではないですか」
「破竹の勢いで業績を伸ばしておられる天白商事さんですからね~、若い者には任せておけませんよ」
「まあ、我が社の業績アップはその殆どがレイクリスの恩恵ですから大きな顔はできません」
「訴えられる前に謝罪会見を行うという姿勢が評価されたのですから誇っても良いと思います」
「ここはオフレコでお願いしますね。私は謝るくらいなら初めから無許可で販売しなければ良いと考えいたんですよ。謝罪会見も苦肉の策でした。あれは私が部下に指示してまとめさせた案なのです」
「私は英断だと思いますよ、結果として専属契約が結べたのですから」
「それは結果論です。九十九女王が取引を断る可能性もゼロではないのですから」
「予定調和だったのではないですか?」
「ん? それはどのような意味です」
「ぬいぐるみを販売する前から九十九とは関係があり、記者会見は予め決められていたシナリオだったのではないでしょうか」
「ハッハッハ! 愉快な推理ですね。それならもっと大々的に売り出していましたよ」
「そこです。あえて販売する商品を絞っていたのではないでしょうか」
「話が見えませんね。故意に売り上げを減らす理由は無いでしょう」
「ライバルの目を誤魔化すためですよね」
「ライバル? いったい何の話ですか」
「御社にスパイが潜入している事態は掴んでおられるのですよね」
「突拍子もない言葉が出てきましたね。映画の見すぎではないですか? 我が社は商社ですよ、技術開発部はありませんし顧客情報なども社のホームページを見れば取引先一覧に公開されています。盗む情報などありませんよ」
「実際、御社の社員が誘拐されましたよね」
「えっ?! 初耳ですが」
「誤魔化さなくてもいいですよ、こちらも調べはついています。あなたの部下の久崎慧也と小井戸沙来です。警察に助けられたと聞いていますが」
「あの二人が……」
高羽は気になる二人の名前が突然話題に上ったことに驚き、さらに、なぜ一緒にいたのか、関係が進展しているのではないかと、思考を働かせているので注力が割かれている。端的に言えばよそ事を考えているのだ。
「商社は対外的な隠れ蓑で、アーガルを開発したのは御社だ。そして九十九、久崎、小井戸らは開発メンバーなんでしょ?」
「ありえませんよ! 仮に我が社がアーガルを開発できるのだとしたら商売など必要ない。宇宙から隕石を運び込んでレアメタルを売り出す計画もあるのですから」
高羽は口を滑らしたことに気付く。よそ事を考えていたため注意力が散漫になったのだ。
「あ、今のはナシで」
越前編集長がニタリと笑う。彼の焦りは話しに信憑性があると自白しているようなものだ。
「なるほどなるほど~宇宙から~。それは儲かりそうですね。確かにそれなら隠す必要はない」
「いや、あの」
「私はまだ御社がアーガルの開発に関与していると思っています。しかし高羽部長はプロジェクトの関係者ではないようですね。後日社長からお話を伺うことにします」
越前編集長は高羽からは何も聞けそうにない匂いを嗅ぎ取ると、隕石の話だけでも収穫ありと判断し早々に退散したのだった。
後日、週刊誌が隕石プロジェクトをスクープしたのは言うまでもない。
高羽は社内機密漏洩の職務違反を犯したため懲戒処分となり半年間の役員報酬カットが言い渡された。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
天白商事の本社ビルから約六百メートル離れた場所に賃貸オフィスビルが建っている。
その一室に北海道から出てきた西窪隆志が住んでいた。
永住するわけではないので部屋に家具などはない。あるのは携帯式のハンモックとキャンプで使うカセットコンロぐらいだ。
防衛大臣の箱守がお土産として渡した桐箱の中に、高級日本酒と共に現金五百万円が入っていた。
西窪はその金で賃貸オフィスを借りたのだ。
双眼鏡を使い天白商事の入口を監視する。屋上に近い部屋にいるので見下ろす構図になる。
歩道には数名のマスコミが常に待機している。九十九が来たら騒ぎになるだろうから直ぐに気付くはずだ。しかし一週間以上監視しているが訪れた様子はない。
携帯が鳴る。番号が非通知だ。
「はい」
「西窪さん私です、どうですか住み心地は」
声の主は防衛大臣の箱守烈だ。
関係性が明るみに出ないように、最近は撤去され数が少なくなった公衆電話からかけている。
「はっはっは。室内でキャンプをするのは新鮮ですよ」
「ご不便をかけて申し訳ない」
「山で獣を追いかけるよりか随分と快適です。それに定年して暇を持て余していたので丁度良かったですよ」
「そう言って頂けると助かります。必要な物はありませんか? 用意させますよ」
「近くにコンビニもあるので特には……そうですね、ターゲットの動向が知りたいですな。ニュースを聞いていても姿を見せたという話が一向に出てきません。もしかすると、もう来ないのではないですかね」
「天白商事に密偵を送り込んでいます。私も報告待ちの状態でして、何か掴めたらご連絡します」
「はい、よろしくお願いします」
彼は電話を切ると大きな背伸びをする。
お国を守るために自衛隊に入ったが幸運なことに有事はなく、思い返せば訓練ばかりしていた。
残ったのは丈夫な体と射撃の腕だけ。
その体も病魔にはかなわない。
妻に先立たれ、子もいない、親戚とも疎遠となり、親しい友人もいない。
持病が悪化すれば入院し、誰にも看取られぬまま逝くだろう。
そう考えると堪らなく寂しくなる。
箱守さんにはたいへん世話になったが、坊ちゃんとは数えるほどしか会ったことはないし特別親しいわけではない。
けれど私のような者を訪ねてくれたのは嬉しかった。
このまま消えてしまうくらいなら誰かの記憶に残るのも悪くない。
それが良い記憶でも、悪い記憶でも、忘れ去られるよりかはマシだ。
人生の最後に頼られたのだ、この仕事は完遂してみせよう。
ライフルの入った革のバックをなでながら、西窪はあらためて覚悟を決めるのだった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
シャニーグループから送り込まれた杉沢秀一は昼食を取るため天白商事の近くにある定食屋を訪れた。
オフィス街なのでお昼時はどこの飲食店も混雑している。彼も店員に相席をお願いされ、四人掛けのテープに通されたのだった。
既に三人の客が座っており食事をしていた。知り合いではないらしく会話する様子はない。
杉沢の注文した日替わり定食が運ばれ、さあ食べようかと思った矢先に携帯電話が鳴る。
運ばれる前ならば店の外に一旦出て電話に出るのだが、もう目の前に食事が来ている。
杉沢はすみませんと、相席の人たちに一言ことわってから小声で話始めた。
「はい」
「私だ」
シャニーグループの部長、久下竜介だ。
名前すら名乗らないのは杉沢に気を使う必要はないと考えているからだ。
「すみません、いま食事中で、後からかけなおします」
「用事はすぐ済む。情報収集の助けになる機器を君の自宅へ送っておいた。小型の盗聴器セットだ」
「盗聴器?!」
「役員室や会議室に仕掛けるのだ」
「私がですか?」
「他に誰がいる。それと腕時計型の盗聴器も男性用と女性用の二点用意した。特に怪しい社員へプレゼントするがいい」
「部長、私以外にも潜入している者がいます。その~目立つ行動をすると恐らくバレます」
「ライバル企業も必死ということだな。君はその連中が仕掛けたであろう盗聴器を回収し、情報が奪われないよう防ぐんだ」
「そんな無茶な、私は素人ですよ」
「プロの産業スパイなどいてたまるか。失敗すれば君は確実にクビだ。それが嫌なら努力するんだな」
「そうは言っても――」
返事をする前に一方的に電話を切られてしまった。
食欲が失せてしまった杉沢は、大きな溜息をついたあと、食事に一切手を付けずに店を出たのだった。偶然にも相席していたのがライバル企業の産業スパイとは知らずに。
さらに、その席には久崎もいたのだ。
他人にあまり関心のない彼は――見たことある顔だな――と思う程度で会話の内容を気にすることはなかった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
翌日、杉沢秀一は自宅から盗聴器セットを持ってきていた。
総務部に配属された彼は運が良かった。備品の積まれた台車さえ押していれば社内のどこをうろついていても怪しまれることはないのだ。
彼は会議室に入ると、盗聴器発見器を使い盗聴器が仕掛けられていないかチェックする。しかし探す場所が悪いのか一つも発見することはできなかった。
台車に積まれた段ボール箱から延長コードを取り出すと、既にコンセントに刺さっていた延長コードと取り換える。もちろん盗聴器付きだ。
念のため盗聴器発見器を延長コードに近づけると電子音が鳴った。
「これは発見器が正常に動作したことを喜ぶべきなのか? それとも簡単に発見されるのを危惧するべきなのか?」
彼は少し考えた後、延長コードを元に戻した。
「これでは発見してくださいと言っているようなものだ。たぶんライバル企業も安易に盗聴器をしかけるなんてバカな真似はしないだろう」
会議室入口のドアが開く。
「おや、杉沢さんじゃないですか、スパイ活動ですか? そんなあからさまに驚いた顔をすれば怪しまれますよ」
前に情報収集を協力しないかと持ち掛けてきた世良田悟だ。
「あなた、定食屋で盗聴器の話をしてたんですって? 仲間内で大爆笑しましたよ。上司への報告は人気のない場所をセレクトしたほうがいいですね」
世良田は台車に積まれた段ボール箱を覗き込み延長コードを手に取る。
「これは、通販で買える盗聴器じゃないですか。まさかこれを仕掛ける気じゃないですよね? やめてくださいよ、こんな即バレするような物。警戒が強まれば私たちも仕事がし辛くなるんだから」
「上司から命令されたんだ仕方ないだろ」
「その上司も無能ですね。人選も、物選びも、センスが無さすぎだ」
「産業スパイなんて皆素人だろ、似たようなものじゃないか」
「えっ?! それ本気で言ってます? 諜報部なんて大企業なら常識ですよ。なるほど、シャニーグループの業績が落ちているのはソレか~。これはお笑い草だ」
「ええっ?!」
「本当に素人なわけだ。いいですか、仕事は私たちに任せてあなたは何もしないでください。その謝礼として仕事終了時に情報を提供するのを約束します。まあ時差は付けますがね。悪い取引ではない筈だ」
杉沢は考える。――この男の言うことは正しい。盗聴器付きだと一目で見抜いたし、おそらく自分より腕は確かだろう。それに徒党を組んでいるらしいから情報収集も自分ひとりより効率は良さそうだ。
「提案を受けよう。私も限界を感じていたんだ」
男はニヤリと笑うと、
「プロに任せておけ、悪いようにはしない」と言い、杉沢の肩をポンポンと叩いて会議室から去って行った。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
スパイ活動をしなくて良くなった杉沢は足取りが軽やかだった。
もうこの会社で残されたのは小井戸を我が物にすることだけ。
台車を押しながら社内を巡回し、小井戸がお茶を配る時間に到着するよう時間を調整する。
お茶を配り終えた小井戸がお盆を持って給湯室へ入っていくのを確認し、後を追うように給湯室の入口に向かい、
「こんにちは小井戸さん」と声をかける。
「あなたは……」
覚える気のない名前は出てこないものだ。
「杉沢秀一です、覚えてくれると嬉しいな」
彼は誰か来ないか通路に気を配りつつ話を続けた。
「今晩食事でもどうだろう、美味しい店を知っているんだ」
「お断りします」
これ以上の話は聞く気がないと完全拒絶の態度を取る。しかし謎の自信がある彼は怯むことなく話を続ける。
「つれないなぁ、勇気を出してお誘いしているのに食事くらい良いじゃないか」
好きでもない異性に食事に誘われると、激しい嫌悪感を生むなんて学生時代に嫌と言うほど彼女は味わってきた。
その思いを自分が久崎にしていたのだと思い返し心がチクリと傷む。
「邪険にしてごめんなさい、でも私はあなたと食事へは行きません」
態度を軟化させたのは、自分への好意の現れだと勘違いをする。
「そうか食事に興味がないんだね。映画にしようか。ドライブも捨てがたいね」
「場所の問題ではなく、あなたとご一緒する気はありません」
「もしかして男性が苦手なのかな? 大丈夫、僕は優しいから怖い思いはさせないよ」
「そうじゃなくて――」
他の部署でお茶を配っていた女性社員が給湯室へ来る。
「あ、人が来たようだ、また誘いに来るよ」
彼は小井戸と話ができたことが嬉しいようで軽やかに台車を押しながら去って行く。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
天白商事の応接室には定番の黒いソファーと低いテーブルが置かれている。
応接室を会議で使用することはあまりない。低くて小さなテーブルではノートパソコンも使いづらいし資料を広げるスペースもないからだ。
ノミは国賓待遇なので会議室ではなくこちらを使用するようにと、利便性ではなく体裁を重んじる専務に命令されたのだ。
「――ってことがあったんですよ」
「それは災難ね」
ノミと小井戸が向かい合って座っている。
テーブルにはノミ用に購入された来客用の紅茶とデパ地下で買われた菓子が置かれている。チョイスは小井戸が担当し、どちらも有名店の商品だ。
ノミ接待用の予算は目が飛び出るほどの金額が用意されているので遠慮なく高級品を購入したのだ。
「いくら断っても諦めてくれなくて、もうどうしたらいいのか」
「それもうストーカーじゃない? 警察に相談したら?」
「でも同じ会社の社員だし、あまり事を大きくしたくもないし」
「じゃあ彼氏に相談したらどうかな。……あ、今はいないんだった? 好きな人はいるの?」
「気になる男性はいますけど、彼は年上ですし、子供っぽい私はタイプじゃないみたい」
「へぇ~、どんな人?」
「空気みたいな人ですよ」
「それ誉め言葉?」
「たぶん?」
「なぜ疑問形」と、ノミはクスクス笑う。
「私を気にする素振りはあるのに踏み込んでこないですし、食事に誘っても断られるし、寡黙だけど話し出すとめんどくさいし、態度は冷たいけど優しいし、見かけによらず頼もしいし、たまに笑うと可愛いし――」
「あ~はいはい、大好きなのは伝わったわ」
「九十九さんに服をプレゼントした人です。実はあの服、私が選んだんですよ」
「へぇ~そうだったんだ。可愛い服を選んでくれてありがとう」
「いえいえ、気に入ってもらえてなりよりです」
「そっか……服を選んでくれたお礼をしなくちゃね」
「そんな! いりませんよ。前みたいに土地をあげる~とか言わないでくださいね」
「じゃあ、欲しいものを言わないと今日の商談は中止します」
「酷い!!」
「クックック、アナタが望むなら世界の半分をくれてやろう」
「冗談に聞こえないのでやめてください」
「プレゼントを送りあってキャッキャする女子の気分を味わってみたいのになあ」
「女王様には普通の女子がするようなイベントは無理ですよ。それに、世界の半分を貰って無邪気に喜べる子は頭がどうかしてますって」
「例えばね、世界の全てを手に入れられる力があるのに、それをしない人ってどう思う?」
「ご自分の事ですか?」
「いいえ、私じゃなくてたとえ話よ」
「そうですね……。手に入れるというのがどのような状態なのかで答えは変わりますけど、例えば国王や総理大臣になっても責任が増えるだけで自由は減りますよね。良い暮らしなら中小企業の管理職で充分だと思う。そう考えると世界の全てなんて足枷にしかなりません。だから力を使わないのは普通の常識人なんじゃないですかね」
「なら女王になった私は愚か者よね~」
「ちょっと待ってください! たとえ話って言ったじゃないですか!!」
「アハハハ、冗談よ。小井戸ちゃんが欲しい物を言わないから意地悪したくなったの」
久崎が強大な力を手に入れたと知っても、この娘なら平気かもしれないとノミは安心するのだった。
「只より高い物はないって言うじゃないですか」
「お礼です。労力の対価です。感謝の気持ちです。懇意の証です。まだ説明がいりますか?」
「降参デス。でも本当に欲しいものはないので九十九さんに任せます」
「では世界の――」
「常識の範囲で!!」
「ノリが悪いですね~。では次の打ち合わせに持って来ましょう」
「ちょっと怖いですが、それでお願いします。では商談を始めましょう」




