第五章・望みの果てに ⑤
「狭くて悪いが、適当に寛いでくれ」
ルザリーをネイビルの眠るベッドに座ってもらい、俺とミリアはミリアの寝床に腰を落とす。
「ネイビルは酒を飲むといつもこうか?」
何の変哲もない対話を求めたのは、まだこれまで通りにできていないルザリーの為。
「そんなことないよ? だってこんなネイちん初めて見るもん」
「……思う所があったのかもしれませんね」
今その話を掘り返すのはやめてもらいたいと思ったが、卵の件を抜きにして考えても、仲間を失った日と考えればネイビルが酒に逃げたとしても不思議なことではない。
「んーそうかもしれないけど、どっちかって言うとレイちん達を信頼してるからだと思うな」
「信用するのが早すぎだろ」
「そうかな? レイちんは命の恩人で、ミリちんはずっと僕たちに優しい言葉をくれた……信用しない理由がないよ」
それでも早すぎると思うが口にしない。種族が違えば考え方も違うと納得する。
「嬉しく思います。信用するのに時間は関係ありませんもんね?」
ルザリーに向けての言葉だが、俺にも向けられた言葉に聞こえるのは気のせいではないだろう。
確かに俺は敵として出会ったミリアを再会してすぐに信頼を寄せ、信頼するのに時間は関係ないと言えた、しかしもしミリアが勇者の手紙を持って現れなかったのなら、今はなかっただろう。
「うん。だから……本当にごめんなさい」
「最初にも言ったが、俺は気にしていない、だからもう謝るな」
ようやく彼女らしい満面の笑みが零れた。
和気藹々と親睦を深める二人を見守り、時折話を振られ相槌を返すこと数回、ルザリーが一際大きな欠伸を隠した。
「そろそろ寝るか?」
日付が変わるであろう時間、寝る時間としても丁度いい。
「そうしましょうか?」
「うん、ごめんねぇ」
ネイビルの眠る布団に潜るルザリーを見届けたミリアは自分も布団の中に入り、俺が眠る場所を空けてくれる。
「悪いが一人で寝てくれ。俺は出掛ける」
「どちらへ?」
上半身を起こすミリアを見て、やはり寝静まってからひっそりと出るべきだったと後悔しそうになるが、黙って出ていって気づかれた時を考えれば、納得した上で出ていくのが望ましい。
「ロメットの依頼をいつまでも後回しにはできないからな。軽く調査しておこうと」
「であれば私も同行します」
ベッドから下りようとするミリア。
「いや、寝ていてくれ」
「でも!」
食い下がろうとするミリアからルザリーに視線を向けると、ミリアの視線もルザリーへ向けられる。
置いて行かれることを不安そうにしている者を置いていけるほどミリアは冷たくない。
「わかってくれミリア」
苦悩するミリアを見たくはないが、彼女を連れて行きたくない理由は複数あり、まずは疲弊しているからだ。
荷馬車で眠るほどに肉体に疲れが見られ、また今日だけで魔力を使った攻撃を数十は行使しているミリアの魔力はわずか。魔術師や魔剣士ならば魔力枯渇は術が行使できないだけで済むが、精霊術師の場合は話が変わる。精霊に渡す魔力がないのでは契約違反、精霊によっては怒って契約を白紙にされかねない。彼女と一緒にいる精霊が白紙にまでするとは思わないが、約束は守るべきだ。
仮にそれらを無視して共に仕事へ行き無事に帰ってきても休む暇がない。ネイビルとルザリーと共に別の依頼を受けに出る時、宿で一人寝てくれるのならいいが、ミリアが大人しく寝てくれるとは到底思えない。
「ですが……」
「それに明日は四人で仕事になるかもしれないだろ? ゆっくり休んでくれ」
ネイビルとは相談しようと言った手前、決定事項のように言うのは避けて説得を試みる。
「……わかりました」
「そんな顔するなよ。仕事に取り掛かっている風に見せたいだけだ、見てすぐ帰るよ」
調査という性質上、すぐに完了できる依頼ではない。しかしいつまでも遊び惚けていてはロメットに合わせる顔がなくなる。
「それじゃ行ってくる、何か困った時はフランを頼れ。ルザリ、ミリアを頼む」
特に返事は待たず、部屋を出てギルドへと向かう。
その道中、ミリアに対しての過剰な保護欲に我ながら呆れていた。リスタッツァに訪れてから様々なことに警戒し、ミリアを一人にさせるような状況にならないようにしてきた。けれど彼女の実力は勇者が魔王討伐のメンバーにしたことも考えれば、易々と遅れを取ることはない。もはや警戒を通り越して臆病になっていると言えた。そうなってしまった原因を改めて考える必要もない、ミリアが要塞で人を殺めた時、何食わぬ顔をしてくれていれば再び襲われたとしても同じように撃退してくれるが、今襲われれば彼女は力を制限して戦うだろう。敵を殺さずに戦い続けた者の末路は口にもしたくない。ならば今後肌身離さず居よう、そう思っても居られるものではない。今回は一緒に居ようと思えば居られる状況だが、今後離れなければならない状況にならないとは言えない。いざという時の為に、離れることに慣れておく必要がある。
「こんばんは、お一人ですか?」
北のギルドと違う閑古鳥が鳴く南のギルドに入ると早速ロウィーナにそう言われてしまう。
「あぁ、昇格試験に手間取ってな。ミリアは宿で休ませてきた」
「え? もう済ませてきたんですか?!」
「あぁお陰でライセンスの発行が間に合わないとこれを渡された」
ライセンス代わりと依頼書を取り出してロウィーナに渡す。
「拝見します。……本物……ですよね?」
何故か疑問形のロウィーナにケッジからもらったことを伝える。
「なるほど、もしかしたらうちで使われる想定していなかったのかもしれませんね」
「使えないか?」
今一度ライセンス代わりに目をやり、念入りに判を確認してくれる。
「いえ、問題ありません。依頼、よろしくお願いします」
依頼開始の判子をもらい、ようやく依頼を始められる。
「ありがとう。それじゃ行ってくる」
「あの!」
踵を返す寸での所でロウィーナが勢いよく立ち上がった。
「あの……その」
ロウィーナが俺に言い難そうにする内容とは何かを考えながら待つが、結局ロウィーナは椅子に座りなおして首を振った。
「おい随分な性悪だな、気を引かせたいだけか?」
「そんなんじゃ! なくて……個人的なお願いになってしまうので」
冒険者への頼み、それは依頼でしかない。
「難しい内容なら考えるが、友人の頼みなら金は取らないよ。早く言ってくれ」
「レイナさんは南に向かうでしょ? だから道中ザックさんに会いましたら早く帰るようにお伝えお願いできますか?」
朝もいなかったが今も飲んだくれの姿がない。これまでの彼の様子を考えれば、長い事いなくなるのは不思議に思えるが、冒険者の仕事は一日二日で終わらないものが大半だ。首を長くして帰りを待つ受付嬢の方が不思議だ。
「あぁ……あの飲んだくれのどこがいいんだ?」
「え? あち違いますよ!!」
「そうなのか? 俺はてっきり」
とは言ったが、否定をするのなら頬を赤くせずにできるように練習してもらいたいものだ。
「まぁわかった。居たら伝えよう」
お礼を背中で受け取ってギルドを後にし、南門を目指す。
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