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勇者亡き世界に魔王は憂う  作者: 雲乃内晴
第三章・再始動
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第三章・再始動 ⑤

 南門から町を出て、街道から少し外れた場所に座り、ちまちま草を千切っては投げる。時折町に訪れた商人たちに声援を貰いながら、日が暮れるまで仕事に明け暮れた。


「お疲れ様でした。こちらが報酬になります」


 二人合わせて銅貨二十四枚。銀貨換算で二枚分相当の報酬だ。

 具のないスープのみで我慢すれば一日の食費になるが、普通に食べたら一食分。半日の成果としてあまりに見合わない安い給金だ。


「働くって大変なんですね」


 その感想はとてもミリアらしい。


「冒険者として名を上げれば名指しで依頼が舞い込んでくる。今は辛抱だ」


 勿論、そこまで行ける者は一握りもいないだろう。


「一歩ずついきましょう」


 頷いてギルドを出る。


「ここから西、でしたよね?」


 正確な場所は知らない者にそう言ったからには、探さなくても見つけられると断言している証拠だ。

 日が暮れ始めても賑わいに衰えを見せない大通りを西進する。労働後の火照った身体で夕飯時の大通りは中々に拷問だ。渇く喉には冷えた酒、空いた腹にはアツアツのお肉。様々な誘惑に後ろ髪を引かれながら目的地を真っ直ぐ目指す。


「レイ、あれでは?」


 指を刺された建物の吊るし看板は、山羊が後ろから少女を軽く抱く姿を横から見た形を模ったもの。


「だな」


 通りに面した店である利点をふんだんに使って、路上に机と椅子を並べて飲食店も営んでいる様子。このご時世、宿は大抵酒場も兼任している、誘惑に負けずに来れてよかった。

 店に入ると、忙しなく働いている看板娘が笑顔を絶やすことなく客を相手にしながら料理を運ぶ姿が目に入る。


「ミリアとレイナね? 話は聞いてるわよすぐに部屋へ案内するわね?」


 看板娘に感嘆する。忙しい中でも客の入店には気づき、自分がほしい言葉を言ってもらえる様に仕草や言葉の速さでさり気なく誘導する。


「いや、部屋に行く前に食事を済ませたい。いいかな?」


「勿論よ。空いている席に座って」


 二人で座れる席を探すが、空いているのは四人掛けか一人用。二人で四人席は気が引けるが、店に申し訳ないと思うが他に席はない。図々しく二人で広々と席を占領する。


「ご注文は?」


「おすすめは?」


「白スープかしら? ……安心して、お腹は膨れるわよ?」


 スープと聞いて腹が膨れるか心配する俺にやり手の看板娘は先手を打ってくれる。


「じゃ俺はそれで、ミリアは?」


「同じもので構いません」


「はい、お飲み物は?」


「酒じゃない飲み物二つ。おすすめで頼むよ」


 任せてと言って、厨房へ消えていく。


「レイ、ここでも取っちゃダメですか?」


 やや不機嫌そうにフードを摘まみながら聞かれてしまう。仕事中も取らせなかった為にそろそろ限界といった様子だ。正直な気持ちを言えば、取ってもらいたくない。とは言っても店内で問題を起こすと言う事は、店から出禁を貰う以上に、町ある店全てからそういう人物だと思われる覚悟がいる。食い物を買えず宿にも泊まれない。路上で寝ようにも盗みへの警戒で休む間はほぼほぼなく、疲弊した所を食われるのが落ち。


「わかったでも、一つルールを決めておく」


 一日中被っている事に俺自身も嫌気が刺し始めていた。


「問題が起こった時に逸れたらサニーレイン商会で落ち合う。いいな?」


 取り決めに納得してくれたのを確認してフードを脱ぐ。

 蒸れた頭皮に吹く風が気持ちよく、髪の毛に手を通して軽く振る。しかし心地よいと思う反面、ごわごわになった髪や埃っぽい服、汗でべたついた肌が気になり出す。


「今レイが考えている事が手に取るようにわかります」


 というミリアも同じことを考えているのだろう。

 知らなかった時は湯に浸かる意味がわからなかったが、知ってしまっている現状では欲求に抗いがたい。


「まぁ流石に宿じゃ無理だろうがな」


 貴族を客とする宿なら可能性はあるが、冒険者行商人を客とする宿で風呂などある訳もない。


「お待たせしました。白スープ二つと林檎絞り二つ。間違いないかしら?」


 と言いつつ商品を机の上に並べていくが、並んだ数は三つずつ。


「相席いいかしら? 丁度休憩なの」


 断る理由はなく、頼みごとをするのに丁度よかった。


「構わない」


「ありがと! 私はケイミよ。さ、冷めない内に食べて頂戴」


 心中でいただきますと言って木製のスプーンを手に取る俺の傍らで静かに両の手を合わせるミリア。


「気にしないでくれ、おまじないみたいなもんだ」


 訝し気に見ていたケイミに、質問される前に教える事で暗に質問はするなと伝えて食事を始める。


「違う違う、お二人があまりに美人だから見惚れちゃって」


 実に巧みな話術だ。自分の失敗を相手に擦り付けておきながら、相手に不快感を与えない。冒険者が技術を武器にして戦うように、話術を武器に戦ってきた強者という訳だ。


「そういう事にしてやるから、食事のあと桶を貸してくれるか?」


「ふふいいわよ。じゃ火は落とさない方がいいかしら?」


 何に使うかは言っていないにも関わらず、用途を理解できたことに驚く。


「いつでも身綺麗にしていたい女の子の気持ちはわかるわよ」


 性別は関係ないと思うものの、隣に座るミリアが頬張りながら何度も頷く。そういう事にしておいた方がよさそうだ。


「理解してもらえて助かる。だが火種は落としてくれて構わない」


「あらそう?」


 冷たい水でも身体は洗える。しかしそのつもりは毛頭ない。


「気遣いに感謝する」


 スープを口に運びお喋りの継続を拒絶する。しかしケイミは一日何百人もの客を相手にしてきた店の看板娘。食事をしている者に喋らせる方法を熟知していた。

 食べている相手をただ何もせずに眺める、それだけで口を開かせる事ができる。


「えっと? とても美味しいです?」


「あ、ごめんね? 上品に食べるなぁって。ミリアさんはもしかしてお姫様だったり?」


 この女、会話の中だけではなく、抜け目なく情報収集も兼ね備えているのだから、どこかの国に潜入させたらさぞ使えそうだ。


「まさか。お姫様が草刈りなんてしません。ね?」


「明日はもう少しまともな仕事を探したいところだが、南のギルドに仕事がない理由を知っているか?」


 ひっそりと情報を集める者に、真っ向から情報を寄越せと言える立場は実に気分がいい。しかもケイミは相席させてもらっている状況の上に、求めたお喋りの対価として情報を差し出せと言われている状況下。対価や見返りを求めることはできやしない。


「単純に北のギルドに依頼が集中してるのよ。町の北にはダンジョンが二つあるでしょ? でも南には一つしかない。その時点でも北に人が偏っていたんだけど、なんでも北では大量のお宝が見つかりだしたみたいでね? 余計に偏りが酷くなったのよ。勿論どこで依頼を受けるかは冒険者の皆々様の自由だけども……」


 一度言葉を区切ったケイミが軽く身を乗り出して声の音量を下げる。


「南のギルドには人はいなかったでしょ?」


 言われてみれば確かに獣人や鳥人といった、人とは一部だけが違う種族しかいなかった。


「差別か?」


「そんな所。依頼を受けたパーティのリーダーが人族じゃないと、依頼の妨害をされるのよ」


 それを放置するギルドにも問題があると思うが、冒険者個人がどうこう言っても聞く耳は持たないだろう。


「悪い事は言わないわ、貴女たちなら北で依頼を探した方がいいわよ」


「考えておくが、南で依頼をする者がいないってのも不思議なんだが?」


 依頼をするのにギルドを通す場合には仲介料を取られるが、それでも通す理由がある。依頼者は依頼を受けてくれる相手を探さなくてもいい点と依頼の達成に不備や不満があった場合、ギルドに言えば改善を受けれるなどの理由があるからだ。逆に依頼を受ける冒険者側は、仕事を自分の足で探さなくてもいい点と依頼の最中に不測の事態で身動き取れなくなるような状況に陥った場合、ギルドが捜索隊を出してくれたり、怪我で仕事が出来なくなった場合、これまでの貢献度の分だけ援助をしてくれるなどの保険を得られるからだ。

 だが依頼者は可能な限り安く、受ける側は高い報酬を求めるのが常だ。需要と供給が釣り合わなければ、当然報酬額が上下する。依頼がなくて困っているギルドなら安い報酬で依頼をだしても冒険者は飛びついてくると考えられる。


「自分たちの身を守る為よ」


 獣人が依頼を受けた時と同様の仕打ち、いやそれ以上の被害を受けるだろう、冒険者は揃って身を守る手段を持っているが、商人たちにはない。


「いやな事を話させてすまないな」


「いいのよ。お客さんに喜んでもらえるなら私は嬉しいもの」


 感謝の言葉を述べて、ケイミの言葉を思い返す。俺たちなら北で依頼を受けれる。

 報酬の観点からも北で依頼を受けたいところではあるが、俺がいるからなのか、それともエルフは対象外だからなのかがわからない。前者であれば面倒になる。確かめたい気持ちはあるが、近寄らない方が無難だろう。

 食事を一気に終わらせて飲み物で流し込む。


「良い飲みっぷりね」


 酒でないことを忘れているのかそんなことを言われてしまう。お代わりは頼まなかった。

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