第三章・再始動 ③
始まりは小さな休憩場だった。朝日が上る前に町を出て数日、独り身に慣れている行商人でも寂しくなる頃合いにたどり着く場所、多くの行商人たちが肩を寄せ合い、西の町では何が安く何が高いか、東の町では何が流行り何が廃れたか、北の町では魔族との戦いに負けたのか勝てたのか、行商人たちがそれぞれの情報を肴にして盃を交わした。
時を経て休憩の場は、集落となり村へと姿を変えて町へと発展した。大きな町になった、けれど王都や都市と呼ばれるほどの大きさではなかった。誰もがこれ以上の発展はないと思っていたある日の事、町の北に洞穴が発見される。進めど進めど底にはたどり着かず、やがて噂を聞きつけた冒険者たちが大勢押し寄せて町に更なる発展をもたらした。
噴水の縁に寄りかかってこの町の歴史を謳う吟遊詩人の詩を熱心に聞くミリアを横目に、買ったばかりのパンを咀嚼しているとミリアがぽつりと呟いた。
「知らないというのは怖いですね」
「……なんが?」
「お行儀が悪いです」
お叱りを受けてお口にチャック。飲み込んでから再び聞く。
「何が?」
「ダンジョンですよ。あんな場所に自ら足を入れたり、そのおかげで発展できたと喜ぶなんて」
そんな場所を家としている者の台詞とは思えなかったが、俺という管理する者がいる違いがあり、別物と考えてくれているのだろう。
「そういう事か。だが真実を知っていても人は潜ると思うけどな」
ダンジョンに赴くことで生活を成り立たせている者も多い、突然辞めろと言われても辞められるものじゃない。
「そうですけど……」
「まぁそう考えるなよ。活気のある町がここにある、それでいいだろ」
価値観の違いは同じ種族でも起こりえるものであり、そこから争いに発展した例は数知れず。早々に会話を切り上げる為に手に残ったパンを口に放り込む。
「でもぉー」
ミリアの名前を間延びさせて告げる。これ以上、価値観の違いを話題にすれば喧嘩になる可能性は彼女もわかっている筈だ。
「ふぁーい」
頬を膨らませてふざけた返事はとても分かってもらえた様には見えないが、これ以上はダメだと話題を変える。
「ダンジョンと言えば、うちの要塞はなんであんな場所にあったのかが、不思議でならんよ」
「それはフランちゃんに聞けばわかるのでは?」
言われるまでもなく、フランに聞くのが一番だと分かっている。ただそれを言われてしまうと会話を続けられなくなる。
「そういえば、この後はどうする予定ですか?」
必死に話題を探す俺に対して、あっけらかんとした態度でミリアは尋ねてくる。
「買い物するんじゃないのか?」
「そのぉ……頂いたお金で遊ぶのはよくない気がしまして……」
ロメットから貰ったお金は前借りだ。後でこの分の仕事をするのだから、好きに使えばいいと思うところだが、反対する理由もない
「なら先にギルドへいって仕事を貰おう」
そうしましょうと言ってミリアは立ち上がる。
「まだ食べてる」
「時は金なりです!」
善は急げではなく、時は金なりと言う。つまり俺の食事時間は無駄な時間だと言っている訳だ。不満の一つや二つが口から漏れそうになり、急いで口にパンを詰め込んでから立ち上がった。
「お行儀が悪いですよ!」
パンと一緒に言葉も飲み込んでやった。
「いこうか?」
「食べ物は味わって食べましょう?」
「なぁあああああ」
笑って舌を出すミリアは机や椅子を舞うように避けながら通りへ出ていく。
「置いていっちゃいますよー」
それは出来ないだろうが、はぐれでもしたら大変だ。急いで出店を後にしてミリアの隣に並ぶ。
「さぁ行こう」
冒険者のギルドは南北に存在し、目指すのは宿に近い南、とわかっているのは俺だけの可能性に気づく。
「置いて行かれない様に忠犬よろしく付いていくぞ?」
「えぇそうしてください。ふーちゃん」
「そりゃぁずるいだろ」
真っ直ぐに目的地へとつま先を向けるミリアに腕を引かれながら、南区の中央広場で居を構える冒険者ギルドへと向かう事となった。
短く申し訳ございません。夕方も投稿しますのでお許しとご拝読をよろしくお願いします。
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