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最後の夢  作者: 人生依存
斯くして少女は最後の夢を叶える
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第14話『2月26日:火曜日』



 あの日から私の中での杏の印象が大きく変わった。私の同志という位置付けからか弱いただの少女へと変わったのだ。

 だからと言って私の杏への接し方が変わるわけではない。けれど、杏から私が受ける印象というものには少なからずフィルターがかかってしまい、意味合いがこれまでと異なったものへと変化してしまう。そうなれば当然私の思考にも影響があるわけで、そういった意味合いでいうなれば私はもうこれまでのように杏と接することはできなかった。

 けれど、杏は私に対してこれまで通りのぶっきらぼうで口の悪い話し方で接してくれた。そのおかげもあって、私はなんとか杏に対する表情の仮面を崩さずに済んでいた。もし、杏が少しでも気まずさというものを感じていて、私に対してよそよそしい態度を取っていたのなら、きっと私も彼女に対して仲良くなる以前のように接してしまっていたはずだ。

 本当に良かったと思う。私と杏の関係が崩れていたのなら優子が目ざとく気付いて何かしらのアクションを起こしていたであろうし、伽耶もなんとなくで変化を察してしまうだろう。

 もし。もし本当にそうなっていたのならば、きっと私は孤立していた。皆が私から離れて行き、三人は私を除いて日常を創り上げていったに違いない。今回もまた私は悪くないのだけれど、必ずしも事象の原因が疎まれるとは限らない。人間は真理に真っ向から立ち向かえないように作られている。

 実に厄介なものだ。きっと、この世界や私たちを作った神様なんていうものは酷く捻くれていて寂しがり屋な奴に違いない。

 何はともあれ、杏が私に弱みを見せた日から一月以上の長くも短くも感じる時間が過ぎた。あれから暫く杏を観察しても、杏がどうして私に恋の話をしたのかがわからなかった。

 そうやって分かりもしない答えを探して杏の観察を続けていた2月の26日のこと、私はさらにもう一つ、悩みの種というか私の思考を邪魔する事象というか、とにかくモヤモヤするものを増やされることになった。

「ねぇ。今日さ、桜花の家に遊びに行っていい?」

 放課後、伽耶かやがささやき声で聞いてきた。

「うん。いいよ。優子と杏にも声かける?」

 個人的な感覚としては、私は杏よりも優子との仲の方が深い。だからわざと優子の名前を先に出すことで杏との関係がこれまでと変わらないと演出した。

「あぁ。今日はいいや。二人だけで遊ぼ?」

 なんだかんだで四人で遊ぶのがいちばん好きな伽耶にしては珍しい返答だと思った。

「じゃあ今日は二人だけで遊ぼっか」

「うん!」

 少し、いやな予感がした。


 予感は見事的中で、家に遊びに来た伽耶に私は押し倒された。

 ベッドに並んで座って漫画を読んでいた時、いきなり伽耶に名前を呼ばれ、「何?」と返した次の瞬間の出来事だった。

 おばあちゃんは何処かに出掛けてしまっていて

「どうしたの?」

 声の震えを抑えながら伽耶に聞いた。伽耶は私の両腕をがっちりと持って固定していて、片膝を私の両腿りょうももの間に落として私が身動きできないようにした。

 抵抗しようと両腕に力を入れたのだけれど、がっちりと固められてしまった私の腕は微動だにしなかった。

 少し、恐怖を感じた。

「え、何?どうしたの?」

 荒くなる伽耶の吐息に私の恐怖は助長され、少しでも早くこの状況から抜け出したいと思い始めた時、唐突に伽耶の唇が私の唇に重ねられた。伽耶の髪の毛が私の顔にかかってむず痒かった。

 重ねた唇を離すと、伽耶は納得していないとでも言うように顔をしかめてもう一度私にキスをしてきた。次はさっきのようなキスではなくて、私が知らない類の艶かしいキスをされた。生暖かい感覚にただでさえ鈍っている私の頭はさらに鈍った。

 伽耶の吐息はさらに荒くなっていって、どんどん納得できないといった顔を深めていく伽耶は何度もなんども気持ち悪いキスを私にした。次第に私の腕を握る伽耶の手には力がこもっていって、キスをされたことの動揺みたいなものよりも腕の痛さの方が私は気になった。

 そんな理解しがたい状況が15分ほど続き、やっぱり納得できないといった様子で伽耶は掴んでいた私の腕を離してくれた。

 本ばかりで埋め尽くされた静かな私の部屋に私と伽耶の二人分の荒い吐息が響いた。よくわからいけれど、イケないことをしているような背徳感を感じていた。そもそも友人同士でキスをするなんてよくないことだし、ましてや私と伽耶は女の子同士だ。イケないことをしているようなではなく、事実としてイケないことをしてしまっていた。

 どうしてこんな展開になったのだろうと思案した。導き出された結果は至極単純で、そもそも優子や杏を呼ばなかったことが悪手だった。

 いや、そもそもを辿るのであれば伽耶の遊びの誘いを受けたことが原因だろう。

「…ねぇ。どうしたの?」

 伽耶に聞くと、伽耶は気まずそうに「うん」と言い、黙りこくってしまった。

 ほんのわずかな時間だけだけれど沈黙の時間が続き、私は耐えられなくて言葉を発した。

「伽耶、どうしたの?何かヘンだよ?」

 そう言うと、伽耶は「ごめん」と呟くように謝った。

「本当にごめん。私、気持ち悪いよね」

「……そんなことは…ないよ」

 嘘は言っていない。伽耶のことを気持ち悪いとは思わなかった。けれど、そのかわりなのか私は伽耶を怖いと思ってしまった。

「ねぇ。どうしてこんなことをしたの?」

 思い口調を作って伽耶に聞く。正直、怖いという感想のような感覚以外の感情を私は抱かなかった。ことのつまりはなんとも思いやしなかったのだ。だけれど、伽耶の行動の原因が気になったことも事実で、私は単純に知りたいと思った事象を知るために伽耶に問いかけた。

 再び静かな部屋に沈黙が満ちて、私と伽耶の呼吸の音が申し訳程度に響き渡った。

 しばらく、伽耶が自分から話し始めるのを待ってみようと思った。

 静かに流れる時間の中、買うだけ買って読めていない本たちが視界に入った。それらを読みたいという欲求がこみ上げてきたのだが、今はそれどころではないし友人と遊んでいる最中に本を読み始めるのはどうかと思った。だから私は後からこみ上げてきた正直な欲求をこらえた。

 5分ほど経った頃、言葉がまとまったといった様子で伽耶は静かに語り始めた。

「本当にごめんね。私、確かめたいことがあってこんなことしちゃった。その…桜花にチューをしちゃった」

「確かめたいこと?」

「うん。私の持っているこの感情がどういった種類のものなのか確かめたかったの」

 言っている言葉の意味はかりそうでわからなかった。

「えーっと。どういうこと?」

 僅かに震える声を作って困惑を演じた。

「その…。最近、自分がもしかしたら恋しているのかもしれないって思って、それで、本当のところはどうなんだろうと思って確認したかったの」

 伽耶の言葉は依然として欠如しているものが多かった。

 もし、伽耶が言った言葉とこれまでの会話や事象を踏まえて考えるのなら、伽耶は私を好いているということになってしまう。それも、同性である私に異性へと向けるべき感情を向けているということになる。

 杏の事といい、最近はこんなことばかりだ。知りたくもなかった事実や興味のない事実が私の前に自分から現れて私を煩わせる。1年前はこんなことなかったのにだ。

 人間関係というものは実に面倒だ。ある程度深まって腹を割って話せるようになってしまうと互いの関係を不本意ながらも踏み込んだものに変化させなければならない。

 きっと、ここ数ヶ月で私たちの仲は喜ばしいほどまでに深まったのだ。だからこそこんな展開に私は遭遇してしまっているのだ。

 もう色々と面倒だなと思っていると、伽耶が私の誤解を解くように告白をした。それはきっと勇気の要ることだっただろう。

 大きく深呼吸をした後、伽耶ははっきりと意志のこもった口調で言った。

「私、桜花のおかげで自分の気持ちに気付けた。ありがとう。それからごめんね。事情も説明せずに桜花を利用しちゃって」

 その言葉が意味することはわかりやすかった。

 伽耶が恋心を抱いている相手は私ではなくて他の誰かということだ。

 私はなんだかホッとした。そして、少し前まで伽耶の気持ちをどうやって拒絶しようかと考え始めていた自分を恥ずかしく感じた。

「あ、ごめん。利用って言い方したらあんまりよくないよね。あんまり深いわけがあるわけじゃないから気にしないで」

 慌てるように伽耶は言った。別に、私は言葉の意味合いを表層だけなぞって捉えるような人間ではないのだから気にはしないのにと思った。

「気にしていないからいいよ。気にしないで」

 そう言うと、伽耶はわかりやすく安心していた。

 数分前までは考え込んでいたような硬い表情だった伽耶はその顔にいつもの笑みを浮かべる程度には心のもやのようなものを解消できたようだった。

「ありがとう。本当にごめん」そうやってなんども繰り返す伽耶に「気にしなくてもいいよ」といい、私たちが互いに笑い合った。

 そして、5時になって部屋の外から鳩時計が狂気を滲ませて鳴く声が聞こえてきたのを合図にするように、伽耶は話の軸を吐いた。

 伽耶の行動の根源にあった感情を向けられている相手を語った。

「私さ、杏のことが好きみたいなんだー。友人としてじゃあなくてさ、キスをしたいとかそう言った感じの好きだね」

 それこそ知りたくもない事実だった。

 伽耶の抱える叶えられない恋心を知ってしまったからにはもう私はこれまで通りのようには振る舞えない。伽耶は杏を好きで、杏は別の誰かを好きで。二人とも報われないことが決まりきってしまっている。それに、もう知ってしまったからには私は伽耶のために杏との時間を作ってあげることになるだろう。それも、意図せず無意識のうちに。

 これから先の顛末を想像してしまい、私は吐き気に見舞われた。

 どうしようもない気持ちの悪い感覚にあらがっていると、伽耶は困ったように眉尻を下げて笑いながら私に言った。その声は私のように作った形跡がなく、けれど、確かに震えていた。

「ねぇ桜花。私、どうしたらいいと思う?」

 それが涙声であることは伽耶の瞳に滲んだ涙を見ずともわかった。

 本当、神様というものは捻くれ者で寂しがり屋だなと思った。

 砂場の城の正しい作り方を私は知らない。


12月からは1週間あたりに3回は更新します。お楽しみに。

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