06 (side 女神→別人)忙しい
女神は仕事に忙殺されていた。
何故ならば異世界召喚を果たした五人が二週間で白馬を五十頭揃えてきたからだ。
白馬狩りにあって、魔力の落ち着きのないところに転送させるにしても、先に魔物を駆除してから白馬を送らなくてはならない。
「やだー、もう面倒くさい〜!」
女神のお気に入りのハンモックの上で、彼女はバタバタと暴れ出した。
「女神様、あんまり暴れますとまた落ちますよ」
クマが呆れた顔でそう言う。
膨れ面で女神は暴れるのをやめてハンモックから下りた。そして近くにあるテーブルセットにつく。
「今日は洋梨のタルトとバニラアイスです。アッサムティーでよろしいですか?」
宜しいも何もクマの手には既にアッサムティーが入ったポットが握られている。仮に女神が断れば違うお茶を用意するが、最初から言えだの、いつもいつも冷たいジュースばかりは良くないだのと小言が始まる。
「もちろんよ、用意してくれてありがとう」
女神が言える言葉はこれだけだ。長い年月で学習したのだ。
まぁ色々学習しないから絵理との電話中にハンモックから落ちて盛大にジュースを頭から被り、クマたちに怒られていたのだが。
「召喚した子たちはどう?」
女神は話を露骨にそらす。白馬は横に置いておくことにしたらしい。女神の性格からして数年単位でしか白馬の転送は終わらないだろう。
「召喚直後から体を鍛えていた鉄雄様は冒険者になるべく準備中です。ネコが遊撃で鉄雄様はタンク役ですね。ネコがいるからしばらくは大丈夫でしょう。近くにあるダンジョン攻略に向かうと思われます」
女神はふんふんと頷きながらタルトを食べてにんまり笑う。
女神の態度をクマは気にせずに手元のメモを確認する。
「ウサギがついた絵理様は町に出かけました。荒野の緑化活動を考えていらっしゃるそうです」
「おお、あそこも荒野になって長いもんね」
絵理の近くにある荒野の原因の戦争については女神も思うところがあった。
魔物との戦いに明け暮れていた人間は、数百年前魔物が小康状態になると人間同士で争い始めた。
魔法を大量に撃ち合うとどうなるのか。正確には女神ですら知らなかった。
結果は焦土だった。大多数の死者は当然として、魔力のバランスが崩れ、焦土の周りにいくつか魔物の発生源が出来上がった。
しかもそれが一カ所でなく数ヶ所だ。
戦争で疲弊した人間は魔力の乱れから現れた突然の魔物の襲撃にかなりの数を減らした。
これには女神も頭を抱えるしかなかった。人間の文化や生活水準も後退し、魔物に滅ぼされないようにするのが精一杯になった。
白馬を投入して魔力のバランスを調整させたら今度は物珍しい白馬狩りが始まったのだ。
人間は白馬の意味を知らなかったとはいえ完全に自分の首を絞めている。
荒野の緑化は何かを好転させるきっかけになってくれればいい。
「綾女様はご自分がしたかった服飾に没頭されているそうです。農園は運営されています。製作が楽しいようで農園から出るにはしばらくかかるでしょう。ただ、ヒツジが毛を刈られそうだと怯えておりました」
「ありゃ。ヒツジに激励しといてよ。一年はついていて欲しいし」
農園の生産建物は小人族用でサイズは小さいが、自分の家を改築すれば人間サイズのアトリエも用意出来る。絵理は自ら生産活動をしなかったが、綾女は材料を小人族に作らせて縫製を自分がすることを考えた。
綾女自身は才能溢れたデザイナーではなかったし、服飾を職に出来るほど秀でていなかった。
しかし農園では収入を気にする必要がなく、綾女程度の洋裁の腕でもミシンで縫う服はこの世界では上位の服になる。
現在綾女は大量の服や鞄を作り、ヒツジや小人族に与えているところだった。
「真衣様は国取りを考えていらっしゃるみたいですよ」
「ぶふっ」
クマの言葉に女神はお茶を吹き出した。
「まぁ半分愚痴のようですが。他の方よりこの世界について勉強をされていたようで。国の運営をする方が早いなとこぼされていたそうで」
「えー、そうなの? そっちに考えがいっちゃうのかぁ」
「いえ、武力は使わず物量にものを言わすみたいですよ。多分あの大陸では食料価格が乱高下するでしょうね」
真衣は商会を立ち上げることを考えた。が、法整備がきちんとしていない国で必要になるのは武力だ。
生産活動をして物流を抑えて武力を持ったら、一介の商会というより国ではないかと真衣は思ったわけである。
別に女王になりたいわけではないし、そのあたりは他人に押し付けたいと切に願っているのだが、これまでの歴史を聞いた限り期待は出来ないと感じているのだ。
「でも、ありっちゃありなのかなー」
「そうですね。彼女が潰れてしまわなければ」
国を造るのは一人ではできない。地球に比べれば学のない人間しかいないここで、真衣がどれほど信頼できる人間が作れるかが勝負なのだ。
よく性格や人間性や気合いなどを引き合いに出されるが、性格や人間性はその人間の知識や経験に裏打ちされている。その差に悩まされないはずがない。
国の単位が一体どれほどの大きさかにこだわらなければ、箱庭だけで国だと言い切れる力があるので、国づくりに反対する理由がないのだ。
「真衣は確か営業をしていたのよね」
「ええ、営業成績は良かったようです。ただ上司に妬まれて嫌がらせされていたようですね」
クマの手元には地球側に依頼した素行の調査書だ。あまりにおかしな人間に力を与えるわけにはいかない。ゲームで候補者は選択したとはいえ、そのあたりのフォローはしてある。
ちなみにもっと適性の高い人間を呼んでくるにはもっと対価が必要になる。女神の世界ではそれほどの対価を用意できないために、いなくなっても影響が少ない人間が選ばれたのだ。
「まぁ、要観察かなぁ」
「そうですね。それで、最後の一人ですが」
「無人島にいる元引きこもりだよね」
「電話をしたいとカメから」
「え?」
「カメがストレスで胃に穴が空きそうだと」
「ちょちょちょ、何で何で何で!?」
「カメを助けてやってください」
「ええええ!?」
*****
「ではお願いしますね」
僕はそう言うと通話を終了した。
ふぅと息をついて、手元にあるアイスティーを飲む。お取り寄せって贅沢だと思っていたけどついつい頼んでしまう。美味しい。うむ、スイーツプギャーとしていた僕が変わったもんだ。
隣でカメがプルプルと震えている。
「何?」
「い、いえ。あの、優様は女神様に一体何を……」
「え? 別に大して要求してないよ? エリィさんだっけ。あの人が向こうの世界の後始末やリネームをお願いしてくれていたし。他の人はお願いはしていないけど、きちんと農園は経営してくれているのも助かるよね。お願いしやすくなっちゃった」
「いえ、ですから何を……」
「僕達は異世界から五人来たのに連絡が取り合えない。もし誰かがピンチになった時に助けてあげられないなんて、僕には耐えられないよ」
「は、はい。優様は名の通りお優しく……」
「だから、僕はスマホじゃなくてパソコンユーザーだけど、みんなとチャットが出来るようにしたかったんだよ」
「いえ、優様はサーバーとか光回線とか仰っていませんでしたか!?」
「えー。やっぱりネットが出来ないパソコンって不便じゃない。僕のパソコンってサーバーもあるからさ、とりあえずここだけネット回線ひいてもらって、他のみんなには僕が代行で調べてあげようかなと」
これを人は利権と呼ぶ。
「ま、優様はこの世界の支配者になられるおつもりですか!?」
「え、何。興味ないんだけど」
「異世界からお越しの皆様は非常に強い力をお持ちです! その皆様の力を束ねる長になろうと……」
「ああ、ないない。そういうのないから」
僕は片手を振った。カメは物凄く目を見開いている。
「ない……ですと?」
「うん。ない。必要も興味もない。支配者になったら何かいいことあんの?」
「世界を思うままに……」
「世界を思うままに出来るはずの女神様がヘマしてこっちに尻拭いさせてるじゃん。女神様大変でしょ? 何かいいことあんの?」
「いえ、確かにお疲れのご様子ですが」
「うん、疲れそうだよね。ご苦労様。僕には無理」
「では一体……」
カメは混乱している。口をパクパクして魚みたいだ。
「カメに色々世界について根掘り葉掘り聞いたのは、僕に被害が来ないようにしたいから。みんなと連絡を取り合うのもそう。ネットはダメ元だね」
「そ、そんなことで女神様を傷つけないでいただきたい……」
「いやいや、事後承諾で連れて来ちゃったそちら側が言う言葉じゃないよ。こちらがいくら快適に見えても、一体どんなドンデン返しがあるわからないんだから」
「そんなものはございません!」
「言い切れる? わざわざ地球から助けを呼んでこないといけない事態になったのに」
「ぐぅ……」
カメが腹をおさえている。胃が痛いんだろうなぁ。原因僕だけど。
「ま、長い間引きこもっていたんだし、まだまだ引きこもるつもりだから」
「……他の方々は動かれていますが」
「よそはよそ。うちはうち」
僕は女神の庭から取り寄せたドーナツを頬張る。
「性欲もある方じゃないからネットでいいし、食事があって寝床がある。問題ないね」
「……引きこもりたくて引きこもっていらっしゃったんですね」
「うん」
当たり前じゃないか。
ああ、我が家は最高だ〜。
というのは冗談にして、僕は表計算ソフトを立ち上げる。
エリィさんのおかげで、僕の私物は全部こちらに持ってこれた。パソコンは三台。プリンタやスキャナもあるしゲーム機もある。
一台は農園経営用に立ち上げたままだ。次の作業指示までは30分なのを確認して僕は表計算を立ち上げたパソコンに向かう。
「この世界には五大陸があって、その大陸一つ一つに僕たちが飛ばされている。ということは、普通にしていたらみんなに会えない。でも、大きすぎる力は狙われやすい」
僕はみんなの名前のシートを作り、女神から聞いた現在の状況を忘れないうちに書き込む。
「魔女狩りみたいに殺される可能性や、どっかの王国で奴隷みたいな扱いになるかもしれない。
異世界小説みたいに爵位がもらえるなんていう夢は見れないよ。だって僕たち自身にはチートはないんだから」
僕は問題点を書いていく。
「今回電話して、疑問点は払拭されたしね。あれだけゲームをしていたユーザーがいたのに、農園は転送された僕たちの分だけ。僕たちが来る前に僕たちがやった通りに早回しで農園を作った。つまり、周りからしてみればいきなり成熟した農園が出来上がっているわけだよね。異端としか見られないんだから、社会に接触するのはかなり慎重にしないといけないわけだし」
綾女さんはいい。チャット機能が出来上がるまでは多分農園から出ないだろう。
でも他のメンバーは町に繰り出す気だ。魔物が増えて微妙な頃合に僕らが接触するとどうなるか。
「五大陸それぞれだから、こちらの町がいけても向こうの町がいけるかどうかわからない。最悪、それぞれの農園を捨てて逃げてこられるようにしておいてあげたい」
「農園は隠蔽することも可能ですが…」
「人と関わろうとしている人たちだよ。多分厄介ごとなり見捨てられない人を抱えてしまう可能性が高い。農園で全員を養って暮らしてくのは無理なんだから」
そう、箱庭ルールで農園で出来る作業は並列5つだけ。小人たちの食事なんかはこれに当てはまらないけど、そんな場所に村単位とかの人が来たら食べて寝る生活しかできなくなる。
外にも出れない。何も出来ない。そんな場所は牢屋と変わらない。自ら望んで怠惰な生活を送るならまだしも、幽閉されていると感じれば一気に破綻する。
「農園同士の転送機能、農園の移転、そんなのも考えていかなくちゃな」
僕はここから出て行く気はない。
でも、別に他の人たちも見捨てる気はないんだ。
とりあえずはチャットからだよね。
次からはエリィがのんびりと町にいく話になります。
優君は気遣い屋さん。でも思ったことはズバズバ言うので生きにくいタイプ。
本人もわかっているので引きこもっています。