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ダークシャウト  作者: 焔滴
第四章
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審判

 そんな少女の必死な声を聞いて、拓人はぐっと奥歯を噛み締めていった。


「…………ごめん。有難う」


 拓人の呟きが小さく低く漏れて、闇朱と義乃の鼓膜を震わせた。

 その瞬間、拓人は意志と力を振り絞り、周囲へ向けて衝撃波を放った。


「きゃああっ!」

「う、あぁぁっ!」


 傍に居た二人の少女を吹き飛ばしたのと、再びバイザーが拓人の顔を遮ったのは同時だった。

 大きく裂けた口も浮かび上がり、サーグライが肉体の主導権を再び得る。


「――おおおおおっ! 宿主風情が驚かせやがって! ……だがこれで今度こそっ……」

「満ち満ちし聖天の六翼よ。邪滅の矛にて我が敵を撃ち滅ぼせ!」


 サーグライが安堵の笑みを零しかけた刹那に重なり、重厚に響くグエインの言葉。

 間髪を入れずに、巨大な金輪から怒涛の聖光がビームの如く撃ち放たれた。


「――――しまっ……!」


 一瞬の隙を突かれたサーグライの姿が、溢れる光の奔流に呑み込まれて見えなくなる。

 全ての魔を焼き尽くす為に、雷と炎を撒き散らす極太の光線は留まらず。

 金輪が回転する動きに合わせ、螺旋の動きで大地を抉りながら山中を貫いていった。


「……ははははぁっ! 終わりです! この私の手により、あの《大星魔》は滅び去りました! 天よ地よ! 我を褒め称えよっ!」


 金の杖と盾を高々と掲げ、グエインが勝利の雄叫びを上げる。

 ふらつく身体に鞭を打って立ち上がった苺莉亜が、吹き飛ばされた義乃と闇朱が、ただその圧倒的な攻撃を呆然と見つめていた。

 やがて金輪は光を吐き出すのを止め、表面を穏やかにさせていく。

 攻撃範囲上にあった大地や岩は焼け焦げて、木や草の一本すらも残っていない。

 文字通り焦土と化した光景を、青い瞳に納めてグエインが感嘆の溜息を吐いた。


「……素晴らしい。矢張り最後に勝つのは、我々聖なる志を持つ者なのだ」


 彼は勝利の余韻に酔い痴れて、恍惚とした表情を浮かべていく。


「……終わったようね……闇朱」

「苺莉亜……さっ……」


 拓人に弾き飛ばされた先で、闇朱はへたりと腰を下ろしている。

 地面に指を突き立てて小さく震えていると、苦い笑みを浮かべた苺莉亜がそっと闇朱の肩に手を置いていった。


「あたし、あたしっ……。本当は、ずっと迷ってて……。この作戦の話を聞いた時も、納得なんか出来なくて、絶対反対でっ……」

「……知ってる」

「昨日、拓人君がサーグライに乗っ取られてしまってからも、絶対……心の何処かで、拓人君は戻って来てくれるって……信じてたんです! だから、吉田君の時みたいに諦めなければ何とか出来るかもって……! だから辛くても、一生懸命あたしは戦って……!」


 ぽろぽろと大粒の涙を瞳の端から零しながら、闇朱が声を詰まらせて泣いた。

 表情に憐憫の影を浮かばせる苺莉亜は、そっと闇朱の頭を抱き締めていく。


「知ってるわ。……それを知ってても、私にはどうする事も出来なかった。……《夜光》の幹部として、自分のするべき事をするしかなかった。……ごめんなさい、闇朱」


「うっ……、苺莉亜さん、あたしっ……! あたし、拓人君を助けられなかったよぉ……!」


 闇朱は苺莉亜の身体に縋り付いて、わぁわぁと大きな泣き声を上げた。

 少女の脳裏に浮かぶのは、意識が奪われる寸前まで自分と義乃の事を案じてくれた拓人の微笑みだ。

 そんな風に泣き崩れる闇朱とは対照的に、義乃はまるで出来損ないの人形みたいな無表情を浮かべている。

 心にぽっかりと穴が開いて、全身から力が抜け落ちてしまったように。


「麻宮……。私は……。……私はっ……」


 法具の輝きが消えて、義乃の手に真剣の重みがずっしりと戻ってきた。

 義乃は《聖血教会》に属する者として、最善の選択に努めた心算だった。

 例え相手が自分の知り合いでも、世界の為に非情になる事が必要だと信じていた。

 いや、無理矢理信じ込もうとしていた。

 冷たい氷の刃の如く、自分の意識を押さえ付けて、グエインの補佐役として任務を全うする事に集中していた。

 しかし今とてつもなく、胸の中を苛む痛みが義乃の心を激しく揺さぶる。

 自分がした事に対しての後悔が、堰を切って震える唇から漏れようとして――。


「…………ア、アアアアアアアアッッ!!」


 突然、闇夜に獣の如き咆哮が木霊する。

 その場にいた者達は全員肌を戦慄かせ、声のした方に目を向けた。


「ぐっ……ク、……ハァ! はぁー、は……ぁ」


 苦しみに塗れた鬼の形相が、青白く闇の中に浮かんでいく。

 全身の黒き外甲は焼け爛れ、立派な青いマントは見る影もなく破れていた。

 必殺技と呼ぶに相応しいグエインの攻撃を受けてなお、ふらつく両脚で大地に立つサーグライの姿がそこにはあった。


「馬鹿な……直撃だった筈です。……シモン達の捕縛陣も、まだ効き続けているというのに……。――何だ、お前はっ? ……お前は一体、何なんだ!? 化け物ォッ!!」


 驚愕するグエインの顔から勝利の余韻と余裕が消えて、代わりに苛立ちと怖れが端正な面立ちを青ざめさせる。

 一方サーグライは左右にフラつきながら、緩慢な動作で前に歩き続けていた。


「か、はははっ……。何を今更……言ってやがる。……お前ら人間共が忌み嫌う魔物。――極上の化け物だろうがよ、俺は……」


 相当なダメージを負いながらも、サーグライは軽口を叩いて薄ら笑いを浮かべた。

 そして片手を前に突き出し、破壊の力を秘めた黒球を生み出していく。――しかし。


「あ、うっ……」


 急にサーグライは膝からがくんと崩れ落ち、大地に四つん這いとなる。

 生み出した黒球も空気へ溶けるように消えていった。


「――ふ、ふはっ! ……どうしました? もうまともに力を使う事も出来ないようですね? ……そうだ、矢張り私の勝ちだ! 《聖血教会》に敗北はありません!」


 サーグライの弱り具合を確認したグエインが、獰猛な笑みで口角を吊り上げる。

 聖人然とした慈愛に満ちた顔つきを消し去り、純粋なる戦闘者として再び六翼の光輪に法力を溜め込んでいった。


「私の『(シック)(スワ)(ンヘ)(ブン)』に耐えた事は驚きですが、二撃目を耐える力はもう無いでしょう!? とどめです! ――穢れた者よ、この世から消え去れぇっ!」


 聖なる力が充填された光の輪が再び燃え上がり、火花を散らす。

 溢れんばかりの黄金が暗闇を照らし、大地に四肢を突く鯨皇に向かって圧倒的な光の渦が照射された。


「――……へっ……ダセぇ今生だったな……」


 深手を負った身体では避ける事も弾く事も出来ない。

 これまで余裕を見せ続けていたサーグライが、迫り来る灼熱の光を前にして初めて諦めの台詞を呟いた。

 時間の流れが酷くゆっくりに感じられる。

 最期の瞬間を前にして、サーグライはそれでも不敵に笑っていた。

 ――光が、爆ぜる。

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