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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
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拓人、覚醒の刻

 拓人は基本、幼い頃から引っ込み思案で大人しい性格だった。

 逞しい身体をしているのに喧嘩は苦手で、争いを嫌う穏やかな生活を好んでいた。

 他人から嫌われるのが苦手で、頼まれ事をすると嫌とは言えない。

 誰とも極力波風を立てずに、なるべく中立の立場を保つように心がけていた。


 初恋の女の子は遠くから見つめるだけで、話しかける事も出来なかった。

 電車で老人に席を譲ろうと思っても、妙に恥ずかしかったり、断られた時の対応が面倒だったりで、結局寝たふりをしてしまう。

 中学の修学旅行では班員の希望を優先させて、自分の行きたい場所へ行けなかった。

 そんな自分を嫌だと思うけれど、かといって今更性格を変える事も出来ない。

 常にもどかしい痛みを心に抱えながら、そうやって拓人は生きてきた。

 溶ける事のない情けなさと後悔の雪を、胸の奥へ常に降り積もらせながら。

 

 だから拓人は正しい事も悪い事も、面倒そうな事には極力関わらないようにしてきた。

 人生の中で幾つも分岐する枝道の内、楽そうな方、平坦そうな道ばかりを選んできた。

 ――しかし今、目の前で起きている現実が拓人の心を激しく揺さぶる。

 闇朱も義乃も、自分と特別に親しい間柄という訳ではない。

 しかし関わった時間と質など関係なしに、彼女達の事を心から案じている自分がいた。

 己と歳の変わらぬ少女達が使命を背負い、真っ向から戦う姿は拓人の胸を強く打つ。

 争いを嫌う性格の癖に、彼女達が力を尽くす姿は格好良くて、憧れてしまった。


 何をどうしたいのか、具体的になんて分からない。

 しかしそれでも、堪らなく何かがしたいと思った。

 何もしないで怯えて、争いの外から「戦うのはやめろ」と言うしか出来ない自分は嫌だ。

 一度完敗したにもかかわらず、折れぬ心で力を振るい、状況を逆転させた義乃の強さ。

 既に疲れ切っていたというのに、今日が初めての実戦だったというのに、苺莉亜を逃がそうと頑張った闇朱の姿。

 それらが拓人の目に焼き付いていて、心臓はどくどくと痛い位に脈を打つ。


 俺も、力が欲しい。

 俺も、誰かの力になりたい。

 秤音と義乃、苺莉亜。この場に居る全員を助ける為に何かがしたい!

 自分で決めて、自分から動きたい!

 そう強く願った瞬間、拓人の胸元に紫色の光が浮かび上がった。

 光は次第に色濃く鮮やかに、紋章のような形を成していく。

 宝石のように神秘的で美しく、それでいて妖しさを秘めた強い光が心臓に宿る。

 そんな感覚に支配された瞬間、拓人は全身へ漲る不思議な力を感じて。

 雄叫びを上げると共に、力強い一歩を踏み出していた。


「はああああぁぁぁ!」


 全身が声帯になって震えたみたいに、拓人はバカでかく叫び声を上げていた。

 眼前に迫る黄金の奔流を、何も考えずに繰り出した全力の右拳で迎え撃つ。

 すると拓人の拳から紫色のオーラが溢れ出て、衝突した瞬間に黄金の光を四方八方へ飛び散らせていく。


「な、なんて力……!?」


 苺莉亜が感嘆の声を漏らし、拓人の広い背中を見つめた。

 掠っただけで闇朱を気絶させる、義乃の強力な攻撃を。

 真正面から拳一つで打ち砕く拓人の姿を、苺莉亜は瞬きするのも忘れて見入っていた。


「あああああ、……くぅ! ……何とかなりやが、れぇぇぇぇっっ!」


 拓人はダメ押しとばかりに更に一歩を踏み出し、今度は左の拳も光の渦へ叩き込む。

 喉が枯れそうな位に叫んだ瞬間、拳に凝縮された紫光が凄まじい衝撃波となって爆発した。

 それは聖光を貫いて、義乃の手に握られた大剣へ直撃する。


「――う、ぁあああっ!?」


 我が身に襲いかかる圧倒的なプレッシャーに、義乃は堪らず悲鳴を上げた。

 膨大な力を具現化した大剣は、紫のオーラを受けた瞬間にあっさりと砕け散る。

 神社の境内どころか、周囲の森をも呑み込んで広がる紫光の爆発。

 衝撃から庇うように闇朱を抱き抱えながら、苺莉亜はぎゅっと瞼を閉じた。


「…………う、ン……」


 どれ程の間、うずくまるようにして耐えていただろう。

 衝撃波によって天空へ押し返されていた雨粒が、ざああぁぁ、と勢い良く降り注いだ。

 激しい雨が石畳を打ち、細やかに跳ね返って地面の近くを霞ませていく。

 苺莉亜が視線を辺りへ彷徨わせると、社の前に立つ黒い人影が瞳に入り込んだ。

 影は自分の両手を見下ろして、呆然と立ち尽くしているように見える。


「……一体、何が……起きて……?」


 影の主である義乃が、信じられないといった顔で声を漏らす。

 怒りに我を忘れ、法具の力を全開放させた筈。

 しかし打ち放った黄金の奔流は、具現化させた大剣ごと消滅させられてしまった。

 こんな事は初めてで、地面の上にうつ伏せで倒れている拓人の姿を恐る恐る見つめた。

 一体何が起きたのか。言葉にした疑問を、心の中でもう一度繰り返す。

 紫色の光が拓人の身体から溢れ出して、それが全てを吹き飛ばした。

 ――理解はできるが、納得はできない。

 しかもあれ程の威力だったのに、周囲の人や物に一切の被害を出していない事実も驚愕だ。

 一方疑問を持っていたのは、苺莉亜も同じだ。

 自分と闇朱を救った拓人の力に思い当たる節があるとすれば、たった一つしかない。


「……まさか、覚醒した……?」


 不安と怖れが声色に混じり、湿った空気に乾いた呼気を漏らす。

 濡れた石畳の上に倒れ伏して、ぴくりとも動かない拓人の身が妙に不気味だ。

 苺莉亜は無事でいて欲しいと思う反面、そのまま倒れていて欲しいとも思ってしまう。


「でも……ここは退く、しか」


 苺莉亜は両腕に抱いた闇朱の具合を気にした。衰弱した身体に、ザンザン降りの雨は毒だ。

 魔人化もそろそろ限界にきている。解けてしまうのも時間の問題だろう。

 力を無くした女の細腕では、高校生男子を一緒に抱えて逃走する事は不可能だ。


「……ごめんなさい」


 哀しみを一匙まぶした面立ちで、苺莉亜が横たわる拓人に小さく告げた。

 すると素早く闇朱を横抱きにし、鎮守の森の奥へ消えていった。


「――待っ……!」


 気付いた義乃が制止の声を投げかけるも、時すでに遅し。

 苺莉亜達の姿は無い。

 限界を超えた力を使ってしまった為か、どっと重い疲労感が義乃を包み込んでいく。

 苺莉亜達から受けたダメージも、まだ身体の芯に残っていた。


「不覚……ね」


 怒りに我を忘れた事も、呆然として敵を逃がしてしまった事も。

 冴えない表情で呟き、義乃は俯いた。

 手首に巻き付けた銀色のチェーンが、雨に濡れた肌の上を冷たく滑る。

 法具である片翼のペンダントは微かに温かい。

 まるで頑張りすぎて熱を出してしまった子供のように。


「……ぁ、う……」


 ふと。雨音に混じって義乃の耳に届く、低い呻き声。

 全身ずぶ濡れの拓人が微かに指先を蠢かし、砂利を掴んでいる。


「…………麻宮……」


 拓人の名前を呟きながら、義乃が傍に落ちていた竹刀を拾い上げる。

 きびきびと素早かった動きも、今は疲れ切って緩慢な動作だ。

 今すぐ座り込んでしまいたい衝動が、みしみしと義乃の背骨を軋ませる。

 それを懸命にこらえながら、少女は一歩ずつ拓人へ近付いていった。

 穏やかさが戻った境内に、その後の全てを紛らわせるように大粒の雨が降りしきっていた。

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