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ダークシャウト  作者: 焔滴
第一章
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闇朱、憑変の刻

「頼りにするわ。――少年! アナタは巻き込まれないように、木の影にでも隠れてなさいっ」

「――へっ? ……あ、は、はい!」


 ただならぬ気配を感じて、拓人は後ずさる。だが本当は争い事なんて、見たくなかった。

 それも自分の知り合い達が傷付け合う所なんて、まっぴらごめんだ。

 しかしだからといって、拓人は自分には何も出来ない事を痛感している。

 何の力も持たない自分が割って入った所で、ただの邪魔になるだけだ。

 ……それに下手に間に割って入ったら、とばっちりを受けて死んでしまうかもしれない。

 まだ高校生だ。こんな訳の分からない事件に巻き込まれて、人生を終わらせたくなんてない。

 生きていたい。楽しい事もまだまだ一杯経験したいのだ。

 だから悔しくても、辛くても、今はこうするしかないんだと自分へ言い聞かせた。


「オッケー。それじゃあ始めますか。……闇朱、サポートは任せた」

「はい! ……ふうぅぅ……魔憑身!」


 苺莉亜の言葉を受けた闇朱が、鞄を捨てて両手を胸の前に合わせる。

 双眸を細めながら深く細く呼吸を繰り返すと、その頭上からキラキラと輝く赤い粒子が現れた。

 それは闇朱の身体へ雪のように降りかかり、変化を与える。

 魔人化の開始だ。

 赤い光が浸食した制服は姿を変えて、喉元から足首までを包み込む赤い衣となった。

 衣といっても生地は極薄で、ボディスーツのような形状をしている。

 エナメルのような光沢を放ち、闇朱の豊満な身体へぴったりと張り付いた。


「う、わ……」


 苺莉亜の時と違って、変化する光景が隠されていない。

 あまりに刺激的な様子をつい、拓人は食い入るように見つめてしまった。

 闇朱の纏うボディースーツは所々露出が激しく、特に両腕、胸元、内腿、臀部などが激しい。

 煽情的な光景を見せつけられ、拓人は顔に血を上らせる。

 更に闇朱の背中からは立派な黒い蝙蝠羽が現れ、濡れた艶を誇らしげに放った。

 腰からはひゅるりと黒い尻尾が生えて、先端は矢印のように尖っている。

 見事な黒髪を戴く頭からは、左右で一対の角が生えた。

 角は身に纏う衣と同じ赤い色で、竪琴型と呼ばれる形状はインパラを思わせる。

 そして一際拓人の目を引いたのが、闇朱の周囲に浮かぶ黒くて巨大なオブジェだった。

 鋭角的なシルエットをした黒片が何枚も組み合わさって、逆円錐型に闇朱を囲んでいる。

 フロント部分は繋がっておらず、左右に分かれた隙間から闇朱の下半身が覗けた。

 連結する黒片は無機質で硬質。地面から十センチほどの高さを浮遊している。

 最後に闇朱が背中の翼を大きく羽ばたかせると、赤い光の粒は弾けて消えた。

 それが魔人化を完了させた合図。

 誕生した赤と黒の魔天使。拓人は暫し、その妖艶な姿に見蕩れていた。


「ほらほら、私を無視しようとするんじゃないわよっ!」

「……ムッ……! ていやーっ!」


 その頃、闇朱の魔人化を妨害しようと動いた義乃は、苺莉亜に阻まれ激闘を繰り広げていた。

 義乃はこれまでの《星魔》狩りの経験から、闇朱が戦士として戦い慣れていない事を瞬時に見抜いていた。

 それ故手を出してこない新兵よりも、敵の幹部を狙う事を重視していた訳だが……。

 しかし魔人化した闇朱が漂わせる強い魔力を感じる今、義乃はその事を少し後悔する。


「悔やんでも仕方がない……か。――ならばまず、お前からだ!」

「ハッ、やれるもんならやってみなさい!」


 闇朱がこちらへ襲いかかって来る前に、義乃は苺莉亜を速攻で倒すと決断する。

 義乃は後方へ跳躍し、苺莉亜と離れる。そして凪の水面を思わせる、静かな構えを取った。

 まるで時間が止まってしまったかのような印象を、対峙する者へ錯覚させる。


「そんなハッタリ!」


 不気味な静けさを放つ義乃を前にして、苺莉亜は臆する事なく突進した。

 確かに義乃の剣速は驚異的だが、何度も攻撃を受けている内に苺莉亜の目も慣れてきている。

 何かを仕掛けてくる前に潰してやる。そう考えた苺莉亜は大きく宙へ飛び上がり、落下の勢いをプラスした爪撃を義乃に向かって振り下ろす。

 一方、静穏を保ったままの義乃は動かず――否。刹那、突風の如き気合を身体から放った。


「――嘴口突火(しこうとっか)!」

「なっ――ッ!?」


 義乃が気勢を発すると共に、大気を突き破る凄まじい一閃が空気を焦がした。

 今までの剣速を更に超える速さで、義乃が突きを放ったのだ。

 黄金の剣が摩擦熱で炎を纏い、苺莉亜の胸へ向かって吸い込まれてゆく。

 これまでの攻撃速度であったなら、苺莉亜の方が先に義乃の身体を切り裂いていただろう。

 しかし完全に攻撃姿勢に入っていた苺莉亜の後から動いて、自分の突きを先に当てるという奇跡を義乃は実現させていた。


 ――ガキィンッ!


 決着が着いたかと思った瞬間、甲高い音色が大きく境内に響き渡る。

 猛速の突きが捉えたのは苺莉亜の身体ではなく、黒光りする金属板のような物体だった。


「……ナイス、闇朱!」

「くっ……?」


 頬に一筋の冷や汗を垂らしながらも、苺莉亜は安堵の笑みをにやりと浮かべる。

 闇朱を囲んでいたオブジェが分解し、その黒片が盾となって義乃の渾身技を防いだのだ。

 厚さ五センチ程の黒片が五枚重なった障壁は、それでも四枚は完全に剣先が貫通し、最後の五枚目も大きくヒビ割れて砕ける寸前だった。


「ほらほら、隙ありィっ!」

「ウッ――!」


 強い一撃だけに反動も大きい。防がれた衝撃で義乃の腕は痛み、肩まで痺れが走っていく。

 その隙を狙い、苺莉亜が義乃の脇腹を狙って蹴りを放った。

 義乃は何とか柄を間に挟んでダメージを和らげるも、大きく吹き飛ばされてしまった。


「ああぁッ!」


 境内の地面を転がりながら、狛犬の置かれた台座に激突する義乃。

 背中を強く打ち、息が一瞬詰まる。しかし即座に体勢を立て直し、立ち上がってみせた。

 戦場で無様に倒れ伏す事は即、死へと繋がる行為だからだ。


「……はぁ、はぁ……」

「闇朱、今よ! 畳みかけるわっ」

「はい、苺莉亜さん!」


 かけ声と共に苺莉亜が走ると、背部のリングは脇へ傾いて高速回転を始めた。

 義乃の右手から苺莉亜、左手から巨大な輪投げとなった赤黒い蛇輪が迫って来る。


「――舐めるなぁっ!」


 義乃は痛みを堪えて大声を発し、自らを奮い立たせていく。

 流れるような足捌きで体重移動し、二方向からの攻撃に対して呼吸を合わせた。

 飛来する禍々しい蛇輪を剣で受け流し、間を置かずに肉迫する苺莉亜へ素早く斬り付ける。

 しかし今までのように、苺莉亜は爪で防ぐ事はしなかった。

 闇朱が操る無数の黒片が、義乃の攻撃を全て弾くからだ。


「良いね! 攻撃だけに専念できるっていうのは。これがノーガード戦法ってやつゥ?」

「くうぅっ……!」


 苺莉亜は上機嫌に笑みを浮かべ、代わりに義乃は苦悶の表情を浮かべた。

 義乃は必死に回避するも、防御をしない分だけ増えた赤い爪撃を完全にかわす事は出来ない。

 ブラウスやスカートの端が徐々に切り裂かれ、所々に薄らと血が滲み始めていた。


「はぁ、ハッ……」


 これまで涼しげな表情を保ってきた義乃の顔に、次第に疲れの色が浮かび始めてくる。

 闇朱の黒片は今や防御だけでなく、義乃の死角を狙って攻撃を仕掛けていく。

 苺莉亜も攻撃の手は緩めない為、いかに素早い義乃でも分が悪かった。

 黄金の剣は攻撃を弾き、逸らす為だけに集中使用されている。義乃の防戦一方だ。


「苦しそうねっ? 素直に降参するなら、特別に見逃してあげても良いわよ?」

「誰がっ、……お前達なんかに、屈するものかっ……!」

「――あ、そう。本当に頭が固いわ、ねぇっ!」


 呆れ顔の苺莉亜は足を鋭く振り、掬い上げる軌跡で義乃の腹部にヒットさせる。

 あまりの衝撃で声を出す事も出来ず、義乃は唇から掠れた気息と唾液を吐き出した。

 剣は義乃の手から離れて地面に落下し、黄金の光は霧散して元の竹刀に戻っていく。

 その瞬間を狙い、今まで姿を隠していた蛇輪が高速で飛来する。

 無防備になった義乃の身体へ被さって、輪を収縮させる事で中心に閉じ込めた。


「……か、はっ……」

 義乃は両腕の上から蛇輪に押さえ付けられて、身動き一つ出来ない。

 制服も髪も汚れ、ぼろぼろだ。衝撃で気を失い、石畳の上へ倒れ込む。


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