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巡礼者の道  作者: 잿빛서기관


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境界

第八話 境界


【善をなそうとする心もまた、


時として人を誤った道へ導く。】


広場には、


気まずい沈黙が残っていた。


人々はなかなか立ち去ろうとしない。


祭壇を名残惜しそうに見つめる者。


司祭の様子を窺う者。


先ほどまでの感謝と喜びに満ちた空気は、


すでに消えていた。


人々は小声で囁き合い、


倒れていた老人を支えながら帰ろうとしていた。


だが、


老人は何度も祭壇の方を振り返る。


「……もう少しだけで良かったのに……」


かすれた声だった。


その姿は、


どこか異様で、


ひどく居心地が悪かった。


司祭はそれ以上何も言わなかった。


短く祈りを終え、


人々を帰らせる。


村人たちの表情は複雑だった。


先ほどまでとは、


明らかに違う空気が流れていた。


「司祭様」


誰かが遠慮がちに声をかける。


「本当に、


今日はこれで終わりなのですか?」


司祭は少しだけ沈黙し、


短く答えた。


「今日は休むべきでしょう」


それだけだった。


理由も説明もしない。


人々は納得しきれない様子のまま、


少しずつ広場を後にしていった。


トリーが頭を掻く。


「……なんか、


変な雰囲気になっちゃいましたね」


ベルは何も言わなかった。


唇を引き結んだまま、


司祭を見つめている。


エリオンはそんな彼女を一瞥すると、


ゆっくりと祭壇へ向かった。


司祭は蝋燭を片付けていた。


溶けた蝋が静かに流れている。


エリオンはその隣で足を止めた。


しばらく沈黙が続く。


やがて、


エリオンが口を開いた。


「……何を知っているんですか」


司祭の手が、


ほんのわずかに止まった。


だが、


それも一瞬だった。


「急にどうした」


何事もなかったように、


蝋燭を片付け続ける。


「知らない人間の反応には見えませんでした」


エリオンは司祭を見つめた。


「最初から、


何かを確かめていたでしょう」


司祭は答えなかった。


代わりに、


消えかけた蝋燭の火を指で摘み、


静かに消した。


細い煙が立ち上る。


「……エリオン」


初めて名前を呼んだ。


その声は、


どこか重かった。


「世の中には、


知らない方がいいこともある」


エリオンは眉をひそめる。


「本気で、


そんなことを信じろと言うんですか」


司祭は答えない。


広場にはもう、


人影もほとんど残っていなかった。


しばらくして、


ようやく口を開く。


「……できるだけ早く、


この村を離れた方がいい」


エリオンはその言葉を反芻した。


「離れれば終わるんですか?」


返事はない。


エリオンは一歩近づいた。


「見たでしょう」


「人が倒れたんです」


「見た」


短い返答だった。


「それで何もしないんですか」


司祭は目を閉じた。


ゆっくりと息を吐く。


「エリオン」


低い声だった。


「世の中には、


下手に関わってはいけないこともある」


エリオンは即座に言い返した。


「だから見ているだけだと?」


司祭の視線が、


ゆっくりと彼へ向いた。


怒っているわけではない。


冷たいわけでもない。


ただ――


疲れているように見えた。


「お前が今見ているものは、


ただの病でも呪いでもない」


低く呟く。


「原因も分からない」


「中途半端に手を出せば、


かえって悪化することもある」


エリオンは口を閉ざした。


だが、


司祭の言葉は続く。


「それに……」


司祭は広場の外へ目を向けた。


まだ帰っていない村人たちが、


こちらを気にするように見ていた。


「……この村の人々は、


もうこれを恩寵だと信じ始めている」


エリオンもその視線を追う。


少し前まで、


笑い合っていた人々。


だが今は違う。


その目には、


どこか警戒の色があった。


司祭は静かに言った。


「この状態で外部の人間が口を出したら、


何が起こると思う?」


エリオンは答えられなかった。


それでも。


「……それでも」


ようやく絞り出す。


「目の前で人が壊れているんです」


司祭の目が、


ほんのわずかに揺れた。


エリオンは続ける。


「神は善を為せと教えています」


風が吹いた。


祭壇の火が揺れる。


司祭はしばらく黙っていた。


そして、


とても静かな声で言った。


「……そういうものほど、


危ういんだ」


エリオンは眉をひそめる。


司祭は燭台を片付けながら続けた。


「何かをしなければならないと思う心が、


より多くのものを壊すこともある」


その指先は、


微かに強張っていた。


「世の中は……」


「そんなに単純じゃない」


エリオンは答えられなかった。


遠くで、


人々のざわめきが聞こえる。


まだ帰りきれない何人かの村人が、


祭壇の方を見つめていた。


その姿が――


なぜだか、


ひどく薄ら寒く感じられた。


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