(68)エレノアと愛すべき弟子たち
村の広場に面した宿の門が開き、そこから現れたのはエレノアとその後ろに続く三人の若者たちだった。
「お姉様!」リリアが小さく叫んだ。
エレノアは疲れた表情を浮かべながらも、相変わらず気品あふれる立ち姿で歩いてくる。その後ろに続くのは、メリッサの元奴隷だった三人。筋肉質なケイン、繊細な顔立ちの美少年ルーク、そして知的な眼鏡のサイモン。
一見すると普通の帰還風景だったが、その実態は......。
「エレノア様、ご無理をなさってはなりません」
ケインが心配そうに前に出て、エレノアの小さな荷物を奪い取るように受け取った。
「王都からここまで歩かれて、さぞお疲れでしょう。ここからは私が荷物をお持ちします」
「いいえ、大丈夫よ」
エレノアが少し嫌そうに顔をしかめる。
「エレノア様、タオルをお使いください!」
今度はルークが白いハンカチをエレノアの顔に近づけた。
「ほんの少し汗ばんでいらっしゃいます。この暑さですと、お肌に障りますから」
「だから、必要ないって言ってるでしょう!」
エレノアがハンカチを払いのけるが、サイモンが前に出て、彼女に水筒を差し出した。
「エレノア様、適切な水分補給は熱中症予防の基本です。私が特別に調合したハーブウォーターです。喉の渇きを潤すだけでなく、疲労回復効果もございます」
「だから、要らないって!」
エレノアの声が少し大きくなる。彼女の顔には明らかに苛立ちの色が浮かんでいた。
この光景を目にして、俺は思わず噴き出しそうになった。
「あの三人組......弟子になっただけなのに、エレノアとラブラブモードじゃないか」
ミュウが一人で魔獣を倒し、魔法少女としていかに活躍したか――それを報告しようと思ったのだが、エレノアにはそれを聞く余裕はない様子だった。
「エレノア様は何もなさらなくて結構です!」
再びケインが前に出た。彼の筋肉質な腕が太陽の下で輝いている。
「疲れているご様子。よろしければ、私が背負いましょうか?」
「はあっ!?」
エレノアの悲鳴が村中に響き渡った。
「どこまで勘違いしてるの!? 私は歩けないほど疲れてなんかいないわよ! それに、奴隷じゃないあなたたちが、そこまで私に尽くす必要なんてないの!」
俺はクスクス笑いをこらえながら、リリアとミュウの方を見た。二人も笑いを堪えているようだった。
「でも、エレノア様」ルークが物憂げな表情で言った。「僕たちにとって、エレノア様に尽くすことは最上の喜びなのです。奴隷であろうとなかろうと、エレノア様の力になれることこそが、私たちの生きがいなのですから」
「その通り」サイモンが眼鏡をクイっと上げながら、冷静に言った。「私たちは自らの意志でエレノア様に従っているのです。それは単なる主従関係ではなく、深い畏敬と愛情に基づく絆です」
「愛情!?」
エレノアの顔が見る見る真っ赤になっていく。
「そ、そんなもの求めてないわよ! 弟子なら余計なこと考えないで、修行に集中しなさい!」
彼女の頬は赤く染まっていた。
見かねたミュウが前に出た。
「皆さん、エレノア様も迷惑がっていらっしゃるのです。少し落ち着いてはいかがでしょうなのです?」
しかし、三人はミュウの言葉など耳に入っていないようだった。
「大変だ! エレノア様が真っ赤になられました!」ケインが興奮気味に言った。「もしや熱中症の前兆では!? このままではご命が危険です!」
「そんなことないから!」
「もしかして、ご気分が悪いのでは!?」ルークが心配そうに言った。「僕の胸でお休みになりますか? 柔らかくて心地良いとよく言われます」
「だから、そんなことしないって言ってるでしょう!」
エレノアはますます赤くなっていく。
サイモンが冷静に前に出て、二人を制した。
「二人とも、あまり熱くなっては駄目だ。エレノア様のお気持ちを考えなさい」
彼の言葉にエレノアはホッとした表情を浮かべた。しかし......。
「もしエレノア様が横になりたいとおっしゃるなら、最適な環境を整えるのは私の役目です」サイモンが眼鏡を光らせながら言った。「最適な温度、湿度、照度を計算し、エレノア様の体調に合わせた最高の休息環境を提供いたします。私の論文『貴族の睡眠環境と健康の相関関係』は王立科学院でも高く評価されたものです」
「論文!?」エレノアの表情がさらに困惑を深める。
俺はついに我慢できず、声を出して笑ってしまった。
「武流! 笑わないでよ!」
「いや、いや」俺は手を振った。「元気そうで何よりだと思ってな」
王宮でクラリーチェに屈辱的な敗北を喫して以来、エレノアは心に深く傷を負っていると思っていた。だが、3人の弟子たちのおかげで、エレノアは落ち込んでいる暇もないようだ。
「そうだよ、お姉様!」リリアも笑いながら言った。「弟子たちに慕われるなんて、素敵じゃない」
「もう! あなたたちまで......!」
エレノアが眉をひそめるが、その声には本気の怒りはない。彼女も、この状況の可笑しさが分かっているようだった。
「エレノア様が照れる姿、最高に可愛らしいです!」
ケインが熱烈に言う。
「このツンデレ具合、たまりません」
ルークが胸に手を当てて陶酔した表情。
「心拍数の上昇、皮膚温度の上昇、瞳孔の拡大......エレノア様の生理的反応は明らかに恥じらいを示しています。実に興味深いデータです」
サイモンが白い手帳に何かメモを取り始めた。
「誰がツンデレよ! そして、勝手にデータを取らないで!」
エレノアの叫びが広場に響く。
「というか、お前ら三人、一体どういう弟子なんだ?」俺は思わず突っ込んだ。「魔法の勉強とかしてるのか?」
三人は俺の方を向いた。
「もちろんです!」ケインが真面目な表情で答えた。「エレノア様の魔法を強化してお役に立つべく、鍛錬と研究を始めました」
彼は腕の筋肉をボキボキと鳴らした。
「僕はエレノアの様の修行の疲れを癒すための工夫を……!」
「私は学術的アプローチにてえ、エレノア様の魔力の流れを数値化し、最適な放出角度と魔力密度を算出するべく……!」
ルークとサイモンも口々に言う。
「真面目に勉強してるんだな......」
俺は半分感心し、半分呆れた
「こんなことで時間を無駄にしてる場合じゃないわ」
エレノアがようやく冷静さを取り戻したようだ。
「私たちは王都の図書館で、深淵魔法について重要な情報を見つけたの。ロザリンダさんにも報告しなければならないわ」
俺の表情が真剣になる。「何か手がかりがあったのか?」
エレノアが頷いた。
「じゃあロザリンダさんの元に行こうか。深淵魔法の情報、気になるところだ」
「ええ。特に気になる記述は……」
「エレノア様!」サイモンが突然前に出て遮った。「その情報は極めて機密性の高いもの。ここではなく、安全な場所でご説明されるべきです!」
「それはそうかもしれないけど......」
「警備は私にお任せください!」ケインが胸を張った。「エレノア様の安全は私が命をかけて守ります!」
「僕も護衛します!」ルークも負けじと言った。「美しさと優雅さで、エレノア様の尊厳を守ります!」
エレノアは天を仰ぎ、深いため息をついた。
「どうしてこうなったのかしら......」
「お姉様が素敵な人だからだよ〜」リリアがからかうように言った。
「うるさいわねぇ」
エレノアの頬が再び赤く染まる。
俺たちは笑いながら、ロザリンダの家に向かって歩き始めた。エレノアの周りでは依然として三人の元奴隷たちが忙しなく動き回り、彼女の歩道にゴミがないか確認したり、日差しが強すぎないかチェックしたりしている。エレノアは諦めたような表情でそれを受け入れていた。
「師匠、お姉様、すっかりモテモテだね」リリアが小声で言った。
「エレノア様、なんだか大変なのです」ミュウも猫耳を揺らして同情した。
「まあ、あれはあれで面白いだろ」
俺は苦笑した。クラリーチェとの戦いから数日。緊張が続く日々の中で、こんな和やかな時間も必要だろう。
前を歩くエレノアの背中を見つめる。彼女は弟子たちの愚痴をこぼしながらも、歩みを止めない。強いエレノア。それでいて、時に弱さも見せる彼女。俺はこの世界に来て、彼女の多くの側面を見てきた。
「やれやれ、これからどうなることやら......」
俺はそう呟きながら、一行の後を追った。
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また、明日5月24日(土)、複数話投稿を予定しております。どうぞお楽しみに!