(66)ミュウの戦い、猫族の誇りをかけて
このエピソードは、『番外編●白銀の猫耳と花畑の王女様』をお読みいただくと、より深くお楽しみいただけます。
「武流様! 魔獣です!」
村の若い男が走ってきて、息も絶え絶えに叫んだ。「村の北の森から、大きな魔獣が迫っています!」
俺たちは花畑から村へ戻る途中だった。男の声に、リリアとミュウが緊張した表情になる。
「詳しく話してくれ」俺は冷静に言った。
「あの、その......紫色の体で、長い尾があって......」男は震える声で説明する。「目が赤く光って、村の農場に向かっているみたいです」
男の説明は取り乱していてあまり詳しくはないが、とにかく迫っていることは間違いなさそうだ。
「リリア、ミュウ、行くぞ」
俺はブレイサーを握りしめた。アポロナイトへの変身はまだ控える。まずは状況確認だ。
「武流様、お待ちください」
ミュウが前に出た。彼女の白銀の猫耳が緊張で小刻みに震えている。
「どうした?」
「紫色の体に赤い目......もしかしたら......」
彼女の表情が暗くなった。何かを思い出したようだ。
「行ってみよう」俺は言った。「それから判断するんだ」
俺たちは急いで村の北へと向かった。途中、村人たちが不安そうな表情で家々から出てきている。子供たちを抱えた母親、杖を頼りに立つ老人......彼らの表情には恐怖が浮かんでいた。
「大丈夫!」リリアが村人たちに声をかける。「ボクたちが何とかするから! みんなは家の中に隠れていて!」
彼女の声には不安がなかった。純潔を失い、魔法姫としての力はなくなっても、彼女の王族としての勇気と威厳は健在だ。村人たちは彼女の言葉に安心したように頷き、家に戻っていく。
村の北にある農場に着くと、そこには確かに魔獣の姿があった。作物が育つ畑を荒らしながら、巨大な影が素早く動いている。
「蒼光チェンジ!」
俺はブレイサーを掲げ、アポロナイトへと変身した。白銀の鎧が俺の体を覆い、腰に蒼光剣が現れる。
「ミュウ! さあ、一緒に戦おう!」
「武流様......」
ミュウの声が震えていた。彼女はじっと魔獣を見つめている。魔獣の姿がはっきりと見えてきた。
それは鋭い牙と爪を持つ巨大な獣だった。紫色の毛皮に覆われ、長い尾が蛇のように動いている。目は血のように赤く輝き、全身から邪悪なオーラを放っていた。
「これは......」
ミュウの声が震える。その瞳には恐怖と憎しみが混ざり合っていた。
「わたくしの村を襲った魔獣......似ています」彼女はかすれた声で言った。「フェリス族の集落を襲い、焼き尽くした......紫の影......」
「ミュウちゃん...」リリアが心配そうに彼女の手を握る。
「大丈夫だ」俺は蒼光剣を抜きながら言った。「今回は俺がいる。二度と君の大切なものを奪わせはしない」
しかし、ミュウは首を横に振った。
「いいえ、武流様......わたくし、今日は一人で戦いたいのです」
「え?」
「この魔獣......わたくしのトラウマなのです。けれど……いいえ、だからこそ……フェリス族の誇りをかけて、自分の手で倒さねばならないのです」
彼女の瞳には決意が宿っていた。白銀の猫耳はまっすぐに立ち、尻尾も毛を逆立てている。
「でも、危険だよ!」リリアが言った。「ボクたちで一緒に戦おう!」
「いいえ、リリア様」ミュウは静かに微笑んだ。「リリア様は今、魔力がありません。お守りするのはわたくしの役目です」
「ミュウ......」
「それに」ミュウは俺を見上げた。「武流様にも見ていただきたいのです。わたくしも、この一ヶ月で強くなったことを」
彼女の決意を見て、俺は静かに頷いた。
「分かった。だが、危なくなったら俺が助ける。いいな?」
「はい、ありがとうございますなのです」
ミュウは深呼吸すると、一歩前に出た。彼女は緑色の杖を高く掲げた。
「風と音の守護者、魔法少女ミュウ・フェリス! にゃんにゃん♪」
緑色の光が彼女を包み、瞬時に彼女の姿が変わった。緑と白のドレス風の衣装に身を包み、白銀の猫耳と尻尾が一層際立つ。彼女の持つ杖からは緑色の光が放たれ、風が渦を巻いている。
「にゃぁ〜!」
彼女の猫のような鳴き声が戦闘の合図となった。ミュウは風を操り、地面を蹴って前方に跳躍する。猫のような素早い動きで、魔獣に向かって駆けていく姿は、まさに風のように軽やかだった。
魔獣も彼女に気づき、襲いかかってきた。巨大な体で地面を蹴り、牙をむき出しにして突進してくる。その動きは巨体にもかかわらず驚くほど俊敏だった。
「ウィンドカッター!」
ミュウの杖から緑色の風の刃が放たれ、魔獣の側面に命中した。紫色の毛皮が数束はがれ落ちるが、魔獣はほとんどダメージを受けていないようだった。
「グオォォォォーーー!」
魔獣が咆哮すると、その口から紫色の煙が噴き出した。ミュウは素早く風の壁を作り、煙を防ぐ。
「エアリアル・シールド!」
緑色の風が渦を巻き、紫の煙を散らす。だが、魔獣の攻撃は止まらない。巨大な爪がミュウに向かって振り下ろされた。
「ミュウちゃん! 気をつけて!」リリアが叫ぶ。
ミュウは猫のような素早さで身をかわし、魔獣の頭上へと飛び乗る。そこから風の魔法を連続して放つ。
「ハリケーン・ダンス!」
彼女の周りに緑色の風の渦が生まれ、魔獣を包み込む。鋭い風が魔獣の体を切り裂いていく。紫色の毛皮が次々と剥がれ落ちる。
「すごい......」リリアが感嘆の声を上げた。「ミュウちゃん、ものすごく強くなってる」
「ああ」俺も同意した。「クラリーチェとの戦いの後、さらに修行を続けていたんだな」
「風の音色よ、魔獣を打ち砕け! ソニック・ブラスト!」
ミュウの杖から音波が放たれ、魔獣の頭部に直撃する。魔獣がよろめき、地面に膝をつく。
「やった!」リリアが喜びの声を上げた。
しかし、魔獣はすぐに立ち上がった。その目がさらに赤く光り、全身から紫の霧のようなものが立ち昇る。
「ぐおぉぉぉぉぉ!」
魔獣の咆哮とともに、紫の霧が放射状に広がった。ミュウは風の壁で防ごうとするが、霧は壁を貫通して彼女を襲う。
「にゃーーーっ!」
ミュウの悲鳴が響く。彼女の体が緑色の魔法衣装ごと薄紫に染まっていく。
「ミュウ!」俺は蒼光剣を抜こうとした。
「お待ちください、武流様!」ミュウの声が聞こえた。「まだ......わたくしは倒れていないのです!」
紫の霧に包まれながらも、彼女は杖を高く掲げる。その姿は痛ましくも勇敢だった。
「わたくし......フェリス族の誇りにかけて......負けられないのです!」
ミュウの声には強い感情が込められていた。
「あの日、わたくしの村が襲われた時......わたくしは何もできませんでした。ただ逃げるだけ......家族を見捨てて......」
彼女の白銀の猫耳が悲しみで垂れ下がる。
「でも、今は違うのです!リリア様がわたくしを救ってくれた......エレノア様が受け入れてくれた......そして武流様が、強くなる方法を教えてくれたのです!」
彼女の体から徐々に緑色の光が放たれ始め、紫の霧を押し返していく。
「だから......わたくしは逃げない! フェリス族の名にかけて、この村を守るのです!」
ミュウの決意の言葉に、リリアの目に涙が光った。俺も胸が熱くなるのを感じた。
「ミュウちゃん......頑張れ!」リリアが両手を合わせて祈るように応援する。
魔獣が再び紫の煙を吐き出す。ミュウは風を操って自らを高く跳ね上げ、煙をかわす。そして杖を高く掲げ、風を渦巻かせながら落下する。
「フェリスタイル・アルティメット!」
ミュウの体が緑色の光の矢となり、魔獣の胸を貫いた。鋭い悲鳴と共に、魔獣の体が地面に叩きつけられる。
「すごい!」リリアが喜びの声を上げた。
しかし、魔獣はまだ生きていた。地面から立ち上がり、怒りに満ちた赤い目でミュウを睨みつける。その全身から紫の光が放たれ、体が膨張し始めた。
「何が起こっているの?」リリアが恐る恐る言った。
俺は状況を察した。「まさか、あの魔獣、自爆する気か......!?」