第84話
アリババに連れて行かれ、アリババの家に行くアルディア達。
家に着くと、アリババとその妻モルジアナに、これまでの冒険の話をした。
アルディア達の話を聞き、神話級の単語が次々と出てきて驚き、言葉を失うアリババ達。
その後、アリババの家でもてなしを受け、アルディア達はナジューラでの生活を楽しんでいた。
そんな日々を過ごし、数日経過したある日……。
――――聖都ニルヴァーナ・教皇の館・教皇の間
「教皇聖下、失礼します」
そう言いながら教皇の間に入ってきたのは、老枢機卿エゼキエルであった。
静寂に包まれている教皇の間は、人気がなく、玉座に座る教皇ルクレツィアだけがその場に居ただけであった。
だが、そのルクレツィアも、エゼキエルの声に反応がない。
「教皇聖下?」
反応のないルクレツィアに近寄り、尋ねるエゼキエル。
だが、ルクレツィアは一向に反応することはなかった。
しかし、エゼキエルがルクレツィアの顔をのぞき込んだことで、その理由が発覚する。
玉座に座るルクレツィアは、膝の上に一冊の臙脂色の本を乗せ、その上に手を添え、目を瞑り、
「すぅ……すぅ……」
と小さな寝息を立てながら眠っていた。
眠るルクレツィアのその姿は、16歳という年相応の少女の姿そのものであり、その姿からはおよそ四柱帝を呼び出し世界を恐怖で支配している支配者とは思えないものであった。
「お休み中、でしたかな」
眠っているルクレツィアの姿を見たエゼキエルは、小さくそう呟くと教皇の間を後にしようとした。
すると、
「んん……」
と小さな声が教皇の間に響く。
そして、
「……エゼキエルか?」
と、教皇の間を後にしようとするエゼキエルに、声がかかる。
背中からかかった声に、エゼキエルは歩みを止め、ゆっくりと振り返る。そして、
「教皇聖下、起こしてしまいましたかな?」
とルクレツィアに尋ねる。
「いや、構わん。暇だったので眠ってしまっていたみたいだけじゃ」
ルクレツィアは羽扇子で口を覆いながら欠伸をし、エゼキエルにそう答えた。
「左様ですか」
エゼキエルは普段通り、落ち着いた口調でルクレツィアにそう返した。
「して、何用じゃ?」
ルクレツィアは寝ぼけ眼を擦りながら、教皇の間にやってきたエゼキエルに尋ねる。
「いえ、個人的な事ではありますが……。先日の件、もう少し詳しくお伺いをしたかったので」
「先日の件?」
ルクレツィアは寝ぼけ眼を擦り終えると、腕と足を組み、首を傾げながらエゼキエルに尋ねる。
「はい。先日、アベル殿が妖帝ラファエル殿が敗れた報告をされた際、ウリエル殿さえいれば問題ない。そう仰られた理由を伺いたく」
「ああ、その事か」
エゼキエルの話を聞くと、ルクレツィアはつまらなさそうな顔を浮かべ、溜め息交じりにそう言う。
そして、続けてルクレツィアはエゼキエルにこう尋ねた。
「主、それぞれの四柱帝には、二つ名がある事は知っているな」
「はい。ガブリエル殿は海帝、ラファエル殿は妖帝、ウリエル殿は戦帝、そして『ミカエル』殿は『霊帝』、でしたな」
ルクレツィアの問いかけに、エゼキエルは指を折りながら、それぞれの四柱帝の名前とその二つ名を答えた。
「そうじゃ。そして四柱帝の二つ名は、奴らの特徴を指しているのも知っているな?」
「ええ、まぁ。完全にではございませんが、大凡の見当はつきますな」
「そしてウリエルの二つ名は『戦帝』。つまり、奴は戦を司る四柱帝」
「……成る程。戦を司る四柱帝であるウリエル殿は、武力も他の四柱帝とは異なる、と」
エゼキエルはその長い白鬚を撫でながら、答えた。
そんなエゼキエルに、ルクレツィアはにやりと笑みを浮かべ、
「そうじゃ。故にガブリエル、ラファエルの二柱落ちたところで、彼奴らよりも頭一つ抜けた戦力のウリエルが残っておれば、全く以て取り乱すような事態ではない、という事じゃ」
と、エゼキエルに返した。
「左様ですか」
怪しげな笑みを浮かべ語るルクレツィアに、冷静に一言、そう返すエゼキエル。
「しかし教皇聖下、現在四柱帝を打ち破っている者はどうやら聖女と思わしき者との事。万が一、ウリエル殿も敗れる事があった場合ですが……」
「ふん。その点も問題ないわ」
ルクレツィアはエゼキエルの言葉を遮るかのように、そう言う。
「既に対策済み、という事ですかな?」
「ま、そういう事じゃ」
「左様ですか。過ぎた心配でしたな」
ルクレツィアの言葉に、エゼキエルは変わらず冷静に、そう返した。
「しかしながら教皇聖下、よくそこまでご存知ですな」
エゼキエルは、今度はルクレツィアの知識についての話題を切り出す。
エゼキエルの言葉に、ルクレツィアは
「ふん」
と鼻で笑う。
そして続けて、
「その理由については、主もよく知っておるであろう」
とエゼキエルにそう返した。
「貴女様の、幼少期の頃ですかな?」
エゼキエルは、ルクレツィアにそう返されてもなお、変わらぬ口調でルクレツィアに尋ねる。
「ふん。よくわかっておるではないか」
ルクレツィアは畳んだ羽扇子でエゼキエルを指しながら、そう言った。
「妾が幼少期の頃は、父様も聖都や各大陸の対応で多忙だった故、ほぼほぼ放任じゃったからな」
「そうでしたな。貴女様には随分寂しい思いをさせましたな」
エゼキエルは長い白鬚を撫でながら、過去を懐かしむように目を細め、そう言う。
「ふん。まぁ昔話じゃ。しかしながら、それ故、館内の書物庫が妾の遊び場じゃったわけじゃ」
「成る程。……しかしながら、私めも書物庫の本については一通り存じているつもりですが、四柱帝に関する書物など、ありましたかな?」
エゼキエルがそう言うと、ルクレツィアはにやりと笑う。
そして、
「主も知っておるであろう。この館内には、妾たち教皇直系一族でなければ、目にすることすら許されぬ、禁書があることを」
と答えた。
「成る程。その禁書に触れられた、という事ですか」
「そういうことじゃ」
ルクレツィアはそう言うと、腕を組み、玉座に深くもたれかかった。
「しかしながら、禁書にも触れられているという事は、聖女についても私どもよりもご存知では? 聖女は教皇聖下の築く泰平の世の妨げにはなり得ませぬかな?」
「ふん。聖女、か」
そう言うと、ルクレツィアは玉座から立ち上がる。
「教皇聖下?」
「伝説の聖女か、神の加護か……。どちらが世界を制すか……」
ルクレツィアは手に持つ臙脂色の本を掲げそう言い、ゆっくりと歩き出す。
ルクレツィアが掲げた臙脂色の本は、怪しげな、それでいてどことなく神秘的なオーラを僅かに滾らせた。
「教皇聖下、どちらへ?」
ゆっくりと歩き出し、教皇の間を後にしようとするルクレツィアに、エゼキエルは尋ねる。
「"花摘み"じゃ。ついて来るでない!」
ルクレツィアは少し不機嫌そうに、エゼキエルにそう返した。
「(お手洗いですか……)承知いたしました」
エゼキエルはそう言うと一礼をし、教皇の間を後にするルクレツィアを見送った。
「ふん!」
ルクレツィアは不機嫌そうに一言、そう言葉を放つと、そのまま教皇の間を後にしたのであった。
「神の加護、ですか……」
ルクレツィアが去った後、教皇の間に残るエゼキエルは、先ほどルクレツィアが語った言葉を一人、呟いた。
彼女の持っていた臙脂色の本が放つ、怪しくも神秘的なオーラの事を思い出しながら……。




