また、一人
世間では、想像以上に情報戦が蔓延している。
そんな中で、諜報員たるもの、踏んだ場数と経験こそが至上であると思いがちだが、そんな古狸以上に厄介なのが、若輩の若造共なのだ。
なにしろ、だいたいにおいて気負っているので、この道その道、どれを歩んでいるにしろ、皆一様にぎこちなく、過剰に緊張している。
つまるところ、全員怪しげなのである。
学園内の反対分子くらいは見分けられるだろうとタカを括っていた誠志郎は、ものの数日で、その事実に気付いてあきらめた。
そもそも、誠志郎ごときに分かる事なら、地下の連中がとっくに把握しているだろう。
それに、仮に探り当てられたとして、件の気負った若造の1人でもある誠志郎自身が、ナチュラルに振舞える気がしない。
下手な詮索に余計な時間は使わないに越したことは無い。
とは言ってもここでは概ねヒマなので、時間ならたっぷりと持て余しているのだが。
このところ、マイアも来ない。
シフトの関係なのだろうが、あれからずっと、このエリアは女の子が担当だ。
これがまた、きな臭い少女なのである。
ただ、身なりに頓着しない様子で、不揃いなパサパサの髪と荒れた手指が目つきのヤバさと巧くマッチして、不本意な重労働に渋々耐える不良娘の成れの果て的演出と相成っている。
彼女に限らず、職員は、誰も名乗らない。
尋ねる事は禁じられていないけれども、彼らには返答を拒否する権利がある。
下働きに従事してはいるものの、彼らの立場は園生と同等か、むしろそれ以上である旨、重々説明も受けている。
なにしろ、勝美白流の孫だか愛弟子だかが混在していたりするのだ。
「個人的なトラブルには関知しないけど、相手が彼らなら、多分君達が負けるから」 と云うのが千葉の言であった。
「失礼いたします、タオルの交換に参りました」
今日も、件の無頓着女子がやってきた。
愛想はないが、別段、不愉快ではない。
ただ、そこはかとなく漂う殺気に、背筋が粟立ってしまうのだ。
「君もマイアの仲間?」
ふと、聞いてみた。
聞くまでもなく仲間に決まっているのだが、なんとなく魔が差したのだ。
彼女はしばし、無視を決め込んだ。
だが、それは自然な躊躇であったらしい。
いつものごとくにタオルを入れ替え、そして。
振り向くや、勢い、古いタオルの塊を投げつけてきたのだ。
避ける間もあらばこそ、誠志郎は派手に吹っ飛んだ。
濡れてもいないタオルが、信じがたい速度と威力で顔面を直撃したのだ。
「ふん、口ほどにもないね」
低く、罵る声。
ああ、こいつもまた、ろくな奴じゃなかった。
「ご挨拶だな、俺は何にも言ってないだろ?」
「そう? じゃ、ごめん? 」
とうてい謝る口調ではなかったが、謝罪があっただけマシと言えよう。
職員としての上っ面を脱ぎ捨てた彼女は、より一層剣呑で、物騒で、きな臭さを通り越してもはや、コゲ臭かったのだ。
あえて言うなら、こいつは殺ってる。
白流の人脈は、一体、どうなっているのだろうか。
ヒロイン登場……ではありません