第三章19『山林の決闘』
「熱を帯びし漆黒よ、天地を焦がし暗黒よ。己が敵を退き、全て爆ぜす業火とかせ――アートルム・チェイン!!」
連鎖するように黒い爆炎がクマバクの周りに吹き荒れる、一つ一つはこの巨体にとっては小さいが、それが足から顔にかけて続けば話は別だ。
白煙と爆風がここ一帯に広がり、俺たちは腕で顔を庇いながら敵を見失わないように目を凝らす。煙と風が落ち着くにつれて、白い風景の中から黒いシルエットが明確になっていく。大きな風は煙を裂きながら足を踏み出そうとしていた。
「くっ、これでもダメか……もう何度魔法をぶつけたかわからないぞ!」
「諦めちゃダメだよ!トリプルタイプ・フュージョニウム!」
俺はすかさず黒い残り火と木々の葉っぱと風に魔法陣を展開する、三つの自然物が一つとなり、黒く燃える葉っぱの竜巻へと変化した。
「フレイムリーフ・ハリケーン!」
奴の足に竜巻が纏わりつきながら、黒い葉が分厚い毛皮を引っ掻き回す。それと同時に切り傷から炎が噴き出した。今までのバクならこれだけでも倒せたが、サイズもあってか全く効いているようには見えない。
「まだまだ!トリプルタイプ・フュージョニウム!」
俺はたて続けに黒い炎と木と杖を素材に融合を始める、スフィアは形状を針葉樹へと変わり、幹や枝、葉の間から黒い炎が漏れ出す巨大な槍となった。
「ジェットコニファー・ランサー!」
掛け声と共に炎が噴き出し、正しくジェット機のように直進を始めた。俺はそれをコントロールしてクマバクの腹に突き付けた。毛深い巨壁の表面に矛先が突き刺さったが、そこから先に進まない。
「アフターグロー!」
「了解シマシタ」
針のように細長い葉をさらに展開させ、噴射量を最大にまで引き上げた。手を離せばどこか飛んでいきそうな木のロケットを強く握り閉め、バクの一点に集中する。すると、進行を妨げていた毛皮がセンチ単位で削れていく。
これならいける、そう思ったその時だった。
「ユウカ、横だ!」
「ッ!」
声に気づいて振り向くと、タワーマンションのような巨大な黒い腕が、俺に目掛けて接近していた。俺は咄嗟に手首を返し、ジェット噴射で真上へと上昇する。熊の手は俺の下を通過し、空気を切る分厚いが腹に響いてくる。あんなの食らったら一たまりもない!
「大丈夫か!」
「うん、でもさっきまで微動だにしてなかったアイツが初めて反撃してきた。つまり、炎より槍みたいな物理的な攻撃の方が有効なんだよ!」
「ふっ、ならば私の出番だな!」
空高く上昇したクレアはクマバクの頭上で止まり、杖を高らかに振り上げた。
「蒼き空は紅に染まり、白き大地は赤く染まる。汝は神が落とし短剣、天より出いでし裁きの刃。ならば、これは偶然にあらず、神が定めし必然なり。時は来たれり、大地を切り裂け、天上の劔!」
「この詠唱……そっか、あれなら!」
「食らうがいい!サンクチュアリヘル・バスタード!!」
トリガーとなる魔法名を叫びながら、杖を振り下げた。
だが、特に何も起きなかった。
「……あれ、何も起きない!?」
「馬鹿な、詠唱は完璧だったはず……あっ」
「どうしたのクレアちゃん?」
「しまった、今までの魔法で魔力を使い過ぎたかも」
「なんしてんスか先輩!」
「だってこんなデカイのと戦うの初めてだったから加減がわからなかったのよ!」
『ちょっと二人とも、喧嘩してる場合じゃないから!』
そうだ、マーチの言う通り言い合ってる場合じゃない!先輩の切り札が使えない以上、地道に削っていくしかない!
「とにかく剣撃魔法だよクレアちゃん!」
「わ、わかっている!一〇は二にして翼となり、二は一〇にして劔となる。我が真紅は断ちし物にして斬ちし物――ソードフェザー・スカーレット!」
真っ赤な剣の翼を広げてクマバクの首元へと降下する、クレアに気づいてゆっくりと顔を上げているその首に、片翼を叩き込みながら通過した。固い毛で覆われた首に浅くだが切り傷がついている、人で言えばちょっと紙で切った程度の傷だが、それでも痛みを感じたのかゆっくりと顔をしかめ始めた。
「よし、効いてるみたいだね」
「これなら……」
ダメージが通ったことに安堵していると、後ろから風が流れ始めた。最初はただの風だと思い次の手に出ようとしたが、風は驚異的な速さで強くなっていき、空中であるにも関わらず踏ん張りを効かせなければならないほどの強風へと変化した。
「な、何、この風……!」
「まさか!」
俺とクレアの予感に答えを出すように、クマバクは大きな口を開いて大きく息を吸っていた。奴の足元から外へ広がるように木々が根元から引き抜かれ、口の中へと吸い込まれていく。これが腹を満たしたいという願望の力なのか、いやそれよりも、このまま俺たちも吸い込まれたらただじゃ済まない!
「こ、このぉ……!!」
「お、己……!食われてなるものか!」
暴風に耐え忍ぶこと数分、風が段々と弱くなっていき、クマバクは捕食を止めた。あんなにも生い茂っていた森林は無残にも毟り取られ、地面が露出している。少し腹が満たされたのか、バクは満足そうな顔している。
「た、助かった……」
「いや、ホッとなどしてられないぞ。あれがもし街中で起きればどれほどの被害が出るか……」
「そうだね……」
俺はクマバクとクレア、そして後方にある街を見ながら頭を巡らせた、クマバクへの攻撃手段は見つかった、だがクレアの魔力は少なく俺も長く持つかもわからない。そして、尚も奴の進行は止まらない。この状況を打破する手立てはないのか……?
「あらあら、なんだかお困りのようですね~」
「え?」
聞き覚えのある緩い声に、俺は驚いて振り向く。いつの間にか俺たちの後ろで、モエナがいつもの柔らかい笑顔を浮かべて宙に立っていた。
「も、モエナちゃん!?」
「ほう、貴様が話していたモエナとやらか」
「あ~、あなたがクレアちゃんですね?初めまして~、モエナと言います~」
「クックックッ、癒しの代行者よ。貴様のことはユウカから聞いている……我が名はクレデリアス・リベリオン・ヴェルメ――」
「ちょっと来てモエナちゃん!」
「って、まだ私が名乗っている途中だ!」
俺はモエナの手を引いて抗議するクレアから離れた。
「なんでいるんですか!」
「ルーチェさんにお二人がピンチだって聞いたので~」
クソッ、気づきやがったのかあの浮気鳥め!
「でも、今日は待ちに待った結婚記念日ですよ?折角真田先生と一緒にいられるのに……」
「いいんです、助けに行きたいって言ったのは、私からなんですから……」




