ウルカの知人
ウルカはレイの腹部の鱗をそっとめくり、椿の葉を剥がして傷跡を確かめた。
赤みはすっかり引き、鱗の下の皮膚は滑らかに再生している。
薄く白い線が、名残のように残るだけだった。
彼女は小さく息を吐き、レイの背中から体を起こす。
「もう動けるんじゃない?」
レイは体をくねらせて確かめ、わざとらしく甘えた声を出す。
「まだ動けないな〜。それより、たてがみの中で何してるの?」
ウルカはくすくす笑い、たてがみに顔を埋めたまま両手で毛並みをくしゃくしゃとかき回す。
柔らかく、さらりとした毛が指に絡み、ほのかに甘い龍の香りが漂った。
悪戯っぽく、長い毛を数本つまんで軽く引く。
「ねえ、数本だけ貰っても?」
「それはやめて」
レイは慌てて体を起こし、前足でウルカをすっぽり抱き上げる。
人型に近い姿へと変わり、腕の中に収めると、優しく睨むふりをした。
「ロンにバレたら、『レイ様?』ってまた長々説教だよ」
ウルカは腕の中からぴょんと抜け出し、体をぶるぶる震わせて毛並みを整える。
尻尾を高く掲げ、耳をぴんと立てた。
「さてと。用があって来たんだろ?」
レイは頷き、右前足を軽く振る。
掌に淡い青白い光が集まり、空中に水面のような鏡が揺らめく。
映し出されたのは、人間界の古い街並み。
石畳、噴水の水音、そして荘厳なドーム屋根の美術館。
「一緒に行かない? 人間界の美術館。ウルカの好きな、静かな場所」
ウルカは覗き込み、瞳を輝かせる。
古いキャンバスの匂い。
展示室の静けさ。
穏やかな時間が過ごすことができる空間
レイとなら――少し違う意味で、心がほどける気がした。
「人間界か……たまにはいいな」
「じゃあ行こう!」
レイはウルカを背に乗せ、優雅に空を泳ぐ。
雲を抜け、境界の霧を越え、人間界へ。
ウルカはたてがみを掴み、風に髪をなびかせながら小さく笑った。
辿り着いたのは、ウルカが魔界にいた頃から親しくしていた者の家だった。
奥で修復者が筆を走らせている。
埃っぽいエプロンのまま、静かに絵と向き合っていた。
気配に気づき、穏やかに顔を上げる。
「ウルカ? 珍しいね……人間の姿で、しかも龍の背中とは」
「お久しぶり。今日は美術館めぐり。修復者様は相変わらずだな」
彼女は筆を置き、ゆっくり近づく。
頭に触れる手は、昔と同じ温度だった。
ウルカの耳がぴくりと動き、尻尾がわずかに縮む。
「行ってらっしゃい。今度は……ちゃんと話そう」
ウルカの瞳が一瞬揺れた。
修復者は、それ以上は言わない。
あの頃のことも、守り続けた誰かのことも。
「……まだ話せない。でも、いつか」
修復者は微笑み、頬にそっと触れる。
「無理にじゃなくていい。
ここでは、君はただのウルカだ」
レイは黙って見守る。
鱗が淡く、柔らかな色に染まっていた。
ウルカは頷き、再び背に乗る。
「行ってくる。……ありがとう」
二人は空へ舞い上がる。
背後で修復者は、再び筆を走らせた。
「ウルカ……君の傷も、いつか優しく埋まるといい」
レイの背中で、ウルカはたてがみを撫でながら呟く。
「癒されるのかな」
「まぁ…見に行こう」
夕陽が2人を染め上げる
ウルカの尻尾が、期待と少しの切なさを揺らしていた。




