#31 あの――大丈夫、君?
ビバーチェ黄昏によるマイ父暴走事件から一週間が経った。今日は先日の約束通り、エミリーとシフトを交代する日である。要するにフェル姉と一緒に働く日だ。
俺は昔のフェル姉しか知らないため、最近の彼女がどのような人間なのか、わからない。
そこで、俺は店長に普段のフェル姉について話を聞こうと思ったのだが。
「え? ファブリエールさんについて知りたい?」
「そうです、店長。俺、今のフェル姉について知りたくて――」
「しかし、店員のプライバシーは保護しないといけなくてね」
やはり、できる店長は簡単に店員の個人情報を撒き散らしたりしないか。
「そこを何とか!」
「そういうわけだから――はい、これ」
店長が俺に一通の封書を手渡してくる。差出人の名前はエミリーだ。どうやら俺宛の手紙を店長が預かってくれていたらしい。早速、封を開けて中身に目を通す。
「なぁるほど、なぁるほど――」
エミリーからの手紙によると――フェル姉は少し前まで荒れた生活を送っていたようだ。
俺が引っ越した後、寂しさにより心が荒んだフェル姉は街の不良やギャングスタとの喧嘩に明け暮れる毎日を送っていたらしい。そこをエミリーが自らのメイドとしてスカウトしたようである。えぇ――フェル姉、こんなに武闘派であったかな? ちょっと意外だ。
「手紙の内容、理解してくれたのかい? サンキュー!」
「こちらこそありがとうございます、店長。俺、ちゃんとフェル姉と話してみます」
「お礼を言ってくれるのかい? サンキュー!」
いつものようにテンション高く俺にお礼を言ってきた店長は、俺たちのシフト後、エミリーマート本社に出向かねばならないらしく、先に荷物をまとめ始めた。俺は事務所でアルバイトの制服をシャツの上から被り、ファスナーを閉める。よし! 気合が入った!
「さあ、感動の再会ってヤツを始めようじゃないか! フェル姉!」
まあ先日、マイ父が暴走したときに再会自体は果たしているけどね。よし! 気合を入れて、本日も勤務を開始しますよぉ! おはようございます!
「あははー、元気だねー」
「あれ? 委員長? 今日は新人研修の日ではないはず」
「エミリーとロコから頼まれてねー。今日は新人研修を受けながら、君の監視をするように言われているんだよねー。何か、不味かった?」
「い、いや――べ、別に?」
本当はフェル姉と二人きりだと思っていたから、委員長がいるのは予想外でしたねぇ。
「顔に出ているというか、もう口から出ているというか――君も面倒、いや大変な性格をしているねー。まあ、あの大学生の人と二人きりになりたかった気持ちは、わからなくもないけどさー。何だっけ? ジューイチ先生とあの大学生のお姉さんは幼馴染だっけー?」
「え、あ、そうだけど? 俺に小説の世界を教えてくれた大切な恩人だ」
「ふーん」
「あ、すごく興味が無さそう! 委員長から聞いてきたくせに!」
「はい、勤務に集中! 時給が発生している以上、無駄話は厳禁だよー」
「急に委員長っぽいこと言い始めた!」
このような様子で俺と委員長がレジカウンター内でふざけていると、隣のレジからおぞましい覇気を感じた。覇気の発生源はフェル姉だ。きっと真面目に働かない俺たちを見て、うんざりしているのだろう。いけない、いけない。勤務に集中せねば――
「こほん――いらっしゃいませ!」
「もう手遅れだと思うけどー?」
「ふっ、何をおっしゃる? 俺たちは完全無欠の【魂美人】! 勤務態度の切り替えなんぞ、容易でございますのよ! おーほっほっほ!」
「あの――大丈夫、君?」
いかん、いかん。フェル姉と一緒に働けることに興奮し過ぎて、言葉遣いがおかしくなっているのだろう。やはり気を引き締めて、勤務しなければいけない。
「というか――」
このような調子で、フェル姉と仲直りできるのだろうか。彼女と仲直りできなければ、商店街対抗の運動会にて、我が店舗は敗北してしまう。即ち、結社の脆弱性を露見させることに他ならない。勝利の鍵は間違いなくフェル姉なのだ。なんとかしないと――
まあ、それはそれとして――俺は俺で個人的にフェル姉ともう一度仲良くしたいと思っているので、誠意を持って彼女に謝罪をしたいと思っている。まずは、彼女が怒っている原因を把握せねばならない。一応、心当たりはあるのだが――
「フェル姉! フェル姉は俺と昔交わした約束について、怒っている。そうだろう?」
「なんだ、わかっているんだね、ジューイチ」
一瞬、フェル姉の表情が明るくなったように見えたが――これは、良い反応なのか。
「俺のサイン入り小説をプレゼントできなかったことは謝る! 俺は中学生になる前に何度か転校を余儀なくされたから、フェル姉の連絡先を紛失してしまったんだ!」
「そっか、連絡先を失くしていただけなんだ――それで?」
「え? それで? いや、だから――サイン本を」
「そうじゃ、ないよね?」
フェル姉が、【レジスタンス・レジスター】にポイントカードをスキャンした。特異点武装を召喚するつもりだ。何故? このタイミングで武装を召喚しようとしているのか。
考える間もなく、レジスターの中から扇風機型チェーンソーが顕現した。
「忘れたなら、思い出させてあげるよ――ジューイチ!」
そしてチェーンソーを起動したフェル姉は、武装を構えて俺に突撃してきた。
ちょっ、ちょっとぉ! 勤務時間中ですよぉ!
「『条例六十四条:結社内部抗争について』の規則に則り、戦闘を開始する!」
「くっ! 【モップ・ステップ・ジャンピング】!」
俺はモップでチェーンソーを受け止める。油断するとモップはあっという間に切り刻まれるだろう。そうなる前に、この拮抗を解消せねば――
「はい、ストップだよ」
そんな時であった。店長が事務所から出てきて、俺とフェル姉を制止した。当然だ。勤務中なのだから、いくら秘密結社の構成員とはいえ、それ以前にコンビニ店員であることを忘れてはいけない。迂闊だった。俺はモップをレジスターの中に収納すると、制服についた埃を払い、水道で手を洗った。フェル姉も同じように、チェーンソーを片付けた。
「店長のおかげで――命拾いしたね、ジューイチ」
フェル姉はそう言い捨てると、ウォークイン棚の中に入った。飲み物を品出しするためだろう。それとも、頭を冷やすためだろうか――俺も頭を冷やしたかったが、今は別々に行動すべきだ。一先ず、レジ打ちに専念しよう。
でも同時に確信を得たことがある。それを頭の中で整理したい。
俺はやはり、フェル姉との約束を歪んだ形で覚えてしまっている。何かにサインすることを覚えていたはずなのだが、それは小説の本ではなかったのだろうか。
俺が三年前に【奇解王】の力を手に入れたことと、フェル姉との約束を覚えていないことの間には何かしらの関係がある。その可能性が高い。世界征服を遂げると、何か代償を払わねばならないのか? 特異点の力、シンギュラー・ポイントカードとは一体――
「そうだ――【奇解王】の力を使って、フェル姉との約束を思い出すように、自らの運命を書き記せば良いのではないだろうか?」
いや、ダメだ。【奇解王】の力はある程度伏線という名の運命を操作するための欠片が必要なのだ。あまりにも突然な運命操作は、世界から修正されるはずだ。
「うーむ……サイン、サイン――」
「ジューイチ先生、そろそろエミチキンを揚げてほしいんだけどー」
「あ、ああ――わかった」
「あと、モノローグがうるさいからねー。なんか深刻そうな悩みを抱えてそうだけどー、アルバイトとはいえ、仕事は仕事。しっかりと集中しないとダメだよー」
「ハッハー! 注意してくれているのかい? サンキュー!」
「委員長……店長――」
「ジューイチくん! 悩みを抱えることは自由だけど、どうせ抱えるのなら悩みじゃなくて希望を抱いてほしいかな! 一先ず、身体を動かせば元気になるよ!」
「店長……俺、気合入れます!」
「頑張ってくれるのかい? サンキュー!」
店長は満面の笑みで俺を激励すると、ゴミを捨てに、ゴミ集積所へ向かった。他の店舗はどうだか知らないが、店長は揚げ物の廃棄物や、燃えるゴミの処分を店員に任せず、自分で行っている。ペットボトルなどリサイクル資源ゴミの処分は店員に任せるのだが――要するに店員が嫌がりそうな仕事は自ら行っているのだ。ゴキブリとかの対処を店員にさせたくないのだろう。あと悪臭とか、そういうことを店員に体験してほしくないのだ。
「お礼を言いたいのは俺たちの方です、店長――」
俺は心の中で店長に対して、深々と頭を下げた。そんな俺に対して、いつものようにお礼を言ってくる店長の姿が垣間見えるのであった。俺に、お礼ねぇ――フフッ。
なんて――気持ちが悪いダジャレを考えながら、俺はエミチキンを揚げるのであった。




