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アースエンド・リトライバー~仲間に「役立たずだ!」と捨てられましたが、文明崩壊後の世界で最強オッサンに拾われて凄腕【探索者】になりました!~  作者: 羽賀庵こうら
第二話 バスターズ・キャンプ

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5.夜襲蟲【百眼蜈蜙(ひゃくがんごしょう)】

 

 

「夜襲とはケチな真似をするなあお前ェ!!」


 人の体ほどの太さがある棒状の物を、ブレックは一気に切り倒す。

 ドッと鼓膜を圧迫するような音と共に薙がれた「何か」の群れは、甲高い獣の悲鳴のような声と共に、その場にびしゃりと叩きつけられた。


(び、ビシャッってなに、何を斬ったの!?)


 ランタンの明かりに照らされ、バールのような武器がぬらぬらと光っているのが分かる。

 あれは……血、ではない。青い色をした謎の液体だ。どういうことだと咄嗟に地面に目をやると、太い棒状の何かだと思っていた物が、びちびちと蠢いている姿が見えた。


「ひっ……!」


 腐った肉のような色をしている、肉々しい触手。

 本体から千切られてもなお動き続けるその物体に、ツカサは思わず身が縮む。今までバケモノには出遭って来たが、このようなワケのわからないモンスターに出遭ったのは初めてだ。


 人間の体ほども厚みがある巨大な触手なんて、少なくとも森では見た事が無かった。

 しかも、この触手には本体が存在するのだ。それがまたツカサを恐怖させた。

 だがそんな背後の少年に構う事無く、ブレックは一足地面を突いて軽く飛び、間髪入れずに襲い掛かって来た第二陣の触手を再び薙ぎ払う。青い血が、まるで斬撃のように武器を振っただろう部分から放射状に散って、部屋を青く染めた。


「チッ……さっさと本体みせろよこのデカブツが……っ!」


 ゴゴゴと何かが動く音がしたかと思ったら、またすぐに真っ暗になった窓の向こう側からいくつもの触手が飛び込んでくる。ブレックはそれを簡単そうに潰すが、しかし相手は獣のような悲鳴を上げているにもかかわらず、少しも触手を出し惜しみはしない。

 このままだとジリ貧だ、と表情を険しくするブレックを見て、ツカサは焦る。


 相手がいくつ触手を持っているのか解らない。

 だが、攻撃が続いているのを見るに、相手のモンスターは焦るほどの損傷を受けていないということだ。この程度の抵抗は逃げるにも値しないのだろう。その推測が正しいのならば、こちらが息切れした途端にゲームオーバーだ。逃げ場のない廃墟では、相手に有利過ぎた。


(まだブレックは息切れしてないけど、このまま押し切れるほど相手も甘くないよな……狡猾なヤツだって言ってたし、もしかしたらあの入り口からやってきたりするかも……)


 ツカサがいる部屋の角から進み出て触手を薙ぎ払っているブレックの周囲には、もう既に動かなくなった触手が散らばっている。どうやら遠隔操作などは出来ないらしく、そこだけは少し安心だ。

 だが、青い液体に近付くのはやめたほうがいいのかも知れない。


(くそっ……俺には出来る事もなんもねーのか……っ)


 守られるだけで良いのかと心の中の自尊心が怒鳴る。だが、その男らしさを求めるわがままに身を委ねて飛び出しても、自分の体力では簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。

 そうでなければ、あの太すぎる触手に絡め取られて全身骨折ののち食われるかだ。

 雑魚一人が出て行ってもどうにもならないことは分かり切っていた。


 だが、この状態を甘んじて受け入れていて良いのか。

 そう思ったと、同時。


「――――ッ!?」


 まるで恐竜が吼えるような、獣とはまた違う叫び声。

 あからさまに人間ではないその咆哮とともに、先端が千切れた触手の群れが窓の外に戻った。だが相手は撤退せず――――今度は、真っ暗だった窓の向こうで無数の光が閃き、こちらを照らしてきた。


「うあっ!?」


 ランタンの明かりなどでは敵わないほどの強い光が、一瞬で目を焼く。

 瞬間、ドッと何かがぶつかる音がして。


 誰かの低い呻き声がした。


「っグッ……う、ぐ……ッ!」

「ぶ、ブレック!?」


 光に目を焼かれ、何が起こったのか解らなかったが、目がすぐに周囲を視認する。するとそこには、人の体とさほど変わらない厚さと大きさを持った触手がいて。

 その触手が、ブレックの体を封じるようにぐるぐると巻き付いていた。


「ふ……ざけるなぁ……っ!!」


 めり、みし、と音がする。だが、それがブレックの骨を軋ませる音なのかそれとも触手を破壊しようとするブレックの力なのか分からない。

 どちらにせよ、ブレックが危険な事には変わりがない。

 この狭い空間では逃げ場がない。無数の巨大な触手に捕えられてしまえば、あとはもう、それらに絡みつかれて身動きが取れなくなってしまった。


「あ、あぁあ……っブレック……!!」


 呻くブレックを前に、またあの無数の光がチカチカと明滅する。

 すると、窓の外のその光が一斉に動き――――窓の壁ごと破壊して、巨大な何かがこちらへと入り込んできた。


「――――!!」


 トラック車ほどの大きさがある、巨大な影。いや、頭。

 無数の光を目の代わりにしてチカチカと光らせるその頭には、大樹をも容易く折る事が出来るだろうハサミのような口顎と大縄のような触覚が生えていた。


「百目の……ムカデ……!?」


 そう。ツカサ達を今まで襲っていたのは、ムカデ。

 ありえないほどの大きさに成長した、無数の触手で這う化け物ムカデだったのだ。


 光を発していた無数のものは、確かに“目”だった。昆虫特有の黒い球体のような眼球を無数に体に生やした鎧ムカデは、その光で獲物の形を捕え襲って来たのだろう。


(まてよ。光で俺達を視認してるって、ことは……)


 そうツカサが思った、寸時。


「逃げろ!!」


 ブレックの言葉に咄嗟に横に転げたツカサ。

 今まで居た場所に、触手が勢いよく飛び込んできて壁にぶつかった。


「あ、あぁああっ」

「外へ! ここに居たら死ぬぞ!」

「ぶ、ブレックは!?」

「僕の事はいい! 君みたいなザコはこんな攻撃受けたら死ぬぞ……ッ、ぐっ……!」


 叫ぶブレックに、触手は更に絡みついて締め付ける。

 その様子がとても恐ろしい。だが、同時にこのままではいけないと焦りが湧いた。

 元はと言えば、ブレックが捕まったのは自分を守ろうとしたからだ。今までなら何とかなったのかも知れないが、その時のブレックは一人だった。一人で戦うのと守りながら戦うのは勝手が違うのだ。

 だから、あれほど強力な【能力】を持っていたにも関わらずブレックは捕まったのだろう。


 その失態の何が原因かと言えば、それは間違いなく自分だ。

 戦えもしない自分がいたから、ブレックは満足に動けず捕まってしまったのだ。


「お、俺がいたから……っ」

「早く逃げろって言ってるだろ! ザコの上にグズなのか!?」

「っ……!」


 ブレックの声は気丈だ。いつもの悪口で自分を急き立てている。

 視界の端で触手が蠢き、またチカチカと大ムカデの“目”が自分を探すように明滅した。このままでは捕まってしまう。本当の「ザコでグズ」になりたくないなら、今は逃げるしかない。


 ツカサはその場で何とか立ち上がり、よろめきながらも必死に入口へ向かって走った。


 周囲は恐らくムカデに包囲されている。だが、入り口からは侵入して来ていないはずだ。だとしたら、頭を廃墟の中に突っ込ませてきた今、そちらの警戒は手薄なはず。

 逃げるならもう入り口まで行くしかなかった。


「はぁっ、は……はぁ……!」


 背後でミシミシと嫌な音がする。

 何かが蠢き、自分を探す光の明滅が何度も背中を追って来た。

 ホールまで逃げれば、光は遮られる。届かないはずだ。転がりながらも必死に「店だった部屋」を抜け、ツカサはホールに飛び込んだ。


「う、くっ……うぅ……っ」


 派手に転がりながら入って来たせいで、砂とホコリが舞う。

 せめてこの舞い上がったホコリが光を惑わせてくれればいいのだがと思いつつ、必死に体を起こしたツカサの視線の先に――――今まで眠っていた大きなバイクと荷物袋が見えた。


「バイク……荷物……」


 旅をする為のブレックの道具と、野草が詰め込まれた袋。

 荷台に乗っていたその荷物は、今は床に無造作に置かれている。自分は今日、その荷物を使って料理を作ったのだ。そこまで考えて――――ツカサはハッとした。


「あ、あっ、あぁあっ」


 慌てて荷物袋に近寄り、紐を解いて中を探る。

 ブレックが持っていた袋には、彼が旅をする時に気を紛らわせるための嗜好品も入っている。その一つに“えげつないもの”が有ったのを思い出し、ツカサは咄嗟にそれを取り出した。


「あ……あった……!」


 これがあれば、ブレックを助けられるかも知れない。

 だが、これはある意味賭けだ。失敗すれば間違いなく自分は死ぬ賭けだった。


(でも……もし本当に【願望能力】ってのが俺にあるんなら……腕の一本ぐらい、たくさん食えばどうにかなるっていうんなら……!)


 今危機に瀕しているブレックを、助けられるかも知れない。

 もしこのまま逃げたら、後悔する事態になるかも知れないのだ。それだけは、嫌だ。自分を助け、孤独に生きるはずの自分を森から連れ出してくれた恩人を、絶対に死なせたくはなかった。


「俺がブレックより丈夫だっていうんなら……今試してやる……」


 どのみち、この世界は強くなければ生き残れない。

 度胸が無ければ、危ない世界で生き抜く事も出来ないのだ。


 もうここは“なにか”が守ってくれた施設の森ではない。自分達以外の誰も居ない、誰も助けてはくれない荒野の世界なのだ。ここでただ逃げてしまえば、きっと自分は何も出来ずに野垂れ死ぬだろう。

 震えて蹲っていても誰も助けてはくれない。仮にブレックを見捨てて生き残れたとしても、一人で生きる事も出来ない人間なんて途中でモンスターか強盗に殺されてしまうだけだ。


 反撃も、逃げる事も満足できない鈍足のザコなど、どこにいってもザコでしかない。

 恩人を犠牲にした男など、きっとコロニーの人達にも受け入れては貰えないだろう。なにより……ツカサ自身が、出来る事もせずに逃げるなど我慢出来なかった。


 ならばもう、やることは一つしかない。


「待ってろムカデ野郎!」


 ツカサはブレックの持ち物を抱えると、迷わず踵を返した。







 

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