1.野郎同士のタンデムは気が重い
青い空、白い雲、茶色と黄土色ばかりの大地。
向こう側を見ても緑は既に無く、岩山や浮き上がった小さい崖のようなものばかりしかなく、道すらも存在していない。地平線の向こうに微かに建築物のような物が見える気もするが、まばらにしか見えない所を見ると建物に見えるだけの岩なのかも知れない。
そんな風に岩を見間違えてしまうほど、森の外の世界は荒廃していた。
「昔はこの辺も国道が通ってて町があったんだけどねえ。何年経過したのか知らないけど、まさか家も道路も無くなるとは思ってもみなかったよ」
「え……ブレック、こうなる前にここに来た事があるのか?」
ガタガタと揺れるバイクの上で必死に問うと、振動に慣れきっている相手はすらすら答える。
「まあここ、東京から国道一本で来られた場所だったから。……とはいえ、地殻変動の影響で『そのあたり』としか言えないけどね。でも、ここら辺はかつて別荘地があった地域に近いと思うよ」
「軽井沢……とか?」
「かもしれない。けど、誰もこのあたりを詳しく調べた事は無いから、本当の軽井沢は別の場所に移動してしまった可能性もある。……まあどの道、こんな世界じゃあの頃の穏やかな避暑地は存在しないだろうけど」
地方都市に住んでいたツカサでも、その名前は聞いた事がある。
テレビでも何度も特集されていたし、外国のものに引けを取らぬほどの美しい風景に立ち並んでいた上品な別荘の群れは、そのような事にまだ興味が薄いツカサですら憧れるほどだった。
そんな美しい地も、今はもう存在しない。
次第に見えてきた黄土色の塊のような山を眺めながら、ツカサはなんだか胸が苦しくなった。
(ホントに……何もかも消えちゃったんだな……)
草木もまばらの大地に、木々が失われた山。
かつては木々が密集し清々しい風景が広がっていただろうに、今は見る影もない。今まで地方で暮らしていたツカサにはぼんやりした想像しか出来なかったが、しかしそれでもテレビの中の風景を思うと寂しい気持ちになった。
これが夢なら良かったのにと思うが、吹く風は乾いていて砂を頬に当てて来る。
明らかに夢ではない感覚にツカサは溜息を吐いた。
(やっぱり、現実なんだよな……。森の中であれほどバケモンを見たのに、まだ信じられないや……)
悪路を走るバイクの振動で体が震える体験をするなんて、昔じゃ考えられない。
かつてはどこまでも整えられた道路が走っていたのに、一体いくら時間が経過したらこれほどまでに何もかもが無くなってしまうのだろうか。不思議に思い、ツカサはブレックに質問した。
「なあ……俺達が眠ってから、この世界って何年経過してるんだ?」
「え? ああ……大体の話からすると……三十年ってところかなあ」
「三十年!? いや、でも……大体ってどういうこと?」
徐々に岩山を登って行くバイクが、雑な振動をツカサに与える。
あまりに乱暴な揺れに震えつつも必死に返すが、相手は別段苦も無さそうに答えた。
「僕達が眠っている間に、世界が随分と様変わりしたみたいでね。本やカレンダーの類も資源として使われてしまって、今暮らしている奴らは大まかなことしか分からないらしいんだ。……まあ、たぶん、大都市……大きなコロニーに居る【上級国民】か、もしくはどこかにいそうな“知識の守り手”ならちゃんと記録してそうな気はするんだけどねえ」
「そうなのか……でも、三十年なら多分……俺達が【バイオスリープ】で眠る前の世界も知っている人がたくさん残っていそうなんだけどな……」
「そこは僕もちょっと疑問なんだよね。……まあでも、これだけ激しい環境の変化が起こってるんだ。“あの災害”を乗り越えて生き残った人達も、色々有り過ぎて忘れちゃったのかも知れないね」
確かに、このような世界になってしまえば、暦がどうのと言っていられない。
日々食料を確保するのにも苦労するだろうし、なによりモンスターが蔓延っている世界なのだ。昔の世界を記憶していても、そんなものは何の足しにもならないだろう。
むしろ、邪魔なだけだったのかもしれない。
過去の世界の記憶は、今の状況を嘆く材料になる。
かつての快適な生活をひとたび思い出せば、立ち止まってつい考えてしまうだろう。
どうして自分はこんな荒んだ世界で生きているんだ、どうしてこうなったんだ……と。
……だが、甘い夢など見続けていては、生きて行く事も出来ない。
過去の快適な生活は、今の世界では心を迷わせる「余計なもの」になるだけだ。それならいっそ、忘れてしまった方が良いだろう。今後の生活のためにも。
そう思う人が多かったのかもしれない。
だとしたら、それもまた悲しい変化だった。
生きる気力を失うくらいなら、幸せな過去など捨ててしまおう。そう思うのは無理からぬことだが、それで記憶が曖昧になるなんて、今の世界はどれほど酷い生活なのか。
ブレックが出会った人達は、そんな厳しい世界を生き抜いて来たのか。
そう思うと、ツカサはますます自分一人で生きられるのだろうかと心配になった。……まあ、人々の記憶が曖昧になったのは、他にも理由があるのかもしれないが、今はそれを考えても仕方がない。
ともかく、今はコロニーに向かうことが先決だろう。
そう思いながらツカサはポツリと零した。
「……昔の世界のことなんて、今じゃ覚えてても仕方ないもんな……」
小さなその言葉に、ブレックは肩を揺らして「そうだね」と返す。
このバイクの暴風の中でツカサの小さな呟きを聞き取れるとは、なんとも地獄耳だ。
まさかこれも【願望能力】の力なのだろうか。だとすれば、恐ろしい能力だ。このオッサンの近くでは迂闊な事など癒えないな、などと青ざめていると、ブレックが前方を指さした。
「ほら、見えてきたよ。アレが今日の宿になる【バスターズ・キャンプ】だ」
「ば……バスター?」
登りの道なき道を走るバイクの先には、空と平坦な地面がある。
その場所にバイクが乗り上げると、そこにはだだっ広い広場があり――かなり古い廃墟が、一件だけぽつんと立っていた。
「あれは……」
「昔で言うドライブインみたいな場所かな。どういうワケか、こういった建物がポツンと残ってたりするんだよね」
「へぇ~……他に民家の廃墟とかは無かったのになぁ……」
不思議に思いつつも、停止したバイクから降りる。
が、あまりに振動が強すぎて荷台を握っていた手も三半規管もフラフラだ。右に左に偏りながら変な動きで歩くツカサを横目で見つつ、ブレックは説明を続けた。
「いろんな要因があるんだろうけど、ここの場合は長らく人が住んでいたって理由も有ると思うよ。それに、道の中継地点にはこういった“キャンプ”が故意に残されている。……たぶん、誰かが取り決めてこういった休憩場所を残そうとしたんだろうね」
「ほ、ほ、他にぇもこんな場所があるおええええええ」
「うるさいなあ……乗り物酔いするとかツカサ君ほんとザコだよね。吐きたいならそこらへんに吐いていいから、ちゃんとついて来てよ?」
悪路初心者の人間になんという酷い言い方だろうか。しかしこのオッサンは初日から酷いので今更だろう。そのうえツカサは言われた通りにザコなので何も言い返しようがない。
ツカサは荒野の大地に寝転がって暫く死んだように突っ伏していたが、ようやく回復してふらつきながらブレックの後を追って廃墟に駆け寄った。
(バイクも一緒に廃墟に入れるのか……しかし、この廃墟って……なんか白い倉庫みたいな建物だけど、昔のお店屋さん……なんだよな? そんな建物だけ残ってるなんて、なんか不思議だなぁ)
中に入る前に見上げた廃墟は、二階建てのシンプルな白い廃墟だ。
横に「山」の漢字のような形の謎の白い平屋があるが、それ以外は特に特徴は無い。
外壁は白色だがやはり褪せていて、天井が半分崩れたのか二階は半分野ざらしになっているものの、ここが荒野であるせいか腐っているような印象は受けない。比較的状態の良い廃墟と言えるだろう。
だが、何かの店にしては飾り気がない。残っている平たい蓋のような天井から察するに、どこかの会社の事務所にも見えるのだが……小さな入り口の横にはアンティークの椅子らしき残骸があり、窓が割れた向こうの部屋には、店があったらしきカウンターの残骸が見えているので、商業施設には間違いないのだろうとツカサは見当をつけた。
(飾り気がないけど、やっぱりお店なのか……ってか、ドライブインってなんだ?)
聞いた事はあるような気もするが、実際に見た記憶は薄い。
ドライブインというものに触れた事のないツカサでは、理解がおぼつかなかった。
「ツカサくーん? 早く来てよ、それともこのだだっ広い場所で迷子になったのー?」
「クッ……あ、あのクソオヤジ……っ」
本当に口が悪いオッサンだと歯軋りをしながら、ツカサは後を建物の追って中に入った。
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現実での二人乗りは法律にのっとってやろうね!




