ミッドナイト
一時不停止を始め、ブレーキランプ切れ、信号無視と五件の切符を処理とした。
昼間の追跡劇の疲れが、急に莉奈を襲い始めた。一ノ瀬が欠伸一つしないのはこの仕事に対する慣れからなのかも…。
「少し休むか」
一ノ瀬の一言で休憩となる。覆面を止められる場所を探すため、一ノ瀬はノロノロと覆面を走らせた。
近くのコンビニの駐車場の端に覆面パトカーを一発で駐車し、シートを倒した一ノ瀬。
「三十分後に起こして」
呟いた一ノ瀬は躊躇せずに、目を閉じ、自前の困り顔のアイマスクをつけた。
私は、目覚まし時計ですか?
思わず本音がこぼれそうになるが、莉奈は直前で堪えた。
「非番明け暇か?」
困り顔の一ノ瀬が言う。なんだか面白い。
「特に予定ないですけど…」
「じゃあ、俺の暇潰しに付き合ってな」
一ノ瀬が言う暇潰しとは?何か分からない。何を考えているか謎な一ノ瀬は、怖い。
「何ですか?暇潰しって」
莉奈は、思い切って聞いてみた。
返答が無いということは、寝てしまったのかも…。
「寝ちゃったか…」
ポツリと莉奈が呟く。
「まだ、起きてるけど」
「なら、答えて下さいよ」
何かと面倒な一ノ瀬。
「明日の朝、発表な。それまで楽しい夜を過ごしてな」
にやける口元だが、困り顔のアイマスク。上下で違う表情がとても面白い。思わず莉奈はクスクスと笑う。
「訓練ですか?」
「七瀬、俺を寝させないつもり?」
アイマスクをズラした一ノ瀬が言った。少し怒らせてしまったようだ。 いつも思う。一ノ瀬 雄也という人間の取り扱い説明書があれば、どれだけ仕事がやりやすいことか…。
「すみません」
一言、莉奈が言うと黙って一ノ瀬は頷いた。
ひたすら三十分が経つのを待つ。コンビニには客が居らず、道路を走る車もまばら。暇潰しをするグッズ等もなく、三十分という時間が苦痛でたまらない。
正直、このまま寝てしまいたい。
赤色灯を点灯させたパトカーがゆっくりとコンビニ前を通過する。コンビニの周辺の家に明かりの灯る家は一軒もない。
この時間帯に、ここの道を走るのは、トラックか警戒中のパトカーだけだろう。
「一ノ瀬さん。三十分経ちましたよ。起きて下さい」
「もう?三十分って短いなぁ…」
一ノ瀬の三十分と莉奈にとっての三十分は、天と地の差がある。
「七瀬も寝るか?」
「遠慮しておきます。私は、江乃町で寝ますので」
莉奈は庁舎の仮眠室がとてもよく眠れるスポットだ。莉奈にとって、車内ほど寝ずらい場所はない。
「そうか…じゃあ、狩を再開しますか…」
シートを起こしてから、ライトを点灯させ、ゆっくりと覆面を走らせる。
道を走るのは、莉奈達の覆面パトカーのみ。歩行者も自転車もいない。
「もっと寝ればよかったな。失敗、失敗」
笑みを浮かべる一ノ瀬。確かにこの時間帯は違反者が少なく、ただのドライブになる。時間潰しの手段として寝ることは、いい手段だが、寝ているところをネットにでもアップされたら、炎上は避けられない。
「ドライブを楽しみましょうよ」
莉奈が助手席のゼンリン地図を開いた。
「夜景でも見に行く?」
一ノ瀬の提案はとても嬉しい。
「どこ行きます?花咲峠ですか?それとも櫻丘公園ですか?」
莉奈が思いつく夜景スポットをあげてみる。
「花咲峠は、今頃、走り屋が走り回ってるだろうなぁ。まぁ、七瀬にとっては、いい運転の練習になるけど」
私が運転するの?走り屋が走り回っている中を?
「じゃあ、櫻丘公園でお願いします」
莉奈は迷わず櫻丘公園を選択する。
「夜景は静かな所で見るのがいいもんな」
意外にそこは意見が合う。
「まさか、夜景見ながら寝ませんよね?」
「ばれた?」
莉奈が言うと一ノ瀬は、にやにやしながら言った。
「運転は、しませんよ」
「マジか。クリープ現象走りなら、ゆっくり眠れるのに…」
だから、クリープ現象走りのことは言わないでよ…。
「暴走していいなら、運転しますけど…」
「これ、新車なんだからやめとけ」
一ノ瀬がハンドルを軽く叩く。この覆面パトカーは、配備されてからまだ、三ヶ月。
一方、近藤達の覆面パトカーは来年更新が決まっている長老らしい。
「夜景楽しみだなぁ」
「楽しみにしておけよ…」
まるでカップルのような会話を交わす。
一ノ瀬の性格が変わっていなければ、モテるのに…。
夜景を一緒に見に行く人はすぐに出来るだろう。
勤務中、夜景を暇潰しに見に行っているなど、市民は知らないだろう。
「山道走るから、鹿とか飛びて来るかもしれないから、よく前方見とけよ」
「鹿いるんですか?あそこら辺」
「いるよ。一昨年、覆面で鹿を轢いたもん」
去年、配属された莉奈は知らなかった。神戸から、暇潰しの一ノ瀬と呼ばれている原因は、その出来事かもしれない。
「何て言ったんですか?警らルートじゃないですよね?あそこ」
「鹿との事故が多いから、どんな感じか確かめに行きましたって。まさか、自分が轢くなんて思いませんでしたけどねって言ったら許された」
一ノ瀬の変わった性格は時に役に立つのかもしれない。本人にとっては…。
それから、鹿を轢いて、パトカーがどれくらい壊れたかだとか、新米隊員時代に路肩で違反処理中にトラックに追突されてパトカーが廃車になった話などを聞かされた。
もしかして、一ノ瀬さんと一緒にいるとパトカーが壊れるのかも…。