江乃町
櫻丘公園の夜景は、莉奈の想像を超える美しさだった。カップルが二、三組夜景を眺めており、男女ペアの一ノ瀬、莉奈ペアは、公園の雰囲気に溶け込めた。
夜景を見て楽しんだ後、取締りを再開したが、一件の成果もないまま、江乃町に帰って来た。
道中、一ノ瀬から彼氏作らないの?安藤さんはタイプ?などセクハラ紛いの質問を繰り返して来て、不満がどんどんと募った。
江乃町庁舎に到着してからは、すぐに、莉奈は仮眠室へと向かった。面倒な質問攻めを避けるために…。
庁舎の仮眠室で仮眠をとってから、パソコンに警ら活動について入力する。
夜景を見に行ったことを除いて…。
パトカーで仮眠した一ノ瀬は、莉奈が仮眠している間も、ずっと起きていたらしい。何かパソコンで作業しているみたいだが、ジェットコースターを探しているのではないか?と考えると、莉奈はそわそわしてしまう。
彼なら、本当に見つけて乗らされるかも…。
「七瀬、コーヒー淹れて」
「分かりました」
一ノ瀬はコーヒー好き。一ノ瀬のコーヒーは、ブラックでぬるめ。
一ノ瀬は、猫舌だから…。
思いっきり熱いコーヒーを飲ませたいが、それをしたら、この職場を離れることになる。
「お待たせしました」
コーヒーをデスクに置き、一ノ瀬のパソコンの画面をちらりと見る。
ジェットコースターについての記事が表示されていた。コーヒーをわざとこぼしたい衝動を抑え、莉奈は自分のデスクに戻る。
近藤達は、まだ江乃町に帰って来ていない。それだけ成果があるということかもしれない。
「七瀬、今日、何でこんなに庁舎が静かなんだ?」
「みんな、眠い目をこすって取締りしてるんじゃないですか?」
「俺だけか?不真面目なの…」
一ノ瀬が珍しく自分のことを不真面目と言った。
莉奈にとっては今頃、気付いたの?という感じだけど。
「別に一ノ瀬さんみたいに夜景みに行くっていうのも、いいことだと思いますよ」
莉奈はお世辞というか、フォローとやらをした。
正直、仮眠の時間も確実に取れ、息抜きも出来る一ノ瀬とのペアは楽しい。
「江乃町で人身あったらしいですけど、行きます?」
無線機の近くにデスクのある莉奈は、一ノ瀬のジェットコースターの下調べを妨害したい。
「人身かぁ…。行くか」
一ノ瀬が立ち上がり反射材を身に付けた。
妨害成功。
一ノ瀬を人身事故の処理応援に連れ出せた。一ノ瀬が簿冊を取り出し記入を済ませると鍵を取り出す。
「白黒で行くぞ。七瀬、運転しろ」
白黒とは、覆面ではない一般的なパトカー。
一ノ瀬が鍵を莉奈に投げて来た。両手で鍵をキャッチして溜息をつく。
「人身行く前に、事故起こすなよ」
「分かってますよ」
顔が引きつるもののここは、自分から仕掛けた連れ出し作戦。我慢して運転はしないと…。
庁舎を出てシャッターを上げる。覆面とは違う車庫に入っている白黒パトカー。
莉奈は、エンジンをかけ、車庫からパトカーを出す。外で待っていた一ノ瀬が助手席に乗り込み、マイクが使えるか確認する。一ノ瀬がシートベルトをしたことを確認してからアクセルを踏み込む。
『交機二十から県警本部』
『県警本部です。どうぞ』
『江乃町地内の人身事故対応応援に江乃町庁舎から出場します。なお、現場へは緊走で向かいます。どうぞ』
『県警本部。了解』
『以上、交機二十』
了解じゃないよ…。しかも、緊走なんて…。
一ノ瀬が無線で出場報告を済ませる。
「じゃあ、よろしく」
一ノ瀬は笑みを浮かべながら、サイレンのスイッチを押した。
「急発進、急ブレーキにご注意ください」
今度は、一ノ瀬のセリフを莉奈がにやけながら言ってみる。
莉奈は、思いっきりアクセルを踏み込み、パトカーの速度を上げた。今までに聞いたことのない位のパトカーの唸りに、莉奈自身が驚く。
「緊急車両通ります」
一ノ瀬がマイクで注意を呼びかける。夜景を見に行ったころには、ほとんど走っていなかった一般車も、今はちらほら走り始めていた。
二、三回曲がると赤色灯が見えてくる。ここまでものの、五分。何度かパトカーをぶつけかけたけど…。
「クラッシュしそうで怖いなぁ」
一ノ瀬が手荷物をまとめながら呟く。あとは、パトカーと止めるだけ。ブレーキを踏めば勝手にパトカーは止まるはず。
『交機二十から県警本部』
『県警本部です。どうぞ』
『先ほどの江乃町地内の人身事故現場に現着です。どうぞ』
『県警本部。了解』
『以上、交機二十』
現着報告を済ませると一ノ瀬はシートベルトを外す。
莉奈もパトカーのブレーキをゆっくりと踏み減速させる。
「遅いよブレーキ」
一ノ瀬が呟いた。どんどんと迫る先着のパトカー。慌ててブレーキを踏み込む力を強めた。
ゴン。
確かにその音は、停車と同時に聞こえて来た。
嘘でしょ。
「お嬢ちゃん。やらかした?」
一ノ瀬が笑みを浮かべパトカーを降り、バンパーを覗き込む。莉奈もシートベルトを外し確認に向かう。
先着のパトカーと莉奈達のパトカーぶつかってはいる。だが、お互い傷や凹みはない。接触というところだろう。
セーフ。
一ノ瀬の一言がなければ完全に追突事故になっていた。
まさに、危機一髪。




