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生き方




 見つけた――。




 忠弥が11歳の時、姉の美津が行方知れずになったことがある。

 その時、同時に老僕が一人行方をくらました。


 老僕の名は忘れたが、美津をいつもかばって気にかけている優しい下男だった。


 家のものは美津の行方を探したが、もう生きてはいまいと諦めかけた時、忠弥が町方で老僕の姿を見かけた。

 あとをつけると、汚い小屋の中へ入って行く。


 忠弥が中をのぞくと、姉の姿があり、そばに自分より幼い子がいたので、全身の毛が総毛だったのを覚えている。

 姉が、かどわかしたのだと思った。

 

 何も考えず戸を蹴破り、中へ飛び込むと姉は自分を見て泣き崩れ、老僕は何も云わずうなだれた。


 武士の子は静かだった。


「大丈夫か?」


 聞いたとき、べそをかいて泣き出した。


 なぜあのとき、自分は何も考えず半之丞を屋敷へ送り届けたのか覚えていない。


 ただ、必死でしがみつく子を返さなくてはとそれだけ強く思った。


 お互いの屋敷がことを大きくしまいとしたのか、それとも、三浦家の当主がかどわかしにあったことを町奉行へ届けなかったのか、真実はわからない。

 成沢家にお咎めはなく、三浦家も何も変わらなかった。

 ただ、当主がやって来て、半之丞を強い男にする、とだけ熱心に云ってきた。



 あの日を境に、半之丞は、忠弥を恩人と見ているらしい。



 忠弥は縁側でぼんやりと夜空を眺めた。

 月が出ている。


 忠弥は、難しく考えるのが苦手だった。


 半之丞の気持ちだとか、美津がなぜ狂ってしまったのかなど、子も生めない自分がいくら考えたって分かりゃしないのだ。


 考えるのは性に合わん。


 ごろりと横になると、姉のことを聞いて駆けつけた妹の加代(かよ)が、一人娘のお(つう)を抱いてやって来た。


「こんなところで寝ていると、風邪を引いても知りませんよ」

「俺は鍛えてあるから、簡単に倒れるか」

「まあ、あきれた」


 加代はそのまま縁側に腰を落とした。


 立ち去るかと思ったが隣に座ると、ないしょ話をするように小声になった。


「姉上と何を話したの」

「別に」

「なぜ隠すの?」

「隠してなどおらぬ」

「あの袖の方のため?」

「なに?」

「兄上が持ってきたの?」

「なんの話だ」

「父上があの袖を処分するように云ったけど、姉上は、決して離そうとしなかったのだそうよ。そのため、遠くへ嫁ぐことになった」


 忠弥は驚いて体を起こした。 


「お前は知っていたのか?」

「いいえ。わたくしも知らなかったわ。姉上は……、幸せだったのかしら」

「俺に聞くな」


 むすっとして答えると、加代が口をつぐみ、そのあとクスッと笑った。


「そうよね。誰にもわからないわよね」


 他人の気持ちを汲むなど、忠弥のような輩はとくに不得意だ。


 今しか生きられないから、今を精一杯生きる。

 これが忠弥の生き方だった。

 ややこしく生きるのは苦手だ。


 姉と約束した。

 明日、半之丞に会って、姉の言葉を伝えよう。



 半之丞は、美津に会ったことを黙っていた。



 自分が、家のものにも妹にも真実を告げなかったように、半之丞も何も告げなかったのだ。


 これが、半之丞が選んだ道だったのだ。





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