猫好き
「タキさん見て」
じゃじゃん、と俺の前に出されたのは真っ白なふわふわの毛の生き物。にあ、と子供独特のか細い声で鳴いた。
心に見せたいものがあると言われ、三回目のお宅訪問。家には専業主婦の心のお母さんがいて少し緊張してお邪魔した。
お世話になってます、いえいえ、なんて社交事例をして二階の心の部屋に上がるとドアの前で待たされた。ちょっとしてから扉が開き、目の前にはそう。
「猫だ!」
前にホームセンターで見たのとそっくりなやつ。驚いて見下ろしたら心が満足げに笑っていた。
「オヤジの知り合いがさあ、仕事で海外行くから預かっててって」
部屋に入り、ベッドに座る。心が猫用のおもちゃで猫をじゃらしながら言った。オヤジって…心、相変わらず似合わないな。
「名前なんていうの?」
「プーマ」
「かっこいい」
こんな可愛い子猫がプーマ?
大きくなったら多少は貫禄が出るんだろうけど、まだまだ肉食のそれには程遠い。心から奪うみたいにしておもちゃに飛び付いていたプーマを抱き上げる。最初は少し暴れていたけど腕の中におさめて首の下をさすっていると大人しくなった。
「タキさんプーマとらないでよ」
不満げな心を無視。いいじゃん、俺が帰ったらお前はいっぱい遊べるんだろ。
「すっごい顔ちっちゃいなーお前」
緑の目がきらきら俺を見上げてる。可愛いすぎる。こんな視線投げられたらもう…。
「顔食べれそうだ」
じっと猫を見つめると背中がぴくんと毛羽立ったのがわかった。抱っこした毛皮の下の温もりで、ちっちゃな心臓がばくばくいってる。
「恐い顔すんなよ」
「あ」
心に俺と見つめ合っていた子猫を奪われた(俺も同じことしてたわけだけど)。恐い顔なんてしてない。動物を愛でてただけだ。
「ちぇー」
心はいいよな、そうやって猫抱いただけで絵になるし、猫だって心に俺から持って行かれた瞬間ホッとしたように喉鳴らして甘えてんだから。
俺だって好きでこんな顔付きに産まれたわけじゃない、心みたいに……なんて、堂々巡りだ。
心はあまり大きくないのを気にしてるし、俺はこんなんだし。無い物ねだりはしたってどうにもならない。それに近付き難いと思われても心が好きになったのは今の俺だ。
「ずるい」
持ち直し、取り合いになるのがわかって腕を伸ばした。
「なっ!駄目!」
「俺だって触りたい」
「タキさん食べちゃいそうじゃん!」
「なあに言ってんだ」
ニー、と猫が振り回されて鳴いた。二人でギャアギャア騒いで部屋の中を駆け回ると耐え切れなくなったのかプーマが床にジャンプして扉の隙間から出て行った。
「ああー」
猫が……。
追いかけていくのも気がひけて、そのままぼーっとしていた。後ろ姿を残像にし昔飼っていたペルシャ猫のソメを思い出した。真っ白で、毛なんてあの子猫みたいに滑らかで……。
猫、やっぱ猫飼いたいなあ…。
マンションは動物禁止だし、内緒で飼っても子猫じゃ学校があるから面倒見切れない。
そしたらやっぱ。
「何ですかタキさん」
「や、なんでも」
無意識に心を見ていた。猫。髪の毛の触り心地は同じ。やわらかい。抱っこした時の柔らかさはさすがに望めないけど。たまに俺に冷たいのもソメそっくりだ。ネコ。色んな意味で。
「心」
「何ですか」
「心はネコだよ」
「は?」
「前聞いた、タチとネコ。ネコだからね」
意味不明だと詰め寄られても、まだ意味は教えてやんない。
俺に猫抱かせてくれるまで(二つの意味ってのも教えてやらない)。




