第1話:シンデレラ ―The Real Story―
気がつくと、ボクは見知らぬ場所にいた。
時間は真夜中なのだろうか。空に大きな満月がかかっている。ただ、完全な暗闇というわけではなく、目の前のゲートが色とりどりの光を放っていた。
周囲を見渡しても誰もいない。
ゲートの上にはこう書かれていた。
「幻想遊園地にようこそ!」
よく見るとゲートにあるブースのひとつに女性がひとり立っていた。
ボクはその人のところに行く。
「ここはどこ?」
女性に尋ねる。肩までのきれいな髪、キャストの制服なのだろうか?
淡いブルーの生地で作られたその制服は、飛行機の客室乗務員のものを思わせるデザインだった。
そして、目がとても印象的だった。
その瞳は、まるで月の光をそのまま封じ込めたかのように、白銀に輝いていた。
胸には『Tsukumi』と飾り文字があしらわれた名札をつけていた。ツクミというらしい。
「こちらは幻想遊園地です⋯ご招待客の方ですね?」
そして、手を出し、招待状を⋯と言ってきた。
そんな物は持っていないと言うと、笑って、ジャケットのポケットを指さした。
「そちらにあるのがそうですよ」
いつの間にか胸ポケットにあった真珠色に輝く封筒を取り出すと、カードが一枚入っている。ツクミはそれを見て満足気に頷くと、ボクをゲートの中に通してくれた。
ゲートの向こうは確かに遊園地というか、アミューズメントパークのようだ
観覧車、回転木馬、サーカスのようなテントに、小さい西洋のお城のような建物も⋯
「あの⋯ボクはどこに行けばいいんですか?」
尋ねると、彼女はにこりと笑う。
「今夜のおすすめはシアターになります。⋯あと10分ほどで始まりますよ」
そう言って、奥にあるお城を指さした。
丁度、ディズニーランドにあるシンデレラ城のような外観。
「ぜひお楽しみください⋯今夜の演目は『シンデレラ』⋯その伝えられなかった本当のお話なんですよ」
ふふふ⋯
振り返ると、ツクミがボクに向かってゆっくりとお辞儀をしているところだった。
☆☆☆
【王子様のシンデレラ】
昔々、ある大きな国に一人の王子がいました
その国の王は、大変な野心家で、自分の国を大きくて強い国にすることに懸命でした
ただ、子供には恵まれず、王の子は王子ただ一人だったのです
王子はつねに王から
「お前は王としてこの国をより強くするために働くのだ」
と言われ続けました
王子は、幼い頃から多くの教育を受け、国民からの信頼の厚い立派な若者に成長しました
ところが、王には悩みがあったのです
王子もすでに21歳
そろそろ妻を娶る必要があります
子を産んでもらわなければ、国を受け継ぐことができないからです
しかし、どんな縁談を持ちかけても王子は決して首を縦に振らなかったのです
王は困り果てました
臣下の一人が申し出ました
「王よ、王子はなにか悪い魔法に取り憑かれているのかもしれません」
王は魔法などというバカげたものは全く信じておりませんでしたが、
あまりにも困っていたため、臣下が王宮に呼びつけた占い師に話を聞くことにしました
占い師は黒いフードをかぶった老婆です
しゃがれた声で王に言いました
「この国の王子は人を愛せない呪いにかかっております
この呪いは王のかつての行いによってかけられたもののようですが
わしにはなんともすることができません
それほど、強力な呪いですじゃ」
「人を愛せないだと⋯?」
「そう、どんな美しい姫を見ても、心動くことがなく
触れたいとも思いなさいますまい
たとえ無理に婚姻させたとて、
子は望めますまいて」
その言葉を聞いて王は絶望しました
そんなバカな、いや、でも⋯
王子の行いを見ていれば、否が応でも
『呪い』という言葉がぴったり来る⋯
「おい!なんとか、なんとかならんのか!?」
占い師の老婆はうつむいて何やらつぶやきました
「わかりました、占ってみましょう
わしを王子と二人きりにしてくだされ
うまくいくかわからないがの⋯」
王はすぐに王子を呼びました
二人きりになり、占い師は、王子を前に水晶玉を覗き込む
「そなたの心には硬い硬い氷のような蓋がなされておる
それは己の力ではどうにもなりますまい
何かを愛しいと思うことも、ないのではないか?」
王子はこの不思議な老婆の言葉にすっかり魅了されました
たしかにそうでした
空が青く、鳥がさえずっても
自分の心はピクリとも動きませんでした
同じ年の青年が美しい娘に歌を捧げていても
自分は同じことをしようとは思えませんでした
どんな娘を見ても、その娘に触れようとすら思えなかったのです
自分の心はまるで凍りついたようだ、と
王子は感じていました
「それは呪い⋯ぬしは、このままだと一生そのままじゃ
温かいものに触れられぬ、たった一人で冷たくなって死んでゆくのじゃ」
「そんなのは嫌だ。
でも、全く心は動かない、
うれしいことも、腹の立つことも
悲しいとさえ思わない、
あなたの言うとおり、自分ではどうすることもできないのです」
占い師はまた水晶玉を覗き込み、そして、言いました
「たったひとつだけ、方法がある
わしがこれから言う3つのことをすることじゃ
よいか、必ず言うとおりにするのだ」
「ひとつ目は、今日から7日間、毎日、西の湖の畔の森に狩りに出かけることじゃ
王宮の共をつけてはいけない、身なりは平民の服で行くことじゃ
二つ目は、王に言い、国中の娘を集めて舞踏会を開き、そこに必ず出ること
わしに言われたからなどと、理由を告げてはならない、
己が言い出したというふうにするのじゃ
そして、三つ目は、舞踏会の日に、もう一度わしを王宮に呼ぶこと」
王子はわかったと言いました
そして、すぐに王に舞踏会について言いました
それを聞いて王は狂喜乱舞しました
王子がやっと妻を娶る気になったと、そう思ったからです
また、王子は次の日から占い師の言うとおりに狩りに出かけ始めたのでした
狩りに出て5日目のこと
今日は獲物に恵まれませんでした
もともと王子は狩りが好きで、上手でしたが
この日はリス一匹獲れなかったのです
しかも、昼に食べるパンも忘れてしまっていました
「ああ、お腹が空いた⋯」
空腹に耐えかねて森の泉のそばで座り込んでいると
水を汲みに来た村娘と思しき女に会いました
「どうかなさいましたか?」
娘は座り込んでいる王子に声をかけました
娘は、顔立ちこそ整っていましたが、
着ているものは粗末で、顔や髪の毛にはかまどの灰がついておりました
「すいません。お恥ずかしいが、腹が減って、動けなくなりました」
まあ!
娘は声を上げると、ちょっとまっていて下さいませと声をかけ
慌てて走ってまいりました
少しして、バスケットにりんごとサンドイッチを入れて持ってきてくれたのです
「どうぞ、私の粗末な食べ物ですが。食べて元気をつけてくださいませ」
王子は娘の差し出した食事を取り、やっと人心地つきました
それから、自然と王子と娘は話をし始めたのです
王子は娘に、狩りの魅力や面白さについて語りました
他のどんなことにも心動かない王子でしたが
狩りだけは好きだったのです
娘はそんな王子の言葉に楽しそうに耳を傾けました
「私も、狩りをやってみたくなりましたわ。でも、私には弓は重すぎます
野いちごを取るくらいで我慢しましょう」
そう言って、草むらから野いちごを取り、王子に分けました
王子は、なんときれいな野いちごだろう
なんと美味しい野いちごだろうと深く思ったのでした
「ああ、いけない
家の仕事の途中でした
水を汲み、お母様やお姉様方の服を洗濯せねばなりません
狩人の方、楽しいお話をありがとう」
娘はニッコリと微笑んで
水桶を手に家に帰ってまいりました
王子は、王宮へ帰る道々
娘の笑顔を思い浮かべて、幸せな気持ちになっていました
そして時は過ぎ、
今日はとうとう舞踏会の日となりました
王子は使いの者をあの占い師を呼びに出しました
王の触れにより、舞踏会には近隣の国の王女はもちろんのこと、国中の若い女性が招待されたのです
王宮の広間は美しく飾り立てられ、多くの料理が用意されました
舞踏会は日が沈んでから始まるというのに、まだ日が高いうちから多くの着飾った女性たちが王宮の庭に押し寄せ、互いの衣装を見せあっていました
そんな景色を見ていても、王子の心が震えることはありませんでした
宝石のようにきらびやかな王妃、花のように美しい娘達を見ても
王子は何一つ感じることはないのでした
例の占い師は、黒いフードを目深にかぶった姿で、
その美しい姫君たちの間を供の者につれられて、
ゆっくりゆっくり歩いてきました
「王子よ」
王子の間に通されると、占い師は王子に声をかけました
「占い師よ。あなたは狩りに出るように言った
そして、言う通り私は狩りに出た
あなたは舞踏会を開くように言った。私はその通りにした
しかし、あの娘達を見ても、私は何一つ感じない
氷のような心は変わらない
占い師よ⋯今日、私はあなたを呼んだ。
すべてのことをしたが、私の呪いは解けていないではないか」
占い師はうつむいたまま、低い声で言った
それはことさら大事なことを告げているようでした
「王子よ、この大勢の娘達の中で、
本当のそなたを見る目を持つものを探しなさい
その娘がそなたに真の愛を教えてくれるじゃろう
これが最後の指示じゃて、
もし、今日⋯」
「もしも、今日、本当の私を見る目を持つ者とやらを
見つけられなかったら?」
王子は占い師の言葉を待たずに質問した
「もし、そうであれば、お前さんは真実の愛を見つけらず、
おそらく心の氷は一生溶けることがないじゃろう⋯」
王子は窓辺に行き、庭に次々集まってくる王女、娘達を見下ろした
「占い師よ、あの多くの娘達の中に真実を見る目を持つものがいるというのか?」
ほっほっほっほ⋯占い師は低く笑いました
「信じるのじゃ。そうれば、きっと見つかるじゃて」
占い師はそれだけ言うと、王子の間をあとにした
「真実を見る目⋯」
王子はそっとつぶやきました
王子の間を出ると、
占い師は来たときと同じように、
ゆっくりゆっくりと供の者につれられて、
庭を歩いていきました
「おや⋯おや?」
占い師は、とある親子に目を留めました
目を細めて見る先には、3人の女性がいます
少し年上の女性とおそらくその娘と思しき二人の少女
母親の方の女性はまだおとなしい上品なドレスを着ていましたが、
娘の方は、派手派手しいドレスを
これでもかというほどのリボンで飾り立てていたのでした
「まさか⋯」
占い師は供の者に、ここでもう良いと言うと、
先ほどとは打って変わった素早い足取りで庭を通り抜けました
王宮の石階段を駆け下り、まるで長年住み慣れた家を歩くかのように、厩舎に向かいました
「馬車を出すのです、急ぎなさい」
その声は先程までのしわがれた声ではありませんでした
ハキハキとした若い女性の声です
「え?あ!⋯王妃様!」
馬子は驚きました
めったに外出なさらない王妃が、ボロのような服をまとってきたのです
「どうなさったのです」
「いいから、急ぎなさい。早く走る馬ととびきり上等の馬車を用意しなさい
それから、ドレスと靴、化粧道具も持ってきなさい」
馬子は大慌てです
王妃の命令なのです
執事長に急いで連絡し、王妃が所望したものを揃えました
すべてのものを馬車に積み込むと、
王妃は御者に言いました
「急ぐのです。この国の将来がかかっています」
御者はこれまでで一番のスピードで王宮の丘を下りました
折しも、街中の殆どの者は王宮にいるので、
馬車はまるで矢のように進むことができました
「王妃様、いったいどうなさったんですか?
戦争でも起きるんですかい?
それにその格好は⋯」
「もう、格好にかまっている暇はありません
一刻も早くあの娘を連れてこなければ
よもや、王の触れまで破るとは思わなんだ
なんと吝嗇な女であろうか!」
王妃は歯噛みをしているようでした
御者は町外れにある大きな屋敷につきました
この屋敷はかつて妻をなくした誠実な男性がその娘と住んでおりました
男性が後妻を娶った後に急逝し、
その後は後妻とその娘二人、
それに、もとの男性の娘が住んでいるはずでした
王妃がその家の台所に入り込むと、
そこでは、一人の若い娘が灰だらけになってかまどの掃除をしていたのです
王妃は胸をなでおろしました
「お前⋯」
王妃が声をかけると、娘はびっくりして振り向きました
「お前、なぜ王宮に行かぬ」
「あなたは?」
「私のことなどどうでも良い。王宮に行くのじゃ」
その声はもう、先程のようなしわがれた声となっていました
「でも、私は、王宮には行くなと、
母から言われておりますので⋯」
灰を被った娘はうなだれた
「それに、こんな姿では舞踏会には行くことはできません」
日は傾き、もうすぐ夕日となりそうでした
「ええい、そなたの母の言うことなど構うではない
お前は、お前はどうしたいのじゃ」
「私は⋯」
「私は⋯、一度で良いので、王宮に行ってみたいです。
もし、王子と踊れたら夢のようでしょう⋯でも、
かまどを掃除しなければなりません
お母様やお姉様の服も洗濯しなければなりません」
娘はそっと言いました
「分かった。そこを動くでない。
お前はこれから王宮に行くのじゃ、
直ぐに準備をせよ」
王妃は急いで馬車から、持ってきたドレスや靴、化粧道具を取り出しました
慣れた手であっという間に娘をどこかの国の王女のように着飾らせました
髪もきれいに結い上げ、化粧も美しく施したので、
実の親が見ても本人だとはわからないくらいです
「まあ、これが私⋯まるで魔法のよう
あなたは魔法使いか何かなのですか?」
水くみ桶の水面に映る自分に姿を見てうっとりする娘の手を引き、
王妃は馬車まで連れて行った
「さあ、この馬車で王宮に行くのじゃ」
御者が馬車を走らせます
「あなた様は一体⋯」
娘は馬車から顔を覗かせ、王妃を見ました
王妃はつい、元の声で叫んでいました
「自分のことを信じなさい!
信じれば、それは魔法に、そして魔法は現実になるのです」
馬車はまた、矢のような猛スピードで王宮を目指します
その中で娘はつぶやいていました
「声が変わってらしたわ
あの方は本当の魔法使いなのかもしれない。
ねえ、あなたは、あの方のことをご存知ではないの?
あの方はどなた?」
御者に聞きましたが、御者は馬車を走らせるのに夢中で答えてはくれませんでした
日が沈み、この国一番の舞踏会が始まりました
荘厳なオーケストラが音楽を奏で
素晴らしい料理が振る舞われました
美しく着飾った王女、娘達が次々と王子に挨拶に参りました
王子は礼儀に乗っ取り
「私と踊っていただけますか?」
と挨拶に来た王女たちに言いました
くるくると軽快なワルツを踊りながら
北の国の王女は言いました
「王子様、なんとお美しいお召し物でしょう、上等な絹にきらめく宝石が散りばめらておりますわ
私の国と貴方様の国が手を取れば、もっともっと国は豊かになるでしょう」
王子様はうやうやしく北の国の王女の手に口づけをしました
東の国の王女は言いました
「王子様の剣の腕は近隣にも響くほどですわ。猛々しい殿方、とても頼もしいですわ
私の国には強い軍隊がおります。私の国と貴方様の国とが手を取れば、どんな敵も震え上がりましょう」
王子様はうやうやしく東の国の王女の手に口づけをしました
南の国の王女は言いました
「王子様は帝王学を始め、遠い西方の学問も修められるほどの智者として知られておられます
私の国は小国ながら学問が盛んでございます。貴方様のような知恵多きお方がいらっしゃれば、互いの国のためになりましょう」
王子様はうやうやしく南の国の王女の手に口づけをしました
西の国の王女は言いました
「なんとお美しい御髪でしょう。きらめく瞳、まさにあなたは私の理想の王子様です
私の父君は、反対なさっておりますが、私は、貴方様ような美しい方とお近づきになりたいですわ」
王子様はうやうやしく西の国の王女の手に口づけをしました
こうして、次々と王子は王女や娘達と踊りました
皆、口々の王子の栄光や知恵、力、財力などを褒め称えました
しかし、王子の心は露ほども揺れることはなかったのです
踊り疲れた王子は王の隣に座しました
王は王子が娘達と踊っている姿を見て、大変満足そうでした
「王子よ、気に入ったものはおったか?
北の国は豊かな国よ。その王女を娶れば国は豊かになろう
東の国は強き国よ。その王女と添い遂げれば、この国はどんな国と戦っても負けはしないだろう
南の国は賢き国よ。その王女を妻とすれば、この国はいよいよ栄えるであろう
西の国は智謀の国ぞ。その王女をこちらにつければ、寝首をかかれることもあるまいて」
王は酒を手に上機嫌でした
王子は反対に気が沈んでおりました
ほとんどの娘と手を取り、踊りました
しかし、占い師の言う「本当の目を持つ者」は分からないのでした
そこに、大きな音でラッパが鳴り響きました
ラッパは新たに身分の高い客が到着した、という合図でした
皆、どこの国の王女だろうと、扉を見ておりました
そして、入ってきた娘に皆、息を呑みました
とても美しい娘でした
髪を美しくまとめ上げ、質素ながら上等のドレスを着ておりました
何よりも、輝くような笑顔を見せておりました
「どこの国の王女だろう」
「遠い山の向こうの国だろうか」
口々に人は言い合いました
王子はその娘を見て
なんと美しい笑顔だろうと思いました
「お名前と、いらした国をお教えください」
娘は受付係の兵に名を尋ねられ困っておりました
本当の名を名乗れば
母君に自分がいいつけを守らなかったことが
わかってしまうかもしれません
「えと⋯西の湖の国から参りました。 cendre と申します」
咄嗟に嘘をついておりました
王子は娘に駆け寄り、ひざまずいて言いました
「私と踊っていただけますか」
それを見た周囲の人はざわめきました
王子が自分から声をかけたのは初めてだからです
「あの方はどこの国の王女だ?」
皆、受付兵のところに参りました
一番最後に書いてある名前ー cendre ーを見て
「おお、シンデレラという名であるのか」
と口々に申しました
王子は娘の手を取り踊りました
娘はおぼつかない足取りでしたが、
王子が上手にステップを誘ってくれたので
素敵に踊ることができました
「まるで夢のようですわ⋯」
娘は踊りながら、はと気が付きました
かつて、湖のほとりで見つけた若者こそ、王子だったのです
「王子様は狩りがとてもお好きなのですね
自然がお好き、私もですわ」
王子はなぜこの王女殿は自分が狩りが好きだと知っているのだろうと訝しみました
「王女様、お尋ねしてよろしいでしょうか」
「父君は国を豊かにするために北の国の王女と結婚しろといます。
しかし私はしたくない」
「国を守ることをを思えば、東の国の王女と結婚するべきかもしれない、
しかし、私はそうしたくない」
「民のことを思えば南の国の王女を娶るべきなのかもしれないが、
私はそれをしたくない」
「長く国を維持するには西の国との関係を深めるために、
西の国の王女を迎えるべきなのだろうが、そうしたくはないのだ」
「私はどうすればよろしいだろうか」
くるくると踊りながら、娘は王子を見上げて言った
「王子様は国の為を思い、するべきことをしたほうがいいと思いますわ」
「王子様は、本当はとてもお優しい方
誠実で、深く人を愛せる方なのですね」
その時、ちょうど、真夜中を告げる鐘が鳴り響きました
その音に娘はハッとして、
自分がとても身分違いなお方に
無礼なことを言っていることに恥じ入りました
恥ずかしさのあまり王子の手を振り払い、
顔を真赤にして広間から走り去ってしまいました
王子がはと気がつくと、
すでに、娘は王宮の石造りの階段を駆け下りているところだったのです
王子は供の者にも声をかけ、娘を追いかけました
娘は階段を駆け下りているとき、つまづきました
「あ!」
あの魔法使いに借りた
硝子でできているかのように美しい靴を
片方落としてしまいましたが、
すぐ上に王子が追いかけてきたのをみて、
そのまま馬車に乗り込み逃げ帰ってしまったのです
馬車はまた、矢のように真夜中の街を駆け抜けました
そして、家に着くと、さきほどの魔法使いはそのままそこにいたのです
「おや⋯まだ舞踏会は終わっていないはずなのに⋯
王子とは踊れたのかね?」
娘はドレスを返すと微笑んで言いました
「私にはもったいないほどの夢のような時間でした
ありがとうございます
このことは一生忘れません」
それと⋯
娘はバツが悪そうに続けました
「お借りしたこの美しい靴の片方を
王宮に落としてきてしまいました
申し訳ありません」
そうして、おずおずと片方の靴を差し出すのです
「よいて、よいて
靴も着物も、お主にやっても良いくらいじゃが、
おそらく、それはお主も困るだろう」
「あの⋯」
娘は意を決してもう一度聞いてみた
「あの⋯どうして、私に、こんなに良くしてくださったのですか?
本当に、本当に感謝しております
絶対に王宮になんて行かれないと思っておりましたのに」
戸惑う娘に、王妃はふふふと笑って言いました
「なあに、お主はいつか、私が卵を買いに来たとき
他の誰も分けてくれなんだのに、自分の分をくれたじゃろう
そのときの恩じゃ」
本当は、その時から王妃はずっと娘を見ていたのです
継母や姉にきついことを言われながらも健気に働く姿
生活の些細なところに喜びを見出す姿
姿形に惑わされずに、どんな人にも分け隔てなく接する姿
それを見ていたのでした
一方、娘を見失ってしまうと、王子はすぐに娘のことを探し始めました
西の湖の国から来た者に聞きましたが、
Cendreという王女はいないことがわかりました
それどころか、近隣の国の誰も、
この国の誰も、あのような美しい姫君に心当たりがなかったのです
皆が首をかしげる中、
王子はあの娘の正体にひとつ心当たるものがありました
王子は娘が残した靴を持って、
数名の供だけを従えて町外れの西の湖に向かいました
「ここからは一人にしてほしい」
王子は供に告げると、一人で湖の畔で待ちました
果たして、娘はいつかと同じように現れたのでした
「ここで待っていれば、あなたに会えると思っていました。
Cendreは西の国の言葉で『灰』という意味です。
失礼だが、あなたは前に会ったときも、
今も灰まみれですね。
そして、とても教養がお有りだ」
娘は目を丸くして慌ててかしずきました
「昨晩はとんだ御無礼を
誠に申し訳ありません」
王子は微笑んで、靴を差し出しました
昨晩、娘が落とした、ガラスのように美しい靴でした
「私は、この靴が最も似合う者と結婚することに
決めたのだ
あなたにぜひ試してほしい」
娘はとんでもないと受け合いました
「私は卑しい身分で、
そんな、そんな靴が似合うわけがありません
それに、け、結婚だなんて⋯」
慌てる娘に王子は優しく微笑みかけました
「あなたは私が狩りが好きで、自然が好きだと言いました
私が国を思い、ほんとうに人が愛せる人だと言いました
他の娘が、私の才能や財産、私の持ち物を褒め称えたというのに、
あなたは私を⋯私自身を見てくれました
そして、私がどうするべきか、
この背中を強く押してくださいました」
そして、王はかしずく娘のそばに跪き、その手を取りました
「私には、あなたが必要なのです
どうか、この靴を履いてくださいませ
こんな気持は、生まれて初めてです
あの、占い師が言ったように
あなたは真実を見る目を持って、
私に真の愛とは何かを教えてくれたのです」
顔を赤らめながら娘は立ち上がりました
そうして、そっと王子が差し出した靴を履きました
「思ったとおりだ
この靴は他の誰にも似合いません
私に他の誰も似合うことがないように
どうか、私の后になってください」
王子はひざまずき、そっと娘の手にキスをしました
それから、王子は国民を深く思いやる
立派な王となり
国は長く長く栄えることになったのです
王子様が真の愛を見つけるに至ったきっかけとなった占い師のことも
Cendreがかけられた魔法のことも
まるでおとぎ話のようにこの国に伝えられました
あなたも読んだことがあるでしょう?
これが、シンデレラの物語
誰も伝えなかった、本当のストーリー⋯なんですよ
☆☆☆
最後のナレーションが終わり、幕が下りる。
ボクは思わず拍手をしていた。
広い会場に観客はボクはひとり
不思議なシアターで繰り広げられた、誰もが知っているお話の、誰も知らない物語が終わった。
出口の明かりが灯る。その向こうにはまた、別のアトラクションが待っているようだ。
「さあ⋯お次はあちらへ⋯まだまだ続きますよ」
どこからか、ツクミの声がした。
その声に誘われるままに、ボクは歩く。
次は、あの扉の向こう⋯のようだ⋯。




