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水平線の向こうへ――大航海時代  作者: レモンティー


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第三話:大海原の挑戦者

出航の日。

港に響く鐘の音。

帆を張る音。

船員たちの叫び声。

巨大な船体が、ゆっくりと岸を離れていく。

船の名は――エストレラ号。

「星」という意味を持つ船だった。

まだ未完成な地図しかない時代。

船乗りたちは、星を道しるべにして海を進んでいた。

その船に、新たな乗組員として加わった青年がいた。

シリウス。

夢だけを胸に抱いた、若き航海者だった。

「新人か」

低く響く声。

振り返ると、一人の老人が立っていた。

白くなった髭。

日焼けした顔。

左目の上には古い傷跡。

何十年も海を渡ってきた男。

この船の船長――アルバだった。

船員たちは彼を尊敬していた。

アルバは、数々の嵐を生き抜いた伝説の船乗りだった。

巨大な嵐から船を救ったこと。

食料が尽きた海域から全員を生還させたこと。

海図にない海を渡ったこと。

港では、様々な噂が流れていた。

「海に愛された男」

そう呼ぶ者もいた。

「名前は?」

「シリウスです」

「経験は?」

シリウスは少し黙った。

「……ありません」

周囲の船員から笑い声が漏れる。

「正直だな」

アルバは笑った。

「なら聞こう」

「なぜ海へ出る?」

シリウスは迷わなかった。

「世界を知りたいからです」

その答えに、周囲が静かになる。

アルバは目を細めた。

「世界を?」

「金でもなく」

「名誉でもなく?」

シリウスは少し笑った。

「それも欲しいです」

「家族を楽にしたい」

「大きな家にも住みたい」

「有名にもなりたい」

正直な答えだった。

アルバは頷く。

「欲があるのは悪いことじゃない」

「人間は欲があるから海へ出る」

「何も望まなければ、誰も未知へ向かわない」

シリウスは海を見る。

どこまでも続く青。

まだ誰も知らない場所。

「でも……」

彼は続けた。

「一番欲しいものがあります」

アルバは黙って聞いた。

シリウスは水平線を見る。

「誰も知らない景色を見ることです」

「まだ地図にない場所」

「誰も名前を付けていない土地」

「そこに、自分の目で行ってみたい」

しばらく沈黙が流れた。

波の音だけが聞こえる。

やがて。

アルバは小さく笑った。

「……いい目をしている」

シリウスを見る。

「昔の俺と同じ目だ」

「海の向こうに何かがあると信じている目だ」

アルバは船首へ歩きながら言った。

「だが覚えておけ」

「海は夢だけでは渡れない」

「知識」

「経験」

「仲間への信頼」

「そして、生き残ろうとする意志」

「それがなければ、海はすべてを奪う」

夜。

エストレラ号は静かな海を進んでいた。

船員たちはそれぞれの仕事をしている。

帆を調整する者。

星を読む者。

船体を確認する者。

シリウスは甲板を掃除していた。

「新人は大変だな」

声をかけたのは、年配の船員ガルドだった。

「最初の仕事は雑用だ」

「船のことを体で覚える」

シリウスは頷いた。

「わかっています」

ガルドは笑う。

「偉そうな新人はすぐ死ぬ」

「だが、お前は違うようだ」

「なぜです?」

「海を見ているからだ」

ガルドは水平線を見る。

「多くの新人は金を見る」

「宝を見る」

「だが、お前は海そのものを見ている」

数日後。

船は陸から完全に離れた。

もう戻る港は見えない。

周囲は海だけ。

どちらを向いても同じ景色。

船員たちの顔から、少しずつ笑顔が消えていく。

ここから先は――

本当の未知の世界だった。

夜。

シリウスは甲板で星を眺めていた。

そこへアルバが現れる。

「眠らないのか?」

「はい」

「不安か?」

シリウスは正直に答えた。

「少し」

アルバは頷く。

「それでいい」

「恐怖を感じる者だけが、危険を避けられる」

「恐怖を知らない者は、海に飲まれる」

アルバは空を見上げる。

「だがな」

「恐怖より強いものがある」

「それは――」

シリウスを見る。

「好奇心だ」

翌朝。

風向きが変わった。

船が大きく揺れる。

遠くの空に黒い雲。

船員たちがざわめく。

「嵐が来るぞ」

アルバは静かに海を見る。

そして命令した。

「全員配置につけ」

「ここからが、本当の航海だ」

シリウスは初めて理解した。

海へ出るということは、

夢を見ることではない。

夢を守るために、

恐怖と向き合うことなのだ。

そして――

大海原の試練が始まる。

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