少女は、過保護の意味を知る
「「……」」
対面に座る父と母の顔がすごい事になっている。原因は、私の隣で優雅に脚を組む美丈夫である。
それにしても、羨ましいぐらい脚が長いな。腰が、私の身長よりも上だよ。いや、私の身長が低いだけか。
私もこれぐらい長くなりたいものだ──と、現実逃避したところで何も解決はしない。
「というわけで、道に落ちていたから拾った吸血鬼の……お兄さん、名前は?」
「シュヴァルツよ、よろしくね」
にっこりと綺麗に微笑む美しい顔で、惚けた表情になった父と母を視界に入れたまま、私の白銀の髪を指に絡めて遊ぶのは止めてください。
そういえば、色々あって名乗りあうの忘れていたなあ。両親に報告する前に、敬語は抜きとか、そういった些細な話はしたけれど。
「シュヴァルツさん」
「ん?」
「私は、アンネリーゼっていうの」
「じゃあ、リゼって呼んでも良いかしら?」
「良いよ。私はヴァルって呼ぶね」
「その呼び方は斬新ね……まあ、良いけれど」
「……あの」
そっと声をかけてきた父は、困惑が隠せない表情をしている。
「今、名乗り合う距離感で〝それ〟はおかしくないですか?」
ええ、言いたい事は分かりますよお父様。私もおかしいとは思っているんです。だって──
「……何で、わざわざ膝の上に乗せるの」
さっきまで隣に座っていたのに、ひょいっと抱えられて膝に乗せられましたよ。お母様、『まあっ』て顔でキラキラした眼差しを向けるのは止めてくれませんか。
「可愛いなあと思ったから?」
「ヴァルは、子供が好きなの?」
「可愛いものは好きよ」
「……、……」
「ちょっと、無言のまま全力で嫌がるのやめてくれない?」
離せええええええ! 膝の上で海老反りになっているのに、謎の安定感のせいで逃げられないいいいい! ぐぎいいいい!
「性的なものは含まないから安心しなさい。そもそも、その引くほどエグい魅了を喰らっても襲っていないでしょう?」
「それはそう」
スンッと落ち着いた私を膝に置いて、お腹に大きな手を添えたヴァルは、父と母に『このままだと何時か限界が来るわ』と真面目な顔で話し出した。温度差がすごい。
何でも、ヴァルの母親が私と似たような体質の持ち主で、魔族と呼ばれる人たちを惹き寄せてしまうため大変に苦労したらしい。
あの、一匹見かけたら三十匹はいると思えという伝説の生き物のように出没していて、身内の人がひしひしと危険を感じていた頃に、母親を庇護したのが彼の父親である吸血鬼だった。
吸血鬼は、魔族の中でも上位種にあたるので(そして上位種になると魅了のようなものは効きにくいとの事)、襲ってくる魔族の数が激減し、やがては彼の庇護下にあると伝わって随分と過ごしやすくなったそうだ。
だから、こういう体質の持ち主を護るためには、暇を持て余した天然の野良上位種を傍に置くと良いという説明を、私たち家族は驚きと共に聞き入っていた。自分を含めて天然の野良って言い切っちゃうところにも驚きだよ。
ところで、天然がいるなら養殖もいるの? そういう話じゃないって? はい。
「えっ、じゃあヴァルは良く効く虫除けみたいなものなの?」
「……まあ、アイツらって虫みたいなものよね。今はまだ、魔族からの干渉はないみたいだけれど、その内どこからともなく湧いてくると思うわ」
やだ、なにそれこわい。
思わず身を震わせると、宥めるように頭を優しく撫でられた。
「アタシが庇護している事が分かれば、知性のある者は寄り付かなくなるわ。知性がない者やヒトの場合でも、アタシが傍にいれば手出しさせないし」
まあ、上位種ですしね。上中下と分類される魔族の中で、さらに上に位置するのが上位種って聞いたよ。そりゃ、ヒトも魔族も一捻りだ。
ところで、ヴァルのお父さんも蝙蝠のまま落ちていたところを、お母さんに拾われただなんて血は争えませんねえ。
「何だかイラっとする顔ね」
「いひゃい、いひゃい!」
おもむろに、大きな手でぐにぐにとほっぺを強めに揉まれた。幼気な少女の柔肌愛されほっぺに何をする。
「揉み心地の良い肌ねえ」
上機嫌に笑ったヴァルの、とろけそうな顔付きはもはや凶器である。そんな美丈夫から繰り出される無自覚な美の暴力に、正面の父と母は息も絶え絶えだ。
気持ちは良くわかるので、私もそちらの席に移動したいです。がっつりと抱えられているので、移動できないのが残念──
「って、もみひゅぎ!」
何が楽しいのか、ずっと頬をもみもみする手を押し除けるついでにぺちんと叩く。
喉の奥で噛み殺したような低い笑い声を上げたヴァルが、叩かれた方の手で頭を撫でてくる。何だ何だ、子供は頭を撫でれば機嫌を直すとでも思っているのか? 直るが?
「……ほんと良く懐いているね、リーゼ」
ちょっと疲れた声で、複雑そうな顔の父が肩をすくめた姿が印象的だった。
ところで、母よ。キラキラした表情のまま、父の背中をどんどこ叩くのはやめてあげてください。トドメをさしそうで、見ていてはらはらします。
その後、垂れ流し状態になっている『魅了』を抑えるために必要な物を買いに行く事になった。
まあ、完全には抑えられないけれど、日常的に追いかけ回される事はなくなるらしい。
「アタシが傍にはいるけれど、抑制するものはいくつあっても良いでしょう?」
「うん」
ちなみに、ヴァルと二人きりである。
父も母も、最初は『元の場所に戻してきなさい』って顔をしていたのに、最終的には二人揃って頭を下げていた事に、少しだけ胸が痛む。
「変な顔してるわねえ」
「してないもん」
「ほんとに?」
軽やかに笑いながら、眉間に指を当ててくるヴァルは控えめに言っても綺麗だ。
たまたま傍を歩いていたお兄さんやお姉さんが、顔を真っ赤にして胸を押さえて蹲るほどには──というか、同性にすら被弾するって怖くない?
「ところで、ヴァル」
「なぁに?」
「手を繋ぐ意味ってあるの?」
「アンタがそれを言う?」
呆れたような眼差しが、後頭部に刺さるのを感じる。
「……、……好奇心旺盛なお年頃なので」
「へえ……」
つい、いつもの癖であっちこっちに走って行って隠れ場所の確認をしていたら、むんずと首根っこを捕まえられてついでに手を拘束された。
ぶんぶん振っても、引っ張っても、少しかさついた大きな手のひらは離れない。
「むーっ」
「拗ねないの。アンタ、いま相当危ないんだからね。あんなに警戒していたんだから、自覚はあるんでしょう?」
「……」
まあ、護衛のお姉さんがいるにも関わらず日常的に追いかけまわされていましたし? 相当、数は減ったけれど、やっぱり多少はヴァルが傍にいるのに嫌な視線を感じますし?
無言のまま頷くと、少しひんやりとした大きな手が頭を撫でる。
「んっ」
もっと撫でれ。顎を上げてヴァルを見ると、金に縁取られた綺麗な紅碧色の瞳を柔らかく細めて、口の端を緩めた顔がこちらを覗き込んでいた。
「……昔から、一緒にいるみたい」
「そうかしら」
「出会ったばかりなのに、安心する」
ヴァルからは、今まで近づいて来る大人たちと違って欲は感じない。
そもそも、最初のヴァルは少し怖かったけれど、触れられるまで普通に話せていたな、と今更ながらに気付く。今までの私だったら、知らない男の人を見た時点で逃げているから。
思わず、首を傾げると頭上から「そうよねぇ……」という小さな呟きが落ちてきた。
「アタシも、自分がこうなるとは思っていなかったから、少し驚いているのよ」
「どういうこと?」
「距離感の話よ。初対面で、この距離感は普通だったら“ない”でしょう?」
「うん」
「でも、アンタもアタシもこの距離を受け入れている」
「……うん」
「上位種って、魂で結ばれた片割れ……番がいるのよ。たぶん、アンタが番なんだと思う」
「つがい?」
「……まあ、その話はアンタが大きくなってからねえ。今は健やかに成長なさい」
「むう?」
「ふふっ、特別ってことよ」
笑って手を引いてくるヴァルを見上げる。
特別、か。確かに、私にとってもこの状況は特別だ。初対面の男の人と二人きりで、しかもこんなに人が多いところに買い物に来るなんて、普段の私だったら怖くてできない。
なのに、ヴァルだったら平気だし、周囲から嫌な視線を感じても不思議と怖くない。
「私も、とくべつ」
「ほんと可愛いわね」
にっこり笑って、ヴァルの手をぎゅっと握り締めたら、髪の毛が滅茶苦茶になるほど撫でられてついでにほっぺをむにむにされた。
やりたい放題だな!
思わず手を振り上げて怒ったら、眉を八の字にした顔のまま、髪の毛を丁寧に直された。仕方ないな、美形のちょっと情けない顔に免じて、許してやろう。
「ところで、何を買うの?」
「装飾品よ。ずっと身につけられる物じゃないと、効果が出ないのよ」
「……なくしそう」
「……引っかけたり落としたりしそうね」
さっきの、首根っこを引っ捕まえた時のことを思い出しているのだろう。
ほんの少し、眉間に皺を寄せたヴァルが溜息を吐いた。失礼だな、そんなちょこまかしてないやい。
「隙間には入るんでしょう? まあ……もう、そんな危ない状況にはさせないけれど、習慣化してそうよねえ」
確かに、ふとした瞬間にやってしまうと思う。隙間って落ち着くね?
「猫かしら、この子」
箱を置いたら入りそう、と楽しげに笑うのはやめてください。期待に応えたくなるからね。
結局、引っ掛けたり落としかねない装飾品は選ばず、直接肌に着けられるような物を探した結果、蔦の彫刻がされた銀色の半月円の腕飾りになった。
細身の腕飾りには、透明な白藍色の石が嵌め込まれていたけれど、ヴァルの加護を込めたら見たことのある美しい紅碧色に変わった。これが、元の色に戻りそうになったら加護のかけ直しをするらしい。
「アタシも時々確認するけれど、持ち主のアンタは毎日確認しなさい」
「う……はい」
本気の声だ。ひしひしと感じる圧に、『うん』とは言えず、『はい』という返事になった。
ちなみに、持ち主と術者以外は腕輪に触れないようになっていること、持ち主が装飾品を外して術外に出たら術者にお知らせする機能がついているらしい。
私、それ母が持っている薄い本で見たよ! 愛が重すぎて、相手に贈った装飾品で行動を全て監視・管理した挙句、地下に監禁してどろどろに溺愛して外に出ようとする気力すら奪うやつ!
しかも、何となく父と父の親友に似ているんだよね。二人とも、ヴァルとはまた方向性の違う美丈夫だからなあ。
「……アンタの母君って、本の趣味おもしろいわね」
「お父さまのも聞く?」
「……必要ないわ」
「ヴァルも監禁する?」
「……しないわよ、たぶん」
「たぶん、かあ」
「アンタみたいなちびっ子はしないわよ」
「大きくなったらするんだね、わかる」
「……」
「……」
「……」
「……っ!」
無言で、繋がれた手を外そうともがいていたら抱き上げられた。
うわあああああ、衛兵さんこの人ですうううううう!!!
シュヴァルツ……青みがかかった黒髪、金に縁取られた紅碧の瞳。数百年は生きている。185センチ。ちまいのが傍でちょろちょろするので、首根っこを掴んで抱き上げるまでがセット。
「ほんと、猫みたいな子ね……」
アンネリーゼ……少し青みを帯びた白銀の髪、紺碧の瞳。七歳になったばかり。110センチで、平均的な身長より少し小さめ。シュヴァルツの腰下ぐらいの身長。抱き上げられると一気に視界が高くなるのが楽しい。
「私の扱い、雑すぎない?」
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