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好奇心に負けて吸血鬼を拾ったら、人生が変わりました  作者: 蓮根(まさ)


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少女は、はじまりを回想する

 子供の頃、知らない男の人に追いかけられて迷子になって途方に暮れていた時の話だ。


 日常的に追いかけ回され、まだ反撃らしい反撃もできないため、ただひたすらに逃げるだけという、子供ながらにも貞操の危機をひしひしと感じていた時期だった。

 歳の割に『変なところで達観している』と、言われるぐらい大人びた子供であると自覚のあった私は、護衛のお姉さんの隙をついて追いかけてきた男の人たちの目を掻い潜り、気付かれにくい壁の窪みにいそいそと身を隠す。

 そこは、大人目線からは死角になる場所で、護衛の足止めを振り切ってきた人たちが駆け抜けて行く後ろ姿を見送った私は、ひとつ息を吐いて気を取り直す。まだ、油断はできない。

 壁の窪みのさらに奥に身を縮めながら、後で護衛の人たちを労わないといけないなと、ぼんやり考える。お姉さんたちは、しっかりと男の人たちを足止めして、私に逃げるように言った。

 というか、某虫みたいにわらわら出て来られたら、そりゃ全員足止めなんて無理よ。逃げろって言うわ。土地勘が無さすぎて、迷子になったけれど。


 ガサッ、とさほど離れていないところから音がした。身体が震えかけるのを、肩を抱きしめるようにして必死に抑えて息を潜める。

 捕まったら、何をされるか判らない。いや、少しならば知っている。身体を撫でまわす不快な熱と、興奮しきった荒い息──そして、欲望に塗り潰された昏く陶酔しきった眼差しは、ただひたすらに恐ろしいものだった。

 今まで、幾度となく追いかけ回され、不快な熱を押し付けられ、気付けば男の人に恐怖を覚えていた私は、肉体言語派の母に護身術を教えられ、過保護で肉体言語教の父に肉体補助系の魔法と人体の弱点を徹底的に覚えさせられた。



 少し大きくなった頃に聞いたのは、人を狂わせる者が父の家系に稀に生まれるということ。

 もともと、父の家系は人の懐に入りやすく友好を得られやすいため、それを活かした生業についていた。けれど、稀にそういった『力』を強く持ちすぎる者が生まれてしまうらしい。そして、幼いうちに我を忘れた誰かに襲われて儚くなる。

 ただ、血が近い──祖父母やいとこまでなら影響はない。何故、そこまではっきりと線引きできるのかというと、私が産まれた時に『力』に気付いた両親が実験と称して色々と試したからである。幼気な娘を何だと思っているんだ。

 両親的には、これまであやふやだった境界線をはっきりとさせて、私の身を守るために頼れる血縁者を確定させたかったらしいけれど、予想以上に狂わされた親戚にドン引きしたと言っていた。そして、幼い内に儚くなる率がどれだけ高いのかも理解したと。

 そう、つまりは──私を襲った人の中に、親戚が何人か混じっていたということで。襲われた割に、すぐさま身近な大人たちに救出されて無事だったのには理由があったのだ。

 余談ではあるけれど、その実験に付き合ったうちの数人が新しい性癖の扉を開いてしまったそうだ。衛兵さん、あの人たちです。



 とにかくも、そんな『力』を持ちつつも心身健やかに生きてこられた私は珍しいのだ。

 前世の記憶らしい何かがあるところも影響していると思う。そのおかげで、咄嗟に身体を動かして身を護る行動ができるようになったし、誰かしらの手助けがあるからこそ、こうして生き延びている。

 何より、成長するとともに多少襲われたところでびくともしない精神と肉体を手に入れた。ありがとう、肉体言語。おかげさまで、私も今や立派な肉体言語教信者です。



 そんなこんなで話は戻るが、日々襲われつつも逞しく生きていた私は(とはいっても、この時期は逃げる一択だった)、日常と化した追いかけっこの最中に奇妙なモノが道端に落ちている事に気付いた。

 言い訳をさせてもらうと、壁の窪みから見える風景にちょうど映り込んでいたのだ。人でも獣でもなさそうなモノは、私の好奇心をおおいに揺さぶった。

 それに、まだ充分に子供と呼ばれるお年頃ですから、ついつい興味を惹かれるまま近付いた。近付いてしまった。


 落ちていたソレは、巨大な蝙蝠だった。

 たぶん、おそらく、蝙蝠。家にあった本の挿絵にあった。その本の題名は『めくるめく吸血鬼センセイのイけない補習授業』──数日前に、父の書斎の隅で発見した母が全力をこめた肉体言語に走っていたのが印象的な出来事でした。こわいこわい。

 まあ、些細な父の性癖については横に置いておくとして、私が気になるのはこの蝙蝠はどうすれば良いのだろうかという事だ。

 何故なら、指でつやつやふかふかの小さな頭をつついてみたら『血……』と、喋ったのだ。そう、シャベッタ。

「どうしよう」

 安易に血を与えても良いものか。

 そもそも、本物の吸血鬼なんて伝承に出てくるかオトナの読み物に出てくるぐらいしか知らない。伝承の吸血鬼も、特に生態など書かれていないので血を与えたらどうなるのか判らないのだ。

 ふかふかをつんつんしながら、少しの間考える。それにしても、意外と良いもふもふふかふかだなこの蝙蝠暫定吸血鬼。

 最終的に、道端に落ちていたその巨大蝙蝠を拾って帰った。もふもふに負けただなんて、そんな事実はない。ないったらない。

 まあ、絶賛迷子だった私を探しに来てくれた護衛のお姉さんと合流してから帰ったので、抱えた『それ』を見た人たちには、またなんか拾ってきたぞという顔をされた。おっかしいな、蝙蝠を拾ったのは初めてなんだが?



 無事に家に辿り着いて、父と母に報告される前に部屋に入って鍵を閉める。専属の侍女は、のんびりとした様子で「終わったら、声をかけてくださいね」と扉の外から声をかけてくる。

 いったい、何をすると思われているのだろうか。

 まあ、気を取り直して、そのままぐったりとしたままの暖かな身体をクッションの上に置いてから、そっと蝙蝠の口元に指先を充てがったらガブリと噛まれた。痛い!

『……う、う? ここは?』

 しばらく吸われた後、掠れた低い声が蝙蝠から聞こえる。どうやら、意識を取り戻したらしい。

「指、甘噛みするのやめてください」

 あむあむされている間に、痛みが消えて噛み傷も無くなっていた。不思議な感覚に首を傾げつつも濡れた指先を引き寄せて握り込むと、それをぼんやりと追いかけていた金色の瞳とかちあう。

『……お前は、誰だ』

「通りすがりの子供です」

『……お前のような子供がいてたまるか』

 まだ血が足りていないと宣う蝙蝠に、指先を振ってみせると視線が固定されている。面白い。

 そんなこんなで、少量の血と引き換えに詳しく話を訊いてみると──やはりというか何というか、魔族の中でも上位種と呼ばれ恐れ敬われている確定吸血鬼だった。オトナの読み物の方ではなく、伝承の方の最強種である。

 だというのに、何故道端に落ちていたのかというと空腹で行き倒れていたらしい。それで良いのか、上位種。

「おかげで助かった。しかし……」

 蝙蝠から人型へと変身した吸血鬼は、腰まである艶のある青みがかかった長い黒髪に、金に縁取られた紫の瞳を持つ美丈夫だった。どうやら、蝙蝠の時の色彩とは多少異なるらしい。

 その人外らしい美貌の持ち主は、金に縁取られた夕焼けの空のような美しい紫に、虹色の虹彩を持つ宝石眼を伏せて息を吐いた。

 関係ないが、睫毛が長すぎて頬にかかる影も濃い。後ろでひとつにまとめた三つ編みが、ゆらりと揺れる動きにも目を惹かれる。均整の取れた長身すら美しく、羨ましいなとぼんやり見つめていたらとんでもない爆弾を投下してきた。

「引くほどエグい『魅了』魔法が垂れ流されているのだが……お前の趣味か?」

「はい?」

 何だって?

「其のエグさでは、さぞ生き難かろう。……ほんとエグいほど下半身にクるな」

 俺でなければ秒で襲っているぞ、と物騒な物言いをされたので思わず後退ると、男は麗しいかんばせをほころばせて、素晴らしくまばゆい笑顔を浮かべた。嫌な予感しかしない。

「これも何かの縁……いや、少し思うところがある。傍で護ってやろうか?」

「いいえ、結構です」

 速攻で拒否する。見返りもない優しい言葉など、胡散臭いだけだ。

「見返りがないだなどと、一言も言ってないが」

「……」

 にんまりと笑った男は、悪そうな顔をしているのにたいそう美しかった。

「お前の血は極上だ。今まで生きてきた中で、これほどに美味で滋養のある血はない。だから、定期的に少量の血を貰えれば良い。代わりに、他の者に奪われないよう護ってやる」

「いいえ、結構です」

 二回目の拒否の言葉を聞いた男の眉間に、くっと皺が寄る。それすら芸術的に美しいとはどういう事なのだろうか。

「何故だ。何が不満だ」

「……私、男の人が怖いんです」

 いくら好奇心に負けたからといっても、怖いものは怖い。それに、元気になったら速やかに自然に帰す予定だったのだ。

「ああ……」

 そのエグい魅了ぶりだものな、と小さく呟いた男は「わかった」とひとつ頷いた。

「ならば、俺は女になろう」

「はあ?」

 何を言っているのだろう、この上位種は。というか、上位種は性別を変えられるのだろうか。

「性別は変えられんよ」

 腕を組み「失礼だな」と口を尖らせた男が、青みのかかった宵闇色の髪をかきあげる。妙に妖艶さ漂うその仕草と、子供のように怒りを表す表情の対比に驚いていると、手を取られた。

 とたんに、ぞわぞわと鳥肌が立ち反射的に手を振り払ってしまう。

「やだ!」

「なるほど……」

 僅かに眉を寄せた男がひとつ頷き、形良い顎にこれまた形良く骨張った細長い指を当てる。

「ならば、これは?」

 おもむろに、目の前の気配が変わったような気がした。見た目は変わっていない。なのに、今度は手を取られても平気だった。

「どう、して」

「性別は変えられないけど、擬態はできるのよアタシ」

「……、……、……んんっ!?」

「魔族の上位種って、生まれた時に幾つか固有技能を習得するんだけど……その内のひとつなのよね」

 おかしい。耳がおかしい。さっきまで、お腹に響くような低く艶のある声音が、少し掠れた艶やかな声音に変わっている。どちらも、艶があって声帯的には〝男〟と呼べるものなのだけれど、今の声音は男性に対する恐怖を感じさせないのだ。

「怖くない?」

「……別な意味で怖いけれど、怖くない」

「そう、良かったわ」

 表情も、女性らしさを感じる柔らかさで。引き締まった硬そうな身体つきも、精悍な顔立ちも、男性のままなのに──ぎゅっと手を握られても、嫌悪感が込み上げる事もなく、逆に自身とは違うその熱の心地良さに首を傾げてしまう。

「ふふ、可愛いわね。……でも、まあ、これなら傍で護っていても良いでしょう?」

「うん」

 思わず頷いてしまう。とたんに、にんまりと先程見たような悪い顔で男は笑った。その人外めいた美貌で。

「よろしくね?」

 あ、早まったかもしれない。

 思った時には全てが遅く。こうして、此処から彼と私の長すぎる縁が始まっていくのである。

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