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「ウィル。髪を綺麗に乾かしなさい。雫が服に落ちてますよ。ほら、フィーのことも拭いて。風邪になって困るのは、ウィルですよ」

「だって、凄くいい匂いがして……。これって、もしかしてドリアと雑炊?」

「ドリアとゾウスイというのですか。残念ながら、この世界には存在しない調味料が必要なので、見た目を模倣しただけ料理ですよ。ほら、服が濡れてしまうから、早く乾かしなさい」


 キッチンのテーブルに並ぶ料理に興奮しているウィルは、フォスターの話を聞く余裕がない。フィーも、興味があるのか、ウィルの肩から料理を見詰めている。


「お腹、空いたよ」


 ウィルからしてみれば、お風呂に入っている途中から料理の匂いでお腹が鳴り初め、お風呂どころではなくなってしまったのだ。


「駄目です、ちゃんと拭きなさい」

「でも……」

「まったく⋯⋯仕方がないですね」


 フォスターは溜息を吐くとウィルの後ろへ回り、肩に掛けられているタオルを手に取り、ウィルの髪の毛を拭き始める。ウィルにはフィーを拭くように指示を出し、綺麗に拭き終るまでは食事は食べさせないと言えば、慌てたようにフィーを掴まえて拭き始めた。


「お米に似た食材って、これのこと? 似たと言うより、お米そのものだけど……。ノーザイト要塞砦には売ってなかった」

「米はローレニア帝国の特産品ですから、レイゼバルド王国では流通していないのでしょう。これは、豊穣を司る女神が来訪したので譲っていただいたのですよ。ローレニア帝国では、お菓子の材料に使うそうです。鍋で炊くと話したら、興味深そうに聞いていました」

「お米のお菓子……。米粉で作るんだったら、団子とか、おせんべいってあるのかなあ?」


 グゥーという腹の音がウィルから聞こえ、フォスターはクスクスと笑う。余程、お腹が空いたらしい。ウィルの髪の毛もフィーの身体も綺麗に乾いたことを確認して、フォスターが椅子へ座るように促すと、ウィルは嬉しそうな顔で席へ着く。フィーの席もフォスターが昼に準備していた椅子を持ってきて、そこへ置いてやると、行儀よく座っていた。


「いだだきます!」

「キュー!」


 ウィルが手を合わせ、食事前の挨拶をすると、フィーも真似をして手を合わせ、鳴き声を上げる。フォスターはクスリと微笑み、取り皿に雑炊を取り分け、ウィルとフィーの前に置いた。


「ショウユという調味料は、アルトディニアにないのですよ。ソースはあるのですが、このゾウスイには合わないでしょう?」

「どうなんだろう。食材が卵と丸鳥の肉だと合わないのかなぁ? 醤油は、大豆と麹と……後、麦? あれ? それだと味噌になる? あー、思い出せない」

「なるほど。コウジは聞いたことがないですねえ。後で、調べてみましょう」

「でも、雑炊の作り方に決まりってなかったような気がする」


 雑炊を食すと、フォスターとウィルは調味料の話になった。ウィルは、フィーにもスプーンで食べさせている。白米の話になり、フォスターは他の食べ方をウィルに訊ねた。ウィルは、普通に白飯のまま食べる、炒めて食べる、煮ることもある。そして、粉にして使うことを話して言葉を止めた。


「どうしたのですか?」

「作り方は、全然知らないけど、確か乾燥させるのもあったよ。干し飯だったかな?」

「ホシメシ?」

「たぶん、炊いたご飯を乾燥させた物だと思う。美味しいのかも分からない。昔の人が携行保存食にしてたはずだし、味はあまりしないのかも?」


 この世界では干し肉が、携行保存食として使われている。フォスターも、想像が出来ない様子で首を傾げていた。


「この雑炊だけど、丸鳥の出汁が美味しいから、味付けが塩でも充分美味しいよ。あっさりしていて、病気の時とか良さそう」

「そうですね。ですが、普通に食べる時は、少し物足りない気がします」

「野菜を入れたら、また違うと思うよ? フィーは、この味が好きみたいだね」

「キュイィィー」


 ウィルが食べさせるスプーンでは追い付かず、取り皿から直接食べている。緑龍の好物は、甘酸っぱい果物だと翁から教えられていたウィルは、龍にも好みがあるのだなと考えていた。

 ドリアは味が気に入らなかったのか、フィーは食べずにソファへ移動して横になってしまった。もしかすると、雑炊でお腹がいっぱいになっただけかもしれないが。

 ウィルは、ドリアを完食すると食後の挨拶をして食器を片付け、フィーが横になっているソファへと移動した。


「フォスター。明日の朝は、早目に出掛けるね」

「用事があるのですか?」


 ウィルは、蒼龍や江龍、そしておじいちゃん龍と会い、話したことをフォスターへ伝える。フォスターは時折、相槌を打ちながらウィルの話を聞いていた。


「私も、ウィルの使う龍術を神界から見ていたのですが、不思議な使い方をしますね」

「不思議? そうなの?」

「ええ。龍術は、世界を巡る力の流れを用いた術です。植物の成長を促進させる龍術や、大地を豊かにする龍術は、龍が使っています。ウィルの場合は、持て余した自分の魔力を龍力へ変えて循環させるために、緑龍から龍術を教わったのでしょう?」

「うん。御師様に色々教えてもらった。それで……。循環させているうちに、龍力のまま魔力の代わりに使ったらどうなるんだろうなぁと思って。でも、何故か魔力じゃなくて生命力の方が削れちゃって、御師様に怒られた。それからは、魔力と龍力の循環だけさせて貰えたんだけど、龍術自体は使用禁止って言われちゃって……」


 フォスターは、ハァと溜息を吐いてウィルを見る。今まで魔力の使い方は教えてきたが、基本的な部分を教えて来なかったのだと、今になって気が付いたのだ。


「龍力と呼ばれている力は、この世界でいうと生命の源のようなものです。勿論、枯渇することはありません。世界中で、龍力は循環しています。簡単に言うと、ウィルは自分の体の中だけで、同じことをしていたのですよ。まあ、今は龍玉がありますから、失われた分を取り込むことが出来るので、生命力が削られることはありませんが」

「うーん。わかったような……わからなかったような。じゃあ、蒼龍様たちは、使えないの?」

「彼らは元々、龍力を源としているので命が削られるようなことは起りません。ですが、説明できますか?」

「説明……あの時は、ただ痛くないように、花弁が散るように逝けたらいいと思って、心に浮かんだ言葉を詠唱したんだけど。それじゃ、駄目?」

「ハァ……。駄目です」


 ウィルの言葉を聞き、フォスターはガックリと肩を落とす。最初に、魔法や龍力の原理を説かなかった己も悪いと思うが、(うつわ)には、しっかりと知識を詰め込んである。実際、魔法も予想以上に早く使うことが出来た。ウィル自身、知識欲が高く吸収も早い。だからこそ、原理の説明をしていなかったことにフォスターは気付けずにいた。


「ウィル。貴方は、今まで魔法や龍術の原理を知らずに、どうやって使っていたのですか?」

「え? 使いたい属性の魔法をイメージして、詠唱で自分の中で魔力を練って発動させる。でも、実戦では詠唱する時間なんて、ほとんど取れないから感覚で使ってる。あ、でも詠唱しなくても発動はするよ。ただ、威力が少し下がるけど……」

「詠唱することで、魔力の練度を上げているのですから、威力が落ちるのは当然でしょうね。しかし、感覚……ですか」

「うん。こんな感じの魔法を使いたいと思うと、頭に言葉が浮かぶから、それを詠唱して発動するんだよ。間違えてる?」

「間違いではありませんよ。ただ、解せませんねえ」


 ウィルの(うつわ)に構築した知識は機能している。但し、技能としての役割を果たしている様子だ。そして、魔力と龍力を扱うセンスが足りない部分の全てを補完しまっている。ウィルの言う感覚とは、そういうことだ。それならば、言葉で説明できないことも理解できる。ただ、どうしてそうなってしまったのか、フォスターにも分からなかった。


「とりあえず、明日は私も一緒に行きます。ウィルは、説明できそうにないですからねえ」

「う……。原理とか言われても、難しいよ」

「そうですねえ。仕方がないので、魔法入門書を準備しておきます。子供向けの本ですが、それを読めば理解できると思いますよ」

「子供向け⋯⋯。魔法、使えるのに」


 いじけたように三角座りをするウィルに、フォスターは笑いを堪えながら、胸元からネックレスと腕輪を取り出し、テーブルへ置いた。


「それも、勉強です。さて、今度はこちらの件です」

「これ……」


 ネックレスのトップペンダントは、紫水晶に紋章と証が銀で刻まれ、ブレスレットの中央部に同じように紋章と証が金で刻まれた紫水晶が填め込まれていた。刻まれている紋章は、右手の甲に刻まれているフォスターの紋章だった。



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