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「ふぅ。……どうにか、遣り過ごせたのか?」
「そのようですね。流石に、どう切り抜けるか思案しましたが……。今回は、エドワード警備隊隊長に助けられました」
「いや。マーシャルが合わせてくれたから上手くいっただけで、私は何もしていない。まさか、私の行動がこんなことになるとは思いもしなかった。軽はずみな行動をしてす済まなかった」
「……確かに、浅慮だと思います。ですが――」
大門前を塞いでいた特務師団が撤収したお陰で、足止めされていた商隊の者や辻馬車が、大門の前に列を作り始めている。
警備隊の隊員たちは、列の整理と受付を始めるために忙しそうに動き回っていた。物流拠点であるノーザイト要塞砦らしい姿を見詰めながら、マーシャルは続ける。
「亡くなった部下を弔いたいという気持ちは、私も十分に理解しています」
「そう、か。……第一師団の騎士がハバネル伯爵家の令嬢を護衛していたのだったな。マーシャルも部下が亡くなっているのか」
「ええ。彼らが、ノーザイト要塞砦騎士団を出立する姿を、この目で見送りましたからね」
「そうか……今更かもしれないが、マーシャルの言った通り、事実を知った時点で公表するべきだったんだろうな。そうすれば、今回のようなことも起らなかったずメリッサにも違う未来があったはずだ」
エドワード警備隊隊長は溜息を零すと、マーシャルを見た。
「私は、もっと学ばなければならない。二度とこんなことを起こさないためにも。国の事、貴族の事、そして、民のことを学ばなければ……。この地に居る間だけでもいい。協力してくれないか?」
「ええ。私でよろしければ、協力させていただきます」
エドワード警備隊隊長が安堵すると、マーシャルがクスリと笑う。今更ながらに恥ずかしさを感じたのか、視線をマーシャルから外した。
「と、ところで、用事は良かったのか?」
「そのことですが、当分の間ウィルとガイに接触しないようにしていただきたいのです。大精霊ノームに真実を見せられて、だいぶ混乱しているようなので」
「そうか……大精霊に⋯⋯。ウィリアム君が目を赤くしていたのは、それが原因だったのか。大精霊が知る真実とは、どのようなものなのだろうな」
納得したように呟くエドワードに、マーシャルは肯定の意を示すと口を開く。
「ウィルは、優しい子ですからね。それは恐らく人だけでなく、精霊に対しても同じと思うのですよ」
「メリッサのことも、必死に助けようと考えていたな」
「そうですね。まあ、普通に生活していれば会うことも少ないのですが、事情を話しておかなければ、貴方はウィルに会いに行ってしまいそうですからね」
「うっ……。確かに……」
図星だったのか、エドワード警備隊隊長がガックリと肩を落とす。その姿を見てマーシャルはクスクスと笑った。
「それで、納得していただけましたか?」
「……納得というか、それしか手立てがないんだろう? 私は、ウィリアム君を苦しめたい訳じゃないんだ。ウィリアム君が、自分から私に会いたいと思ってくれるまで待つ。その時に、出来ることなら私も真実を知りたい」
「では、そのようにウィルに伝えておきましょう」
「ああ、頼む」
話に区切りがつくのを待っていたのか、新人隊員の一人が駆け寄ってくる。それは、冒険者から貸し馬車の依頼が来ているとの知らせだった。
通常、貸し馬車の依頼所とノーザイト要塞砦の検問所は、大門外側に開設されているのだが、全て引き上げられている所為で大門前に緊急に作られた受付で対応している状態だ。
「西支部と東支部の警備隊に応援を要請してくれ。今日の所は、馬は厩屋で貸し馬車も庫内で受け付けをする。そのための人員を配置するように。誰かを冒険者ギルドと商業ギルドに走らせて、そのことを伝えておいてくれ。後、全てを門外に持ち出すのは夜間になるだろうから、夜食の手配もしておけよ。貸し出し用のテントも張るからな」
手隙なのは新人だけなのか、彼方此方から駆け寄ってくる。勿論、彼等とて全く仕事がない訳ではない。大門前広場へ視線を向ければ、迷子の子供を連れていたり、お年寄りの荷物を持ってやったりと駆けまわっている。
「信頼されていますねえ」
「いや、古参の隊員たちに支えられているから出来ているように見えているだけだ。私だけで出来ることじゃない。未熟な私を支えてくれるベントン訓練官や古参の隊員たちには頭が上がらないよ」
様子を見守っていたマーシャルが声を掛けると、エドワード警備隊隊長は首を横へ振った。
「それでも、頼りにされているのだと思いますよ」
エドワード警備隊隊長も警備隊の任務に戻ると言い、マーシャルの側を離れていく。他に問題がないか確認している間に、第一師団の騎士たちが、塀沿いの道を馬に乗って駆けてきた。先頭を駆けているのは、ワーナー副師団長だ。
「随分、早かったですね?」
「はい。その……報告へ向かったのですが、総長が……」
「総長が、どうかしましたか?」
「はい。あの……」
マーシャルが声を掛けるとワーナー副師団長は馬を寄せ、気まずそうに報告をした。その視線は、後方へ向けられている。マーシャルが疑問に思い視線を向けるその先で、数十騎の隊列が割れ、アレクサンドラが姿を現す。
「マソン副師団長から話を聞くより、私が現場へ向かう方が早いだろう」
「総長。貴方まで来られて、どうなさるのですか?」
アレクサンドラは馬上からマーシャルに声を掛ける。その視線は大門前広場へ向けられていた。
「お前に手を上げる勇者がおると聞いたのだが?」
「彼なら、もう随分と前に帰りましたよ」
「つまらぬな。それにしても……随分と男前の顔になったではないか」
「ええ、お陰様で。そもそも判断基準が間違っています。それで、来られた理由は何でしょう?」
ニコニコと笑みを浮かべ、アレクサンドラに問い掛けるマーシャルを見て、騎士たちは徐々に離れていく。その場に留まれたのはワーナー副師団長だけだったが、そのワーナー副師団長も顔色が悪い。
「第一師団モラン師団長の代わりだ。久々の休みで忙しいだろうと、私が直々に指示を出すために来た。何か、問題があるか? 部下思いの良い上司だろう?」
「そうですね。ご自分で部下思いと言われなければ、尚よろしいのですが」
「クククッ。モラン師団長は、随分と機嫌が悪いようだ」
「ええ。アレ等に振り回されるほうの身にもなってください」
アレ等と言われ、アレクサンドラは馬上で腹を押さえた。余程、可笑しかったらしい。
「ククッ……アハハハハハ。それは、どちらに関して言っている?」
「両方ですよ」
「なるほど。心掛けるとしよう」
笑いを収め、真顔に戻ったアレクサンドラは、馬から降りるとマーシャルに並び立った。
「冗談はさておき、状況はどうだ?」
「警備隊隊長エドワード・アシオスが指揮を執り、混乱は起きていません。街の要所には、既に新人隊員が知らせに向かっています。簡易で検問所を開設していますので、人々の列も直に短くなるでしょう。商隊の者たちも、辻馬車に乗る者たちを優先し、先に検問を受けさせているようです」
「うむ。しかし、何も起こらぬ保証はあるまい。……騎馬隊、大門前広場と正門外にて二騎ずつ、待機! 何らかの騒ぎがあった場合、ノーザイト要塞砦警備隊と共に対処せよ! その他の者達は、各々指示された街と村へ向かえ!」
アレクサンドラが指示を出すと、第一師団の騎士たちは、大門脇に設けられた小門から、次々と外へと駆け出していく。
「私は、大門前広場が落ち着くまで、警備隊本部で待機する。何かあれば、すぐさま報告せよ!」
「ハッ!」
残っていたワーナー副師団長にも指示を出すと、アレクサンドラはマーシャルに視線を向けた。
「まだ、残っていたのか。さっさと治癒魔法を受けて帰れ。今日は商人が来るのだろう?」
「おや。覚えていたのですか」
「当たり前だ。不備のないように揃えてやれ。ウィルの分に関しては当家で支払おう。……散々、迷惑を掛けたからな」
「では、そうさせていただきましょうか」
マーシャルは、アレクサンドラに敬礼すると踵を返し、愛馬に跨ると街の中へ消えた。




