BATTLE:EXT【シンヤの災難】
2015/04/06
第1章の番外編、ユキヒコとシンヤの会話がメインでカードバトル要素はありません。
「俺が一体なにをしたって言うんだ……いや、まあ色々やらかしたんだが」
なんとか一命を取り留めた諸星シンヤは、腕の包帯を見つめながら、病室のベッドで横になっている。
「命があるだけ良かったじゃないか」
そんなシンヤに対して、ユキヒコは小さく笑いながら林檎の皮を丁寧に剥いていく。
他人事なユキヒコに思わずシンヤは溜め息を溢す。
「ずいぶん楽観的なことを言ってくれるじゃないか。半分はお前のせいだろうが」
「売られた喧嘩を買い取ったシンヤにも責任はあるだろ?」
「うっ、ぐ……それは」
シンヤは言葉を詰まらせ、ブツブツと呟く。
「仕方ないじゃないか。あの野郎、稚推を馬鹿にしたからで……」
「それで負けちゃ意味がないよ。なんで自分のデッキを持って来なかったんだ?」
「まさかああいう事態になるとは思わなかったんだよ! すいませんねぇ、不用心で!!」
フンッと鼻を鳴らし、ユキヒコに背を向けて目を閉じる。
一命を取り留めたとはいえ、まだ傷は痛む。
どうしてこうなったのか、シンヤは過去を思い起こす。
(計画を持ちかけられたのは……もう1週間も前か)
◇◇◇◇
「はあぁ? お前の部活の道場破りをしてほしいだと? 俺が?」
「うん」
「なんでたよ」
それはシンヤにとってあまりにも唐突な出来事だった。
シンヤが通う高校の部室に、珍しい人物が来客として訪れた。
同じ小学校出身、自分が神奈川に引っ越してしまったので中学と高校は別になった旧友である東條ユキヒコ。
そんなユキヒコが久々の再会にもかかわらず、持ちかけてきたのは部活の襲撃計画。
あまりにも突飛すぎてシンヤは全く理解できないという表情を浮かべる。
対して、ユキヒコの方はニコニコとしている。
「ちょっとうちの部員にお灸を据えたくてね。たるんでるわけじゃないけど、やっぱり俺の部活はまだまだ小規模。シンヤの所と比べたら温室みたいなんだよ」
「だから、折れと?」
「うーん、折れる一歩手前らへんで勘弁してほしいね」
「……手加減するのは苦手なんだが」
「心配ないよ。シンヤにはこのリストに記されたカードでデッキを組んでもらいたいんだ」
そう言って、ユキヒコはシンヤにリスト用紙を差し出してきた。
リストに目を向けたシンヤは思わず目を剥く。
「なんだ、この悪趣味な偏り方は……デッキのほとんどが高レアな札束デッキじゃないか」
札束デッキ……それは高額でレア度の高いカードのみで構築されたデッキのこと。別名、成金デッキとも言う。
「……で。俺はどんなキャラを演じろと?」
カードリストから、なにやらユキヒコの意図を読んだシンヤは辟易とした声で呟く。
ユキヒコは意外そうな表情になる。
「お。よく分かったね」
「お前とは腐れ縁みたいなもんだからな。大体分かる。第一、俺はこういう偏ったデッキが嫌いなこと、お前は知ってるだろ」
「そうだね。まあ、お察しの通り、シンヤに演じてもらうのはレアカードハンターだ」
「……だと思ったよ」
はあ、と再び溜め息を溢すシンヤ。
「俺はカードゲーム部部長であって、演劇部部長じゃないんだが」
「もちろん分かってる。で、具体的なプランだけど」
「俺、了承してねえんだけど!! 俺の意思は!?」
「ここまでの会話であると思う?」
ニコニコと微笑んでいるユキヒコの表情から、「やれ」という言葉が滲み出てくる。
シンヤは思わず苦笑し、参りましたとばかりに両手を上げる。
「……はいはい、分かったよ。まあ、どこまでやれるか分からんが、最善は尽くす」
そう引き受けてから3日後。
ユキヒコから借りたIDカードを使って学園に侵入。
教師に見つからないように気をつけながら、カードバトル部の部室を目指す。
中で控えていたユキヒコとリンナと共に、部室の内装をある程度荒らし、カイトが部室に来るのを待つ。
予想外だったのは、カイトがイクサとナミを連れてきたこと。
しかし計画に変更はなく、シンヤはとりあえずカイトを挑発し、カードバトルを行なった。一応、演じているキャラがレアハンターなので、本来はご法度のアンティルールを設けて。
「デスドラザウルスで攻撃だ!!」
「俺の、負け……」
しかし、カードバトルは予想以上に早期に決着が着いてしまった。
カイトに勝ってしまったことに、シンヤは内心で目を剥いていた。
(おいおい。マジで温室育ちのお坊っちゃんなのか? ディヴァイントライブとはいえ、デスドラザウルスで負けるなんて相当だぞ?)
シンヤはイクサ達に気付かれないように、そっとユキヒコとアイコンタクトする。
(ユキヒコ、ドッキリとかじゃないんだよな? マジでこれで全国大会を狙っているのか?)
(そうだよ)
ユキヒコは目でそう訴えた。
この状態から全国レベルにまで引っ張る。
シンヤは、なぜユキヒコが自分にこんな汚れ役を頼んだのかを理解した。
(……なるほど。確かに、こんな低レベルデッキを使う低俗レアハンターに負けたんじゃ、意地でも強くなりたいって思うわな。きっかけ作りとしては十分だ)
カイトから奪ったカードは、あとでユキヒコにIDカードと一緒に返せばいいと考え、アンティで賭けたカイトのカードに触れようとすると、横から唐突に腕を掴まれた。
自分の腕を掴んだ手を視線で辿っていくと、カイトの友人であるイクサに行き着いた。
イクサの意志の強い瞳を見たシンヤは、僅かながら興味が沸く。
(ほう、言葉じゃ通じないレアカードハンターに噛みつくとは、無謀と言うべきかそれとも勇敢と言うべきか)
チラッとユキヒコに視線を向ければ、『演技を続けろ』という指示が送られた。
(やれやれ……旧友様はとんだサディストだな。俺の株がだだ下がりじゃねえか)
シンヤは軽く深呼吸をすると、イクサを睨みつける。
「ああ? なんだこの手は?」
無謀な勇気か、それとも無意味な正義感か。
シンヤはイクサの目を見る。
「それ以上、カイトのデッキに触るな」
イクサの目に映る感情に、シンヤは内心で小さく笑う。
無謀で無意味だが、悪くない。むしろ面白い。
「次は、俺が相手だ」
そこまで回想して、シンヤは静かに息を吐く。
「それにしても、アイツ……聖野イクサか。これからの成長が楽しみな初心者だったな。だが…………」
そこで言葉を区切り、話を聞いていたユキヒコも、シンヤが言わんとしていることを察する。
「彼のカオストライブのことかな?」
「ああ。あのトライブは異質だ。カードの能力を受け継ぐ、なんて」
シンヤはフゥと息を吐いて枕に頭を乗せる。
「初めてだぜ、カードゲームで死を覚悟したのは。バトル・ガーディアンズのカードの中には魂が宿るカードがあると噂されているが、もしかしたらアレがそうなのかもな」
「はは、まさかシンヤの口からそんなオカルト染みた言葉が飛び出すなんてね」
「茶化すなよ。……で、調査の方はどうだったんだ?」
「調査って?」
「とぼけるな。まさかあれだけのために俺を呼んだわけでもないだろうが」
ユキヒコは軽く笑って「バレてたか」と呟くと、椅子に座り直す。
「まあ、色々と収穫はあったよ。レアカードハンターに襲撃されたことを演出するために、俺とシンヤとリンナで部室を荒らしてたら、案の定見つかったよ……たくさんの盗聴器が」
ユキヒコの表情が暗くなり、シンヤの表情も堅くなる。
そもそもユキヒコがシンヤに部室襲撃を依頼したのは、全て盗聴器発見のためだ。
相手側にこちら側が盗聴器の存在に気づいていることを悟られないためのカモフラージュであり、その作戦は成功したと言える。
相手側には恐らく、演出のために部室の家具を移動していると思わせられたはず。
しかし、シンヤの声は硬い。
「……本当に、騙せたと思うか?」
「…………」
「相手はあの鹿羽フジミだ。そう簡単に騙されてくれるとは、俺には思えない。むしろ、こっちが盗聴器の存在に気づいていると見抜いてるんじゃないか?」
「確かに、その可能性もある」
「だったらーー」
「でも、たとえこっちが気づいていたとしても、あいつがすぐに俺達に手を出してくることはないよ」
「なぜだ?」
「俺達が非公式の部を設立しているのに手を出してこない現状が、何よりの証拠」
「……不気味だな」
「うん、凄くね」
2人の間で沈黙が少し生まれ、ユキヒコは席を立った。
「じゃあね、シンヤ。ゆっくり安静してるといいよ」
「そいつはどうも……なあ」
病室を去ろうとしたユキヒコを、シンヤは呼び止めた。
「俺が憎まれ役をする必要、あったか?」
「…………」
暫しの間、再び沈黙が生まれる。
ユキヒコはシンヤの方に静かに振り返ると、ニッコリと微笑み、まるで何事も無かったかのように病室を後にした。
「ってうおぉぉぉぉぉぉぉい!!!」
シンヤの叫び声が病室の外にまで木霊した。




