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不、不、不、千年物語  作者: 深春 予
序章 ルアとラグンと不死と不老
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第3話 ルアとラグン②


 ルアの一撃は、攻撃という生ぬるい概念を置き去りにする絶対の因果であった。彼女が願えば対象は例外なく、そして確実に崩壊する。その指が指し示した存在は、慈悲も抵抗の余地もなく、一瞬にして世界の理から抹消された。


 かたや、ラグン・ラグロクトの肉体もまた天災じみた不条理な頑強さを誇っていた。これまでに世界最強と謳われた猛撃を無数に浴びながらも、彼の五体は未だに掠り傷一つなく、無傷のままそこに佇んでいる。さらに、闇を凝固させたようなその左腕は、あらゆる干渉を無へと回帰させる──おそらくルアが初めて出会う、絶対の例外であった。


 矛盾。


 2人の現場の距離は500メートルであった。先制の合図は、間合いも、前動作すらも必要としない、ルアの願いだった。


 壊れなさい。


 刹那。


 ドオオォォオーーンッッ!!


 島全体が吹き飛ぶかと思うほどの轟音が響き渡り、その衝撃で海が真っ二つに割れた。


 ラグンの体を、凄まじい大爆発が隙間なく覆い尽くす。それは本来なら星一つを粉々にするほどの、超絶的な破壊エネルギーだった。だが、ルアが狙ったのはラグンの体だけ。そのため世界を滅ぼすほどの爆風はラグンの輪郭からわずか1メートルという極小の範囲にすべて閉じ込められ、凝縮されていた。周囲の地形すら傷つけない。あまりにも圧倒的で、あまりにも精密な、神の業そのものの爆撃だった。


 ──だが、ラグンの肉体はその神のごとく鉄槌を浴びてもなお、滅びなかった。一撃必殺というルアの絶対法則を、彼はただその身一つで真っ向から無視したのだ。矛と盾の勝負は、盾の勝利。世界を滅ぼすほどの威力を喰らいながらも、彼の肉体は何事もなかったかのように、厳然とそこに存在し続けていた。


 これこそが、神さえも危惧するイレギュラー、ラグン・ラグロクトの正体だった。


 だが、ルアはそれすらも想定内と断じ、間髪入れずに破壊魔法を2度、3度と連射する。


 ドオオォォオーーンッッ!!


 ドオオォォオーーンッッ!!


 爆風によってラグンの衣服は引き裂かれ、全身の毛さえも消滅する。しかし、彼が示したのは恐れでも戦意でもなかった。吹き荒れる世界の終焉を前に、ただ激しい嵐をしのぐかのように、鬱陶しそうに眉間を寄せた、それだけだった。


 ──何事もなかったかのように、彼の足が前へと踏み出される。そこには気負いも、特別な構えもない。傷一つない、あまりにも綺麗な肉体のままで、いつも通りの歩調をルアに向けて進めていく。 

 

 圧倒的な盾の力。


 ──だが、それでもルアの瞳に揺らぎはなかった。ただ静かに、破壊の標的をラグンの内側へと切り替える。


 死になさい


 狙いは心臓であった。その生命の核を直接、概念ごと粉砕することを願った。


 ズズゥゥッ……ドガァァァァンッッ!!!


 それは、人体から響いていい音ではなかった。本来なら星を塵にするはずの破壊エネルギーが、ラグンの強靭すぎる肉体に完全に密閉され、胸腔という極小の空間で臨界点を超えて炸裂したのだ。逃げ場を失った星滅の威力が、彼の内側を、命の脈動を骨の髄まで狂わせる。ラグンの口から胸に残っていた空気とともに、超高圧で霧化した凄まじい血霧が、まるで大砲の弾道のように吹き出した。


 内側から世界を破滅させるほどの衝撃。さしものイレギュラーも、堪らずその場に膝を突いた。


 ──が、その停止時間はわずか1秒であった。ラグンはすぐに立ち上がると、再び歩き出したのだ。


 少し離れた位置でその異様な光景を見ていたミヨクは、「……身体が頑丈なだけじゃ説明がつかないよね……これはラグンの体内に宿る神獣の恩恵だね……再生能力。それも、驚異的な速度のやつ……」と分析するように呟いた。


「──心臓が完全に機能を失うより早く、治癒が追いつくなんて。だけど、だからこそアイツの存在自体が不条理なんだろうね。だから神の代理者であるルアが、ここにいる。……ほら、さっき吹き飛んだ髪も、もう元の長さに戻ってる」


 ミヨクの解説を尻目に、ルアは無表情のまま、ラグンの心臓をさらに5度、6度と破壊し続けた。だが、それは凄まじい吐血とともにラグンが膝を突く1秒が繰り返されるだけで、その前進を止めることは叶わなかった。


 その様子を見て、今度はソクゴが、「まあ、これも想定内だよな。クハハハ!」と不敵に笑う。そして、「──さて、それじゃあ作戦開始といこうか!」と語勢を強め、それに対してミヨクが鋭く身構える。ルアもまた、阿吽の呼吸で攻撃の焦点を今度は脳へと移した。


 キィィン……ドバゴォォォォォンッッ!!!


 脳髄を内側から一瞬で消し飛ばす破壊音。耳を突き刺すような残響と、空間そのものが歪むほどの衝撃波に、身内であるソクゴの背筋さえもゾッと戦慄した。


 ラグンは目、耳、鼻、口、顔中のあらゆる穴から勢いよく血を噴き出させ、白目を剥いたまま、真後ろへと泥のように倒れ込んだ。


 思考を、意識を、生命の統括を遮断する悍ましい一撃。


 ──だが、それもまた、カチリ、と世界の秒針が一度だけ進むと、ラグンはパチリと目を見開き、何事もなかったかのように、平然と上体を起こそうとするのだ。


 驚異的な再生能力……もとい驚異的な超再生能力。


 ──けれどその刹那、再び、キィィン……ドバゴォォォォォンッッ!!!


 ルアに魔力の枯渇はない。故に想定内だと言わんばかりに破壊を繰り返す事が可能だった。それにより破壊と再生がせめぎ合い、ラグンはわずか1秒の気絶と蘇生を無限に繰り返す地獄のループに叩き落とされる。


 ──この“死の1秒の連続”こそが、ソクゴのいう作戦であった。ラグンの意識が断絶しているこの隙に、ミヨクが猛然とラグンへと肉薄していた。


 そして、至近距離から時の魔法を放つ。そうすれば勝利は確定するはずだった。


 だが──ラグンの底知れない防衛本能が、奇跡を起こす。瞬間、彼の肉体の再生速度が、ルアの破壊のスピードをほんのコンマ数秒だけ上回ったのだ。


 見開かれる眼光。闇のように黒い左手が、信じられない速度でミヨクの腕をガチリと掴み取った。


 あらゆる干渉を無に還す、絶対の左手。一瞬で魔力を完全に消し去られ、ミヨクが息を呑む。ラグンは容赦なくもう片方の手でミヨクの顔面を鷲掴みにすると、抵抗する隙すら与えず、ぐしゃりと握り潰した。


「──防衛本能ってやつか……。ただでさえ常軌を逸してる奴が、そんな余計なもんまで持ち合わせるなよ、まったく」


 ソクゴがそう吐き捨てる。仲間の死に眉一つ動かさない。何故なら彼らにとっては、ミヨクの死すらも未だに想定内だったのだから。故に彼らは、即座に冷徹なる作戦その2へと移行する。


 ラグンが上体を起こそうとした──その刹那。視界を塞ぐようにルアが眼前に肉薄し、容赦なくラグンの両足、心臓、両目、顔面の全器官、そして脳を同時に破壊した。覚醒しかけたラグンの意識は、抵抗の余地なく再び強引に暗闇の底へと刈り取られる。


 だが、今度は倒れさせない。わずか1秒の猶予すら与えない。


 ルアはラグンの顔を両手でガチリと固定した。


 そして──。


 そのまま、ラグンの唇に、自身の唇を重ねた。


 接吻。


 いや、それは勿論そんな淡いものではない。ルアは口付けを通じて、自らの体内に秘めた全ての力を、ラグンの体内へと直接流し込んだのだ。神に使命を与えられて作られた彼女の、惑星さえも超越した強大なエネルギーを、丸ごと全て。


 究極の一撃。


 ──刹那。


 ラグンの体内から、世界を塗りつぶすほどの激しい光が溢れ出した。


 直後、鼓膜が消失したかのような、絶対的な無音の衝撃が世界を弾き飛ばす。


 ────────ッッ!!!


 しかしこれもまた、その破壊のエネルギーはラグンの内部だけで完全に密閉され、完結していた。だが、大地を震撼させる衝撃波は先ほどの比ではない。世界全体が激しく揺れ、海は狂ったように荒ぶり、ソクゴもファファルも、そして放った張本人であるルアさえもが、その場に激しく尻餅をつかされた。


 光が晴れる。


 ラグンは──。


 それでも、原型を留めていた。


 地面に大の字になり、天を仰いでいる。そして残念なことに、彼はまだ呼吸をしていた。肺が動き、潰されたはずの全身の機能が、驚異的な速度で再生されていくのが見て取れる。頑丈すぎる肉体と、鬱陶しいまでの超再生能力。


 まだ、生きている。


 ──だが、これこそが作戦その2の狙い通りであった。


 彼らの目的は、この不条理なバケモノを倒すことではない。確実な時間稼ぎなのだから。


「そのまま5秒は気を失ってろよ!」


 ソクゴが猛然と叫ぶ。


 それと同時にファファルが空間魔法を展開し、2人は大の字になったラグンの元へと、一瞬で瞬間移動した。

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