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第一話…… 『気になるあの子』

秋夜、 窓の外を、 ぼうっと眺める、 電気を消した自室から、 僅かに視線に映る格子状の網戸からは僅かながらの夜風が肌をくすぐる、 十月も折り返しともなれば、 日中はまだ暖かくも、 朝晩の少し寒冷さが顔を覗かせる、 少しだけ震えた……


窓の外には、 夜闇の落ちた故郷、 向かいの家や、 道路を点々と照らす街路ライトと群がる小さな虫の返す反射光、 遠くには航空障害灯の赤い光がここからでも見えて、 その他には地虫達の大合唱が、 それでも田舎の夜に優しく響いていた


……今晩は何だか眠れない


こうして、 何気なく窓の外から夜を見ている、 時刻は深夜の一時頃だろうか、 少し前まで見ていたスマートフォンの眩しい光が懐かしい程、 もうすっかり目は闇に慣れていた


ただこの闇夜を見つめて思う事、 それは……


(……落ち着く ……)


……一人の男が夜更けに窓の外を眺めていた、 不思議な物で、 夜と言う時間は何かと恐ろしいイメージが背鰭に尾鰭まで付けて泳いで居るので、 子供の頃などは何かと夜闇を怖がった物だが


見つめる、 どこにでも有るこの夜は、 寧ろ、 誰もが落ち着いて床に入り、 静寂に静まり返って、 それでも、 虫が鳴き、 風が当たり、 雲動き間に月指して、 遥かな太古から光る、 あの星の光が今も変わらず、 流転している……


夜闇は何処か、 黄赤み掛かった温かさと、 青み掛かった冷静さを優しく携えた、 包まれる様なこの夜……


はぁ……


「……そうは言っても、 流石にもう寝なくちゃな……」


億劫さが怠さの様にのしかかる、 今年の四季は特に異常だ、 昼間の残暑、 今日だってもう秋も半ばだと言うのに、 時期を忘れる程に二十数度と外は暑く、 汗を流して濡れた衣服を今度は夕方の少し冷えた嘲笑の様な秋風に、 虫が這いずる様にゾッとする


明日も仕事だ…… 対して冷房機の無い工場は、 汗を拭って、 生ぬるい扇風機が運ぶ風を必死に有難がる、 本当なら体力を考えさっさと眠り明日に備えなくてはならないのに、 何だか今日は寝付けなかった……


はぁ……


バサッ……… カタンッ……


上半身を背から覆っていたカーテンを翻して、 窓を閉めて室内を見る、 消して広くない部屋は数歩歩いて床に膝を着き、 そのまま寝転がり体を預ける……


ギィ……


ベッドが軋む、 布団を蹴り落としてだらしなく天井を仰げば………


闇溜り………


っ……


固く目を瞑る、 夜外がどれだけ、 街路光や音、 星の光や風、 それらで照らされているかと思う程に実感する、 厚手のカーテンに仕切られ停滞した空気が落ちる病的な色の闇が体を強く押し付けた……


ガァンッ…… ガァンッ……


……………………


……耳鳴りの様な音が聞こえ、 徐々にそれはリズムの様に変調する、 最初は心臓の鼓動の様に規則正しいかと思えば、 崩れ、 雑音が混じり、 まるで何処か、 木製の階段が沈み込んで悲鳴をあげる様な激しい家鳴り、 軋みに聞こえてくる……


ギィイッ…… ガッ、 ギィイッ……


……音が、 近づいて来る、 一段、 また一段、 一歩、 また一歩、 苦しい、 ここでようやく体がちっとも全く動かない事に気が付く、 身を起こそうにも漬物石でも乗っかった様にへばり付いて動けない


ギギッ、 ギギィイッ……


ギッ……


まるで軋みが不気味な笑い声にすら聞こえて、 無慈悲にも、 一瞬静かに静止した……


……ぁぁ、 まただ、 またこれだ……


唯一動くのは目だけ、 必死に目をこじ開けて一点を睨む様に見る、 この部屋の扉、 扉の前に、 誰か居る……


ッ


ガチャンッ……


っ……


ドアノブを捻った様な音が鳴って、 生温い空気を押す様な圧迫感、 闇に濡れてよく見えないが、 扉が開かれた様だった……


……遂に、 遂にそれは部屋の中へ入る、 まるで何も見えないが、 何かが、 這い寄る様に足を引きずって、 遂にこちらを俯瞰する、 ベットに押し付けられる自分を見下ろす……


はっ、 はっ、 はっ……


空気だけが圧縮される様に短く漏れて、 ぬらりと、 細い枯れ枝の様な物がコチラに向かって伸ばされた、 胸に一直線に、 まるで心臓に向けて……


まずい、 触れられる……………


ぅっ…………………


ガガガガガガガガガガッ……………………… ガッ………


………………………………



………


っ


「っ、 ぅっ、 あああああああっ!!!」


バサンッ! ……………


はぁ…… はぁ…… はぁ……………


…………


はぁ………………


「…………まただ …… また金縛り、 はっ、 はぁ…… しかも、 遂に部屋の中まで入って来やがった……」


っ


「くそっ! ぅっ…… たった一回確認をしなかっただけじゃないかっ、 それまでは真面目にやってた、 欠かさずにっ、 それを一回、 忘れただけなのに……」


それはただの噂だ、 でも確実に現実に近い物になっている、 金縛りにあって魘される、 足音は徐々に近ずいて、 触れられた時、 死んでしまう……


それは、 入社した時、 先輩から奇妙な噂として、 学校の七不思議の様な感覚で教わった、 笑い話の様な物だった


曰く、 昔、 労働災害で亡くなった従業員の霊が工場を彷徨っている、 その従業員は、 別の従業員の確認ミスにより一人暗闇の工場へと取り残され、 施錠された工場の中、 何故だか死んだらしい……


それ故に、 工場で一番遅くまで作業を行っている従業員は、 電気の消灯と、 鍵の施錠をする際、 日の落ちる静まり返った、 明らかに自分一人の伽藍堂な工場内に向けて、 それでも、 『電気を消します』、 『工場閉めます』と確認を聞こえる声で取れと言われていて


まあ、 教訓と言うか、 会社で定めた決まり、 ファンシーな噂話は後々付随した物だと思うが、 自分は今までそれを守って、 時々、 自分が最後まで残っている場合には確認を怠らずやっていたのだ、 怖かったり、 信じていた訳では無く、 そう言われたからやった、 それだけ……


万が一にも確認を怠ると、 従業員の霊が、 閉じ込められたあの日を思い出し、 件の、 今となっては誰だか知らないもう一人の従業員とやらへと恨みを、 コチラに濡れ衣として着せて呪って来るのだと言う、 あんまりだろ? バカバカしい……


やってない人だって多分居た、 と言うか真面目にそんな事してたの多分自分だけだ…… なのに、 なのについこの間、 怠った、 疲れてたんだ、 その日はヤケに暑くて、 しかも外作業もあって、 熱中症になるんじゃないかと思う程にくたびれてた


片付けの分人より遅くて、 自分が最後だと気が付いた時、 いつも通り片付けをして…… でも疲れてたんだ、 頭もぼうっとしてて、 それでうっかり忘れてて、 施錠して、 ガチャンッと閉めてから、 あっ、 そう思った……


何だかその時、 視線の様な物を感じて、 自分は奇妙な感覚の中逃げるように事務所でタイムカードを付いて、 車に乗って走り出したのだ………


……思い出してみれば、 なんて事は無い、 不注意と言うか、 それを怠った所で、 自分には本来何のミスがあったと言うのだろう? それが、 こうやって毎日の実害を出して居る、 少しずつ近づいて来る奴に怯えて、 眠れない夜は増え、 仕事中や、 車の運転中にすら耐え難い眠気に襲われる究極の寝不足状態まで体は疲弊している


触れられた時に死ぬとは、 この事なのかも知れない…… 触れられたその時では無く、 その後何らかの問題が生じて死ぬのかも……


……恐ろしい、 恐ろしい ……


この深い、 闇溜りが今はただ恐ろしい…… ふと、 チラリ見た部屋の扉は、 そもそも閉めたか、 閉め忘れたかすら覚えてはいないが、 とにかく、 細く廊下の景色をぼんやりと切り取っていた………


……………………………………………………



………………………………



………


「………続いてのニュースです、 今朝八時頃、 〇〇市の路上にて、 赤信号にもかかわらず猛スピードで交差点へと飛び出した普通自動車が、 青信号で交差道路を走行中の幼稚園児を乗せるスクールバスと衝突未遂を起こす事態がありました ……」


夕方のニュース、 大きく『あわや!』と掲げられ、 キャスターが淡々と詳細を伝える、 今朝の事だ、 学校からも程近い交差点で車同士の衝突未遂があったらしい


未遂とあっても大きく報道されるのは、 普通自動車の二十代の会社員男性が、 赤信号で交差点へと侵入した上、 スクールバスと衝突しかねたと言うからだろう、 また、 男性は居眠り運転の可能性があると言う……


そのニュースをぼんやりと見ながら、 おかってに立つ母がポツリと零した……


「恐ろしいね、 未遂で済んだから良かったけど、 衝突してたらと思うと本当にゾッとするわ」


確かに、 衝突していたならもっと大事(おおごと)だった、 それを想像するだけで背筋が冷えるのは確かに自分も同じだ……


……そう言えば …… と、 母が切り出す


「……この辺、 愛美(あみ)ちゃんの通学路よね? 時間も同じくらい…… そう言えば愛美ちゃんは大丈夫だった? ……だったよね?」


不意に母が手を止めてコチラを見る、 濡れた手を拭かないまま、 途端に不安そうな声で私の顔を見る為に顔を覗かせる…… 愛美は私の名前だ、 藤里愛美(ふじさとあみ)、 小学六年生、 十二歳、 そして児童会長なのだ! ……まあそれはいいが ……


なんにせよ……


「うん、 私は大丈夫、 それに、 未遂だったから大丈夫も何も無いよ…… でも、 私見たの……」


?


母が頷くと同時に首を傾げる、 しまった、 つい言葉を滑らせてしまった、 言う気は無かった、 いや、 言ってはダメだこんな事、 誤魔化さなくては……


「……愛美ちゃん? 何を見たの?」


………


ううん、 首を横に振る……


「あ、 危ないっ! って瞬間を見たって話だよ、 ちょうどねっ、 景ちゃんと、 やっちゃんと三人で歩いてたら、 ほら、 赤いポストの辺りで、 その、 ブレーキの音? が聞こえて……」


焦った様に誤魔化した、 いや、 誤魔化したと言うより実際に衝突未遂を仲良しの二人と郵便ポストの辺りで目撃したのは紛れも無い事実なのだが、 私が見たアレだけは隠さなくちゃ……


………


タッ タッ……


足音に顔をあげると母がゆっくりとすぐ側で屈んで、 私を抱きしめた………


「そっか、 愛美に何も無くて良かった、 本当に……」



「……う、 うん、 大丈夫だよ…… あと、 お母さん手冷たい……」


その後目を合わせて微笑んだ母はもう一度おかってに戻り料理を再開した…… ほんの少しだけ、 誤魔化した罪悪感みたいなのがヒリヒリとする、 いや違うか、 誰かに話したかったのだ、 あの、 あの瞬間、 私が見たアレを……


(……何だったんだろう、 あれ ……)


………


もう一度テレビを見れば、 衝突未遂の件は終わっていて、 次にヘリコプターで上空から見下ろした、 何やら黒ずんだ建物が目に入る、 テロップには、 『……世紀の惨劇からもうすぐ三ヶ月、 甘樹街(あまたつまち)の現状は……』とある……


あれは、 私も酷く驚いた、 ここから程近い甘樹街が気が付いたら街丸ごと廃墟になっていた、 意味が分からないし、 今でも謎が謎を呼ぶ珍事、 それからもう既に三ヶ月経とうとしているのかと、 ふと時の流れの速さを実感した……


この惨劇は、 多くの人から故郷を奪い、 大きな傷を作った、 今もまだ仮設住宅やホテル暮らしの人も居ると聞くし、 それでも生きて行くために新たな生活に身を置く人が多く居る


うちの小学校でもそうだ、 少なくともここ一、 二ヶ月で三十人以上の生徒が故郷を追われ転校して来て居る、 自分は今年の児童会長だ、 何だか大変で目まぐるしい事になってしまったが、 それでも出来ることに尽力して頑張って居るつもりだ


そう……


(……私が、 児童会長の私が、 『あの子』をなんとかしてみせる!)


……………………………………………



…………………



……


と


張り切って次の日、 登校してみたのだが……


「……はぁ」


愛美は小さく溜息を付いた、 朝礼前、 ランドセルを置いて席に付いた時だ、 張り切って来たが、 だからと言って隣のクラスの『あの子』の所にいきなり乗り込んで行く訳にも行かない、 しかしそう思うと一体どうやって接点を持てば良いのだろう


『あの子』も最近転校して来た子だし、 どうやら明るい子で直ぐに皆と仲良くなったみたいだが、 隣クラスとなればそう気軽には行かない…… と言うか、 自分があまり積極的じゃ無いだけだが、 活発な子はクラスを行き来してるし……


はぁ……


(……やっぱり、 私じゃダメかも)


何も始まっていないのに既に諦め始めている、 そんな自分に呆れている、 朝の会だってもうすぐ始まってしまう、 今日はもう、 ダメか……


そう思いながら時計を見た時、 一人の友達がこちらを覗き込んでいた、 同じクラスの親友、 景子(けいこ)ちゃんだ、 自分とは違ってハキハキした子で、 この子も色んなクラスに友達が居る子だ


「愛美ちゃん、 どったの? 朝から元気ないじゃん?」



「……あ、 いや、 別に」


ガラッ


不意に隣の椅子が引かれる、 もう一人の親友、 マイペースのふわふわとした可愛い子、 八依(やちよ)ちゃんが机に頬杖を付いてこちらを見る


「愛美ちゃん、 誤魔化したら嫌、 愛美ちゃん昨日の朝からずっと変…… 昨日の怖かった?」


っ…… 鋭い所がたまに怖い……


景子ちゃんが頷く


「怖かったよね! あ母さんにも心配されちゃって、 本当に何も無くて良かったよ~」


そう言って明るく笑う、 景子の勢いに紛れる様に……


「……そ、 そう、 私も同じ、 本当にぶつからなくて良かったけど、 そのやっぱり、 怖いと言うか……」


じっ……


喋りながら鋭い視線が横から刺さる、 八依が口を尖らせる……


「……やっちゃん? どうしたの?」


ん……


「それじゃない…… 景子ちゃん、愛美ちゃんがまた隠し事してる…… いつものやるよ」


!?


ふふっ、 景子が、 八依の言葉に笑う


「そっか~ 相変わらずやっちゃんには隠し事ができないねぇ~ ふっふっふっ、 愛美ちゃん? こちょこちょされる前に素直に吐いた方が楽だよ~」


ぅっ……


景子が手をわしわしとし始める……


「……いや、 本当に隠し事なんて……」


わしわし……


隣で八依も同じように手をわしわしとし始めた……


「景子ちゃん、 やるよっ!」



「ほい来たっ! 愛美ちゃんは脇の下が弱点だっ!」


ひっ


「やっ、 やめてぇえええ!!!」


ぎゃあああっ!!


ガシャンガシャンッ! ドォンッ! ……………


…………………………………



…………


その後は、 朝の会が始まってしまったので、 手を叩く先生に促されて二人は渋々自分の席に戻った、 一時間目の授業中、 国語の授業中に愛美はノートの端に昨日の事を纏めていた……


(……昨日、 あの衝突未遂の瞬間、 あの時、 景ちゃんや、 やっちゃんは見てなかったみたいだけど、 私は見てた……)


カッ、 カッカッ……


(……『あの子』、 あの瞬間、 隣のクラスの『あの子』が赤信号で飛び出した車に……)


腕を伸ばして、 人差し指を向け、 親指を立てた、 所謂、 鉄砲を打つ格好をしたのだ……


(……その直後、 車は急ブレーキを踏んで衝突を間逃れたみたいだった……)


これは考えすぎとか、 気のせいとか、 ただ単に偶然そんなタイミングだったとか、 そう思ってしまおうとしたけど、 でもそれだけじゃない、 自分は確信した……


(……『あの子』が、 何かをしたんだ、 何をしたかは分からないけど、 あの鉄砲の人差し指から何か力を出して車を止めた……)


バカバカしいとは思うけど、 でも見えたんだ……


(……あの瞬間、 赤信号で飛び出した車にまるで、 のしかかってた大きな黒いモヤが、 吹き飛んだみたいに消えたんだ、 その後ブレーキが踏まれたんだ)


自分には、 暗い、 まるで鎌を持った大きな死神の様な何かが車に張り付いて手綱を引いている様に見えた、 その後『あの子』が鉄砲を打って、 その黒い何かは跡形もなく消えた……


………………………


『あの子』に会わなきゃ、 会って話をするんだ、 彼女が他の人と少しでも違う様な子だとしても、 『あの子』がこの学校の生徒になったのなら……


(……私は、 おばあちゃんも通ったこの歴史有る小学校の、 丁度百年目の児童会長なんだからっ!)


ガッ!


『あの子』に………


カキカキっ


隣クラスの転校生、 『明山雪(あかやまゆき)』ちゃんにっ!


カキッ! パキンッ!


…………………………………………



…………


「明山雪って、 隣クラスの転校生?」


…………?


折れた鉛筆の芯が転がり、 遂に動きを止める、 声は、 朝同様、 またしても見下ろす景子の物だった……


あれ?


「えっ、 あっ、 ダメだよ景ちゃん、 授業中に席を立ったらっ………」


???


「……え? 一時間目終わったよ? 愛美ちゃん気が付かなかったの?」


…………へ?


周りを見渡すと教卓に先生は居ない、 クラスメイトもチラホラ席を立っている、 時計を見れば確かに知らぬ間に一限分が経って居るようだった……


「……愛美ちゃん大丈夫? ノートも教科書も開きっぱなしで、 全然動かないなって…… ノートも全然とって無いじゃん、 後で見せようか?」



「……具合悪いなら保健室行った方が良い」


すぐ隣で八依も心配そうに視線を合わせてきた、 ようやく掴めて来た状況に赤面する、 ノートを見れば余計な事が書かれた文字の羅列、 ただラクガキして一時間目が終わり、 終わった事にも気が付けなかったのだ……


ぅっ…………


だっ……


「……大丈夫 ……」


萎む様に小さく応えると、 景子と八依は顔を見合せた


「そっか、 でも何かあったら直ぐに言ってね ……それより、 明山雪ちゃんがどうしたの?」


ぁっ……


「……愛美ちゃんの図星顔から考えると、 多分この雪ちゃんが、 愛美ちゃんの悩みの原因……」


鋭い……


景子が顎に指を当てる


「凄く元気でいい子だけど? 何か嫌な事されたりした?」


!


首を横に勢い振る


「違うっ、 本当にそう言う事じゃ無くて、 ちょっと気になってるって言うか…… でもいきなり話し掛けたら迷惑かもだし……」


………


ぽんっ


景子が納得した様に手を叩く


「つまり、 友達になりたいって事?」


ぇっ………


「ぁっ、 ぇっと………」


いやしかし、 そう言われれば自分は彼女、 明山雪と話をしてどうしたかったのだろう? 見た事を素直に伝える? 仲良くもして無い私がいきなりズカズカやって来て? それを? ………


……無理だ、 やっぱり自分には ………


…………


「無理じゃないよ」


……?


八依が小さく言う、 顔を上げた自分と、 隣の景子も八依を見る、 八依の目は真っ直ぐこちらを見ていた


「……やっちゃん?」



「大丈夫だよ、 絶対に仲良くなれる ……だって愛美ちゃんは、 このクラスで一人の私に初めて声を掛けてくれた人だから」


そうだ、 八依も、 転校生なんだ、 もうずっとむかしから一緒に居るような気になってた、 彼女はマイペースだけど、 声が小さくて、 最初、 心が窮屈そうだった……


(……でも私は、 児童会長だから)


………


「理由は関係無いよ、 だって今、 愛美ちゃんと、 景子ちゃんと、 それにクラスの皆も、 先生も、 皆優しくて仲良くしてくれる…… 私、 今楽しいよ、 この気持ちの始まりは、 愛美ちゃんなの」


八依が愛美の手を取る


「……お願い、 私のこの気持ちを、 無い事にしないで……」


っ……………


どっ……………………


「ど、 どうして私の考えてる事が分かるの………」


?


「……分かんないけど? でもそんな顔してたから……」


……ははは


短く笑う私に、 景子が微笑む


「やっぱりやっちゃんには敵わないねぇ~ 特に愛美ちゃんは、 あははっ、 でも、 私も大丈夫だと思う、 と言うか協力するよ、 それに私も仲良くしてみたかったんだ~ 休み時間に一緒に隣のクラス行ってみようか?」


………うん


「そうだねっ、 ありがとう、 やっちゃんも、 景ちゃんも、 二時間目が終わったら一緒に行こうね?」


二人が頷く、 そこで先生が戻って来て手を叩く、 二人は手を振ると席に戻って行った、 それからようやく愛美は一時間目の教科書とノートを引き出しにしまうと、 いそいそと二時間目、 算数の教科書を出したのだった


………………………………………



………………………



……


「それじゃあ、 愛美ちゃん、 やっちゃん、 またね~」


景子の家へと続く住宅区画の路地の前で彼女が手を振る


「うん、 景ちゃん、 また明日ねっ」



「景子ちゃん、 また明日~」


遠ざかる景子を、 愛美と、 八依は手を振って見送った、 三人とも家の方向は同じで、 比較的に近いのだが、 景子が最も手前で別れるのだ……


「……ねぇ愛美ちゃん? そう言えばどうして急に明山雪ちゃんと仲良くしたいって思ったの?」


っ……


少し躊躇う、 今日の事だ、 結局二時間目後の中休み、 三人で隣のクラスに向かったのだが、 彼女は居なかった、 どうやらもう既に校庭に遊びに行ったらしい、 男子に混ざってケイドロをするらしい、 この対して長くない時間の中で活発な物だ……


『……え? 無理無理、 教室の中でもこんなに暑いんだよ? 外に出たら溶けるよ!』


景子の言葉には全く同感だった、 真夏程でこそ勿論無いが、 この日の残暑は夏を思い出す程日差しは鋭かった、 仕方なく教室で二人と話をしながら帰りを待ったが、 グループが隣クラスに帰ってきたのは授業開始直前で、 とても訪ねには行けなかった……


……午後、 お昼休み、 正直自分は余り時間が無かった、 児童会の仕事で資料を作らなくてはならなかったからだ、 しかし、 実はそこが最もチャンスだった……


何故なら、 すれ違い、 話をしたのだ、 しかし、 上手くなかった、 児童会主任の先生に話を聞くために職員室へ向かおうと教室を出た時、 正面から少女が走り向かって来たのだ


しかし、 この時の自分は完全に児童会長だった……


タッタッ! その足音に自分は……


『……あっ、 廊下は走ったら危ないよ!』


こう言った…… その時初めて自分はその子が件の明山雪だと言うことに気が付いたのだが………


彼女は足を止めず横目で振り返ると……


ははっ!


『はぁ~いっ♪ 気を付けるねっ!』


とても可愛らしい笑顔で言葉に詰まる、 しかしその隙に彼女は既に駆け遠ざかっていた……


全く、 せめて素直に足を止めてくれたら………


……放課後、 恐らく彼女の家は、 自分の家と違う方向の仮設住宅だ、 まあつまり、 結局今日、 彼女とまともに話ができなかったのだが…………


……………………………


「……やっちゃんは、 昨日の事故未遂の時、 少し離れた所に、 あの子、 明山雪ちゃんがいた事に気が付いた?」


………?


八依はこてんと首を傾げた


「居たの? 気が付かなかった、 でもみんな通る通学路だし、 学校の傍だし、 居ても全然変じゃ無いけど…… それがどうきっかけになったの?」


………うん


「あ…… 凄く、 驚いてたみたいだったの、 結構、 私達よりも傍に居たみたいだから、 だから、 心配だと思ったの、 それでね声を掛けたいと思ったんだけど……」


また、 自分は誤魔化している…… チラリ、 横目で八依を見ると、 彼女の顔は何を考えているかは分からないが、 これも見破られて居そうだ……


「……今日お昼にすれ違って、 あの子廊下を走ってたから、 実は危ないよって声を掛けたの、 でも笑ってそのまま走って行っちゃって、 もう、 ぜんぜん分かって無いんだから……」


でも……


「まあ、 元気そうだったし…… 大丈夫かな……」


愛美の心には、 既に諦めが湧いていた、 自分は何時だってそうだ、 自分でも細かい所に目が向くと思うが、 残念な事に気がついても行動が出来ない、 自分の行動が決定的に何かを変えて仕舞わないかと不安になる……


……今日話しかけられなかった、 明日になればもっと気持ち的に難易度が上がる、 言い訳の様な理由だが、 やはり話を切り出すとしたならあの事故未遂だ、 しかし時が経てば、 彼女、 明山雪はまるでそんな事を忘れてしまうかも


何故二日も経って、 今更とか、 思われるかも知れない、 だから、 今日話し掛けられ無かったなら、 諦めるしかない、 諦めと同時に否定する、 あの瞬間に見た奇妙な光景は、 幻覚だったと切り捨てる……


あの子は何処にでもいる普通の子で、 自分が何か彼女にしてあげる事は、 何一つとして無いのだと……


………………………


「愛美ちゃん」


……?


八依の声に思考の沼から引きずり出される、 そう言えば彼女は終始何も言わずに話を聞いてくれていた、 とぼけた顔をしたと思う、 そんな顔で八依を見る


「家、 着いたよ?」


?


周りを見ればよく見慣れた景色、 自分の家の玄関へと続く庭がすぐ横に見えた、 母の乗る軽自動車が止まっているのが見えた……


あっ


「ごっ、 ごめん、 ぼーっとしてた、 あはは……」


笑って誤魔化して、 逃げる様に、 ひらひらと彼女に振ろうとして、 持ち上げた手……


スッ………


っ


八依がその手を取る、 彼女の目が、 自分の深く内側に刺すように見詰める、 思わず息を飲む程に彼女の目は綺麗だ………


「愛美ちゃん、 大丈夫、 明日こそ絶対に明山雪ちゃんに話掛けようっ、 愛美ちゃんはひとりじゃない、 私も、 景子ちゃんも居る、 絶対に大丈夫だよっ」


ぁっ……


彼女の言葉は、 不思議だ、 明るいし温かい……


八依の手が離れる……


「だから、 また明日ね、 愛美ちゃんっ」


彼女がどこかイタズラ気味に笑う、 愛美は不思議と落ち着いた心で頷いた


「うん、 ありがとうっ、 またね、 やっちゃんっ!」


振り返って小さく手を振った八依を見送って、 愛美は自宅の庭、 玄関に続く飛び石を蹴る、 迎えるいつも道理変わらぬ優しい母の声を聞いて、 愛美は明日に向けてもう一度決意を固めた………


……………………………………………



……………………



……その晩は寝苦しかった、 昼間の熱が家に籠り蒸した様な肌暑さがあったからだろうか、 きっちり終えた宿題をランドセルに仕舞い、 早めに着いた床……


暗い部屋、 下の階からはまだ、 父や母、 兄の出す生活音が何処か耳に届いて、 これを聴きながら眠るのは安心する、 私は、 安心して目を閉じる……


………………


ガッ…… ガッ……… ガッ…………


遠くで音が聞こえる、 父のか、 母のか、 兄のか……


ギィッ……………


その内それが足音に聞こえて、 よく知る階段の踊り場が鳴く、 随分ゆったりとした足音で、 何だか不快な程に鼓膜の中で、 まるでガラスを引っ掻く様な音を最後に引きずる様に残して消えていく……


妙に、 妙に不安で………


体が、 動かない、 これは…… 金縛り……………………


………今晩は、 何だか眠れない ………

こんにちは! 作者のおきみやです! 夏と言えばホラー! 小説家になろうさんにも夏が来た! 夏のホラーテーマ参加させてもらいます!


今回の話は、 自分が以前執筆していた代表作の『天閣の祝詞』(以下略)の後日談、 スピンオフ作品第二弾となっております! 春の仕事テーマでは『宮廷魔術師の後始末(おしごと)』を投稿しまして、 それに続くスピンオフ作品第二弾となります!


今回の作品は、 異世界側視点の『宮廷魔術師の後始末』とはうって変わって、 甘樹街側の視点のお話となります。


後日談とはいえ、 本編の『天閣の祝詞』を読まなくても十分楽しめる作品となっていますので、 『宮廷魔術師の後始末』と、 また、 本編『天閣の祝詞』を読んで頂けたらこの上の無い程感激で、 勿論スピンオフ作品をより楽しめますので、 合わせて、 今回、 『黒と灰色に差す白線の軌跡。 はたまた、 私の前に現れた、 彼女はまさに白雪の奇跡。』も楽しんで頂けたら幸いです。

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