表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リムソンライフ  作者: エッグ・ティーマン
1/35

運び屋バディダ

 2016年 アメリカ共和国 リムソンシティ

 「よし、ここだな。」「ああ、ここのはずだ。」

 二人のキューバ人の男が目の前の診療所の扉を見つめている。彼らは緊張した面持ちだが、顔を見合わせると、意を決して中に入った。

 

 受付の看護師が「ああ、見ない方ね・・・どうされたのかしら?」と愛想よく尋ねた。「ああ、ドクターにこれを・・・」がっしりした体格で無精ひげを生やしたほうの男が答え、一枚の紙を手渡す。その紙には王冠を被って両腕に蛇を巻き付けた虎が描かれている。それを見た看護師の顔に一瞬緊張感が走るが、次の瞬間笑顔に戻っていた。「ええ、ありがとう。渡しておくわ。」


 「よし。裏に回ろう。」細身で日に焼けた男が言い、車の運転席に乗り込む。彼の隣に無精ひげの男がどっかりと座った。彼は診療所の駐車場から車を出し、裏の空き地に回した。

 空き地では、人相の悪い二人の男が待っていた。その男たちはキューバ人二人が下りると、銃を突き付けて言う。「武器は禁止だ。出してもらおう。」男二人は唾を飲み込み、武器を地面に落とした。すると先ほどの看護師が現れて武器を回収する。「よし。来い。」人相の悪い男二人に挟まれるようにして、キューバ人二人は裏口から入った。


 ダニエル外科医は新たな運び屋二人を眺めた。「長い旅ご苦労さんだったね。さてと・・・じゃあはじめるぞ。」彼は二人の運び屋に対して、二つの手術台を示した。

 ダニエルは表向きはリムソンシティで最も有名な外科医であったが、裏の顔は麻薬の売人達の頭目だ。麻薬の仕入れは彼自らが担当する。今回はメキシコのカルテルがキューバの難民を使って麻薬を届けてくれた。そのカルテルの連中はアメリカ共和国に難民を不法入国させる代わりに彼らを麻薬の売人に使っている。

 この二人のキューバ人は麻薬を入れた容器を腹の中に入れられている。腹を切開してそれらを取り出すのが彼の仕事だ。


 正面玄関からロシア人三人が入って来た。小柄な二人は黒スーツ、ボクサーのような体格の一人は赤と紺色のジャージ姿だ。「あらどうも・・・」愛想笑いを顔に張り付けて応対した看護師だったが、その顔の笑顔がひきつる。なぜなら、黒スーツの二人の男がピストルを向けていたからだ。


 「よし・・・あんたから始めるぜ。」ダニエルは助手の看護師に手術道具のしたくをさせると、がっしりした男の手術を始めた。

 細身の男、バディダは震えて顔をそむけている。この次は彼の番だ。


 静まり返る待合室の中で、ジャージ姿のロシア人は言う。「姉ちゃん、あんたのボスのところの俺らを案内しな。」「は、はい・・」看護師は両手を上げながら進む。黒スーツの男のうちの一人が看護師の背中にピストルを押し付けて進み、ジャージ姿の男がその後をついていく。残った男は待合室にいる不安げな患者を見回しながら銃口を向ける。「騒ぐなよ。」


 バディダは肉がさける嫌な音と血の臭いに顔をしかめる。ダニエルは淡々と手術を続ける。「三個目回収した。」「はい。取って置きます。」「ああ、次、四個目!」「はい、預かります。」

 いきなり扉が開く。「おい、今は手術中だぞ。また後にしてくれ、エリザベス!それにお前の仕事はパークが診療する患者を・・・」しかし看護婦のエリザベスの頭部がいきなり吹き飛ぶ。後ろからスーツを血に染めて、小柄なロシア人が現れた。「よお、先生、ベドラスキーという男を覚えているかな?」と言いながらジャージ姿のロシア人が入ってくる。「クソ!奴にバレたか・・・・」ダニエルは舌打ちをした。

 バディダは何事かと思って顔を向け、絶句した。相棒の腹が切り開かれている様子。そして床に飛び散る脳髄と看護師の死体。血まみれの小柄なロシア人とダニエルにピストルを突き付けるジャージ姿の大柄なロシア人。ダニエルはひきつった笑いを浮かべながら対応する。「ベドラスキーさんですか?忘れるわけないじゃないですか!何しろこの診療所を・・・」「そうだ!あの方は当時は医学部の落ちこぼれだったあんたを救ったんだ!だが、あんたはあの方を裏切っただろう?」「いえ、何のことか・・・」「お前なら、もっと多くの上納金を支払えるはずだ。あんたは横領してるぜ。」ジャージ姿の男はダニエルの襟元をつかんだ。しかしダニエル冷や汗を流しながら説得を続ける。「ああ・・・横領ではございません・・・その・・・私にも事情がありましてね・・・」「そんなのしったこっちゃねえぜ!」ジャージ姿の男はダニエルを壁に叩きつけた。「ベドラスキー様は俺に言った。確実に、お前を、殺せとな!俺はお前を殺すために乗り込んだんだ。覚悟しな!」ジャージ姿の男はふらふらしながら立ち上がるダニエルにピストルを向け、引き金に指をかけた。だが、その時手術をしていた助手が止めた。「お待ちください!お詫びに差し上げる物があります。あなたのボスはそれを気に入るでしょう。」

 バディダは混乱しながらも、大人しく横たわっていた。あまりにも急展開で脳の処理が追い付かない。

 「おい、待ってくれ・・・リンダ、それだけは・・・」「しかし先生、ベドラスキーさんに納得してもらうにはあれを渡すしかありませんよ。」リンダはそう言いながら大柄なロシア人の前に両手を上げて立つ。ロシア人は溜息をついてピストルを下ろし、「案内しろ。」と言う。リンダは両手を上げたまま二人のロシア人の後を連れて手術室を出て行く。「クソ!」と叫んだダニエルは、足音荒くその後を追いかけた。

 バディダは身を起こした。そして、手術室の惨状を見て頭痛がした。彼の妻子の様子と重なる。


 バディダが帰宅すると妻子が倒れていた。妻は生まれたばかりの赤ん坊を抱きながらソファに横たわる。ソファは血でぐっしょりと濡れていた。赤ん坊も死んでいた。見た目はただの肉塊だ。顔は吹き飛び、四肢は千切れている。

 そして奥の部屋から話声。「くそ!デモクラシージャーナルのデの字も出て来やしねえ。」「だが、奴は確実にあの反乱分子どもの一員だぞ。」バディダは氷のように冷たい妻の顔にキスをすると、妻が首にかけていたペンダントを取って逃げ出した。


 バディダは故郷での悲劇的な出来事がフラッシュバックして、叫び声を上げると裏口に走って向かう。

 即座に車に乗り込んだ。相棒のことは頭にない。とにかく逃げよう。過去から、現在から・・・未来を見据えるんだ。


 今、バディダはファストフード店のサンドイッチを食べながら車の運転席で泣いていた。

 取返しのつかないことをしてしまった。一時の気の迷いで逃げ出した。そして、今戻ったらどうなってしまうだろう。あのロシア人に八つ裂きにされるのだろうか?ダニエルにメスでバラバラにされるだろうか?そして相棒に死ぬまで殴られるだろうか?

 その目にファストフード店の看板の下の文字が入った。{清掃員募集中!身分証・履歴書不要!簡単な面接のみで採用です!}

 バディダは気が付くとその店にもう一回入っていた。店員が声をかけてくる。「お客様・・・商品のお間違えでもありましたでしょうか?」「いいえ、店長さんに用事が・・・」



二週間後 場所不明 とある豪邸の中

 白いスーツの男に向かって、暖炉の前の肘掛椅子の老人はメキシコの言語で声をかける。「あのうすのろキューバ人は始末したか?」すると白いスーツを着た初老の男が答える。「ええ。死体の処理もコーダ兄弟にやらせました。」「そうか・・・コーダ兄弟といえばな、少し用事があるんだ。呼んできてくれ。」


 白いスーツの男が出て行くと、部屋の隅にある螺旋階段から赤い派手なドレスを纏った金髪の美女が下りてきた。老人は軽く笑い、女は「ご主人様」と一礼すると老人の座っている椅子の隣に立つ。

老人は女の胸に指を這わせながら女の手を取り、暖炉の上にある拳銃を取って握らせる。「あんたの華麗な動きを見せてくれ。」「お任せください、フアレス様。」

 

 「フアレス様、ご無沙汰しておりました。」「ああ、ご苦労さん。」「あっし達にご命令があるとか・・・」「ああ。実は処理して欲しい死体があるんだよ。」「へい。」コーダ兄弟の片割れがそう答えた直後、女が拳銃を掲げて・・・白スーツの男を撃った。唖然とするコーダ兄弟に対してフアレスは「死体を片付けろ。」と冷淡な口調で命令した。

 女は拳銃をフアレスに返した。「フアレス様、次のご命令を。」「ふむ。確か逃げ出したほうのキューバ人は殺せていないよな。」「ええ。リムソンシティに潜伏しているとみられます。」「そうだな・・・リムソンシティのあんたの同業者に片っ端から電話しろ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ