厄介な客
2016年 アメリカ共和国 リムソンシティ ファストフード店「ジョイキッチン」
ぶくぶくに太った男がサングラスの下の濁った眼でバディダを見つめる。「俺の店のバイトとして働きたい奴は何か事情があるんだ。お前さんもか?」「ええ。」「ふーん・・・」男は白髪をかきむしりながら考えこむ。バディダは祈るような顔でそれを見つめている。
数分後に男は突然口を開く。「採用だ。店長のバークだ。」「ありがとうございます!バディダです。」「ああ。さあ、その薄汚い服では客足が遠のく、いくら清掃員といえどな。作業着を着ろ。今から倉庫に案内する。」「え?」「なんだ?文句あんのか?」男はバディダをねめつけるように見る。「・・・いえ。ただ、今日から働くとは思っておらず・・・」「人手不足なんだ。働いてもらうぞ。」
バディダは今、厨房の清掃をしていた。
厨房の中は汚れているが、バークによると業務終わりの通常の光景らしい。
床に飛び散ったソースとつぶれたトマトをモップで回収する。流しの前に落ちているピザ一切れを拾い上げて食料用ゴミ袋に突っ込んだ後床のチーズを拭きとる。
「よお、新人さんかい?」野太い声と共にエプロンを付けた大柄の老人が厨房に入って来た。「ああ、清掃員のバディダです。」「厨房リーダーのジミーだ。」と言うと老人は作業台の上に積みあがった皿を次々と業務用食洗器の中に突っ込む。それが終わると壁の棚から汚い布切れと粉洗剤の容器を取った。洗剤を机の上にぶちまけ、布で拭いているようだ。
「今日の賄いだ。」老人は冷蔵庫を開けると、コーラの瓶二本と冷凍されたハンバーグとライスボール、袋に入ったレトルトのカレーを取り出した。「ハンバーグはオーブントースターを使って好みの温度で焼け。カレーとライスボールもレンジで温めろ。私は帰るが、お前には客席とトイレの掃除が仕事として残っているからな。それと、用心棒のボビーにはきちんと挨拶しとけよ。お前のような体格じゃ、彼がいないと明日の朝には死んでるからな。」バディダは笑ったが、老人の顔は本気だ。
用心棒のボブはランニングシャツを身に着けた筋肉質の男で、磨きこまれた金色のベルトには拳銃が差してある。手には常に木製のバッドを持っている。片目がつぶれており、眼帯をしていた。
しかしそのいかつい見た目に反して彼は気さくだ。「バディダっていうんだな。ボブ・マートンだ。」賄いのハンバーガーを大口を開けて食べながらボブは話しかけてきた。「ええ。よろしくお願いします。」「どこから来た?」「ええと・・・」「言いたくないならいいが、俺はエジプトからだ。今移民局に追われてるがな。」「ああ・・・僕は・・・・キューバです。」「ほうほう、キューバか・・・よろしくな。」
翌日
店員たちは客の数が少ないにも関わらず、大慌てで働いている。彼らの要領が悪いのだ。店長のいう「人手不足」はこの要領の悪さでそう感じるだけだろうとバディダは思った。
とある店員は冷凍のピザ生地を取り出し、大慌てでチーズや冷凍トマト、冷凍バジルなどを乗せる。材料の一部が机に零れ落ちても気にせず、即座に鉄の板に乗せてオーブンに突っ込む。別の店員はホットドッグを紙に包んでいるが、手が不器用なため何度も包みなおしている。その後ろではバイトの青年がガラス製のコップををテーブルの上にドン、と置いてメロンソーダを瓶から注いでいるが、かなりの量が溢れてしまう。
バディダは体の節々の痛みに耐えながら客が去ったテーブルの上と椅子を拭いている。
昨日はとりあえず車を怪しげな解体業者たちに売りはらい、店に戻って客席で朝まで寝た。
その後ボブに叩き起こされて起き、従業員用のシャワー室でシャワーを浴びたあと新しい作業服を着て業務を開始した。
いきなり厨房の奥の事務室のドアが開いてバークが出てきた。眉間に皺が刻まれている。彼は客がいるにも関わらず荒っぽく厨房のドアを開け、店の入り口から外に出た。「クソ!キッチンカーの半グレどもめ・・・・」
彼が見ている向かい側の空き地にキッチンカーが停まっていた。「コーヒーとサンドイッチいかがですかい?ハンバーガーとアイスもありますよ!」キッチンカーの前でモヒカン髪を青に染め、派手な入れ墨で顔を埋め尽くした青年が声を張り上げる。キッチンカーの中ではダメージジーンズと鼻ピアスを付けたピンク髪の女と無精ひげを生やした小太りの男が働いている。
その異質な見た目にも関わらず、キッチンカーの前には長蛇の列ができている。
「売人どもめ・・・」バークは恐ろしい形相でキッチンカーを睨みつけた。「姑息な手を使いおって・・・」そうつぶやくと彼はスタスタと事務室に戻った。
休憩の後、バディダは再び机と椅子の掃除を開始した。退屈極まりない仕事だったが、それで生活できるなら安いものだ。
いきなり「おい、清掃員さんよ、そこどいてくれるかい?」と横柄な口調で声がかかる。顔を上げたバディダは思わず口を開けてしまった。先ほど向かい側のキッチンカーの中にいた無精ひげの男だ。「おい、何見てるんだよ。さっさとどけや!」いきなり青のモヒカン髪の男が怒鳴りつけてきた。バディダは慌てて席を離れた。「やっぱここの店はひどいわね。気の利かない清掃員がお出迎えとはね。」女が大声で言い、男二人が笑う。「メニューの写真も見栄えが悪いねえ・・・」モヒカン男が嫌味ったらしく言いながら、「おい!」と横柄な態度で店員を呼びつけた。
厨房で、シェフが店員を呼んだ客を見て目を見開く。「奴らか・・・おい、トミー、すまねえがキッチンカーの奴らが店に来てることを店長に伝えてきてくれ。」「へい!」冷凍ナゲットをフライヤーに投げ込みながら三角髭の青年が返事をし、事務室に入っていった。
バディダはいましがた会計をすませた客のテーブルを掃除していた。例の三人はじろじろバディダのほうを見てくる。そして冷ややかに笑う。
その時、「すみません、お客様。」と野太い声がしてボブが姿を見せた。手にはこん棒を持っている。「おいおい、お前さん、なんだよそのコスプレは?」無精ひげの男が言い、女が耳障りな甲高い声で笑いだす。「この店はコスプレイヤーも雇うのかよ。エンタメ性を狙ってるんだろうが、面白くないぜ。むしろ・・・」「失敗してるわね。」「そうだ、その言い回しが一番いいだろうな!ハハハハハ・・」次の瞬間、ボブはバッドを振り上げたと思うと机の上に振り下ろした。乗っていたピザと水入りのグラスが落ちる。ガラスの割れる音が店中に響く。「おい。貴様・・・」ピストルを取り出しかけた青モヒカンの顔にバッドが下ろされ、鈍い音がする。青モヒカンは血を吐いて倒れる。ボブはバッドをもう一度振り上げ、女の足に直撃させる。女は黄色い悲鳴を上げた。「代金はもらわん、出ていけ!それから他のお客様に申し上げます。この連中は向かい側の広場にキッチンカーを置いていますが、彼らの本業は麻薬の売人です。そして彼らは収益を伸ばすために売り物に薬物を混ぜています。危険ですので、買わないように。」「クソ!なぜそのことを・・・」無精ひげがそういいかけたが、ボブの「いいから失せやがれ!」との怒鳴り声と彼の手に握られたピストルを見て「覚えてやがれよ・・・」と言いながら、青モヒカンをかついで女を引っ張って出て行く。「お騒がせいたしました。引き続き食事をお楽しみ下さい。」とボブ。客は平然と食事を続ける。どうやらリムソンシティの住民はこのようなトラブルには慣れているようだ。
同日 夜
バディダは昨日以上に汚い厨房を見て、溜息をもらしながらも掃除をする。油とホイップクリームとケチャップ、そして残飯用のゴミ箱から漂う臭いが独特な香りを作り出していた。床も机の上も流しもべとべとに汚れている。
ボブが顔を上げた。入り口の扉を叩いている者がいた。サングラスをかけ、整えた口ひげを生やした巻き毛の青年だ。後ろには同じような服装の初老の男二人が従っていた。後ろの男たちは用心棒らしく、ピストルを握っている。「申し訳ありませんが今は店は閉めている時間でしてね・・・」とのボブの言葉を遮り、青年は無表情で言う。「あなた方の店の向かい側でキッチンカーを出している売人どもが今日この店を訪れたそうですね。」ボブも無表情で対抗する。「ええ。いらっしゃいましたが・・・それがどうかされましたか?」すると青年は少し笑みを浮かべながら、「いや、なんでもないですよ。ただね、あなたのボスにこれだけは伝えていただきたい。」と言って青年はボブに顔を近づける。「私はあのキッチンカーを購入しました。キッチンカーの従業員達はケチな麻薬の売人ですが、私は彼らの成長を応援しています。彼らは私に麻薬取引で得た収益の一部をくれるので、応援しているのです。」ボブは表情一つ変えずに言う。「伝えておきます。」青年は再び笑うと、「あと、この名刺もお渡しください。私、実はとあるホストクラブを経営しておりまして、そちらのほうの電話番号です。折り返しのご連絡をお待ちしております。」と言って名刺をボブに渡した。
翌日 朝 ジョイキッチン
店長は渡された名刺を見て、すぐに顔が青ざめる。「クソ・・・」彼はそうつぶやくとボブにバディダを呼んだあと休憩を取るように命じた。
バディダが入室すると、汗を拭いて体を震わせながら店長が昨日ボブが受け取った名刺を見せてくる。「ミスター・サイラスはリムソンシティのホスト王だ。」「ほう・・・」いきなり始まった話に戸惑いながらバディダは先を促す。「ふむ・・・」店長は汗を拭いて続ける。「だがそれは表向きの姿にすぎない。」店長はかなり焦っているようで、早口で続ける。「サイラスの経営するホストクラブの裏に、カジノバー付きのモーテルがある。名義上は違う人物がオーナーだが、恐らく彼が経営している。そのカジノバーには柄の悪い連中が出入りしている。前科者や麻薬の密売人、ストリートギャングの構成員、そして殺し屋もだ。」バディダはぞっとした。昨日店を訪れたあの青年は恐ろしいやくざ者であるようだ。
しかし次の店長の言葉に、さらなる衝撃を受けた。「サイラスの支援を受けた連中に危害を加えたボブを引き渡せば、サイラスは関わらないでいてくれるだろう。」「つ、つまり・・・サイラスにボブを引き渡す・・・」「ああ。」店長は興奮で息を切らしながら引き出しを開けた。「今からサイラスに電話をする。今夜ここに来る約束を取り付ける。彼がここに来たらボブに応対させろ。ボブが背中を向けたら奴の首筋にこれを当てるんだ。」そう言ってサイラスは引き出しからスタンガンを取り出したのだった。
同日 夜 ジョイキッチン
バディダはこれから自分が気絶させる予定の大男の隣で賄いを食べていた。「おい、大丈夫か?具合が悪いように見えるぞ。」とボブはバディダに声をかける。バディダは「ええ・・・その、実はお腹が少し痛むんです。」と言ってトイレに行く。
バディダは震えていた。これからあの親切な用心棒を残酷極まりない連中に引き渡すのだ。
ボブは顔をしかめた。またホストのチンピラがやって来た。「いらっしゃいませ。あいにく今バークはおりませんが・・・」サイラスはボブが閉めかけた戸に足を突っ込んで入って来た。「ああ、それは不思議ですね。バークさんから、今夜私にお渡ししたいものがあると聞いたんですけどね。」そういう彼の手にはピストルが握られている。
バディダは深呼吸し、目の前にある大男の首筋にスタンガンを振り下ろした。
サイラスは倒れたボブと、その後ろで震えながらスタンガンを握りしめるバディダを見て満足そうに頷いた。「渡したいものはこの男のようだぜ。」と後ろに控える用心棒二人に向かってサイラスは言う。用心棒二人は冷笑を浮かべながら倒れたボブを担ぎ上げた。サイラスが落ちたバッドを拾う。「あなたのボスにお伝えください、これで全ての問題は片付いたとね。」と言いながらサイラスは車に乗り込んだ。
二日前 リムソンシティ ダニエル診療所
ロシア人の殺し屋の前に、ダニエルは金の詰まった封筒を五つと麻薬の入った小袋を六つ差し出した。殺し屋は頷き、中身を確認した。「OKだ。これでお前は命拾いした。寛大なペドラスキー様に感謝するんだな。」と言い、立ち上がった殺し屋は部下に封筒と袋を持たせ、裏口に向かう。
裏口側に停められた車の助手席に乗り込んだ殺し屋は運転係に発進命令を出すと携帯を手に取って何者かに電話を掛ける。数秒後、相手が出たようだ。「ああ、俺だ。あんたのボスの依頼を受けることにしたよ。キューバ人を見つけて必ず始末する。」




