終幕 天渡し際・御魂送りの儀
夕日の茜色を反射して、刃が踊る。
八月十六日、界境の大岩の前に組まれた神楽舞台の上で月下さんが舞っていた。
御魂渡しの儀の時に泉美ちゃんが扇子と神楽鈴を使っていたのに対して、御魂送りの儀では扇子と刀を使うらしい。
「姉さま……」
一緒に月下さんの舞を見ていた泉美ちゃんの口から、ため息にも似た呟きがもれる。
その表情はうっとりととろけ、完全に月下さんに見惚れている。月下さんの舞が始まってからの彼女はずっとこんな調子だ。
結局、泉美ちゃんは圭をふった。何でも、圭の腕の傷痕を見て自分を助けてくれた恩人ではないかと思い。それを確かめるためにデートを承諾したんだそうだ。
安心したが、ぼくも泉美ちゃんも圭には悪い事をしたと言う気持ちが残った。でも、泉美ちゃんだけはいくら圭でも譲れない。
そんな事を考えているうちに、界境の大岩が淡く輝き、黄泉美の国への扉が開いた。
鎮守の森でこの日を待ちわびていた魂達、そして、祖先の元へと帰っていた魂達が、月下さんの舞いに送られて黄泉の国へと旅立って行く。
蛍のような緑の燐光をまとった魂の流れ。それは、さながら地上に下りた天の川のみたいで幻想的だった。幽霊の苦手な泉美ちゃんが、思わずため息を漏らしてしまうほどに。
月下さんの舞が終わり、魂の川が全て大鳥居の向こうに消えた後も、ぼく達はしばらく感動の余韻に浸っていた。
「姉さま、素敵でした」
「うん、本当に」
泉美ちゃんが漏らした呟きに、ぼくは界境の大岩に向けたままだった視線を彼女に戻す。
「姉さまは私の自慢です!」
熱を持った口調とは裏腹に、月下さんが下りた神楽舞台に注がれる泉美ちゃんの瞳は静かで、どこか悲しそうに沈んでいた。
「泉美ちゃん?」
「本当に、姉さまはすごいです。それに比べて、私は全然ダメダメです。御魂渡しも失敗しちゃうし、命さんにだってあんなにいっぱい怪我させちゃうし……」
ぼくも月下さん達もそんなに気にしなくて良いと言っているのに、泉美ちゃんはまだあの事を気にしているらしい。
「大丈夫だって。怪我のことなんか気にしてないし。舞の事だって、ぼくを見るまでは完璧だったって、月下さんも言ってくれてるんだから」
そう言って、ぼくは今にも泣きそうな顔をした泉美ちゃんの頭に手をのせる。
「命さん、でも……」
「ほら、しょげない。月下さんが嘘や気休めでそんな事言う人じゃないって事は、ぼくよりも泉美ちゃんの方がよく分かってるでしょう?」
泉美ちゃんの頭にのせた手をゆっくりと動かして、出来るだけ優しく撫でる。狐耳の柔らかい感触と、サラサラとした癖のない髪の毛の感触は触っていて気持ちいい。
「だからそんな顔しないで。笑って、泉美ちゃん。言ったじゃないか、ぼくは君に笑顔でいてほしいって」
「命さん……」
ぼくの名前を呼んだ泉美ちゃんは、一筋だけこぼれてしまった涙を拭うと「はいっ!」っと言ってぼくに笑顔を見せてくれた。
あぁ、やっぱり泉美ちゃんには涙よりも笑顔がよく似合う。
まだ少し無理をしているみたいだけど、それでも笑ってくれた泉美ちゃんが無性に愛おしく感じる。
照れくさくなって彼女から視線をずらすと、広場に立ち並ぶ出店が目に入った。御魂送りの儀が終わっても、まだお祭り自体が終わった訳ではないらしい。
そこには、泉美ちゃんを笑顔に出来そうなものが沢山ある。
「さ、行こう泉美ちゃん。祭りはまだ終わってないよ」
「あっ、命さん!」
驚いている泉美ちゃんの手を取って駆け出す。少々強引に繋いだ手を、それでも泉美ちゃんはしっかりと握り返してくれた。
繋いだ手のひらが熱い、心臓がとくとくと早鐘を打つ。
月下さんの舞を見に詰め寄った妖かし達の間を掻き分けながら、ぼくは泉美ちゃんへと視線を滑らせた。
あの日、ぼくに夢をくれた少女は。あの日ぼくが夢見た以上に眩い笑顔で、幸せそうに微笑んでくれていた。
これにて完結です。ここまで読んでいただけた方、いかがだったでしょうか?
落選したとはいえ、書いた当人としては結構気に入ってる作品なので、楽しんでいただけたのなら幸いです。




