第71話 言葉を交わして
グレイと心を通わせてから——しばらく後。
ある日。彼が——ひそかに、一通のことづてを——運んできた。
「ルキウス殿。——陛下から——お言葉が、ございます」
(——陛下から)
ワタシの胸が——跳ねた。
囚われの王。——あの玉座の——孤独な御方が。ワタシに——言葉を。
*
グレイが慎重に伝えた、王の言葉は——問いだった。
「『そなたは——なにゆえ、奴隷を救う。——何の見返りもなく、危険を冒してまで。——なぜ、そのようなことを、する』」
(——っ)
それは——王が、ワタシの本気を——試そうとする問いだった。
無理もない。千年、裏切られ続けてきた王。軽々しく、信じることなど、できないはずだ。
ワタシは——グレイに、自分の言葉を——託した。
「『見返りは、いりません。——ただ、鎖につながれた人を見ると、放っておけない。それだけです。——人は誰も、物ではない。生まれで値打ちが決まるなんて、おかしい。ワタシは——そう、思うのです』」
*
数日後——また、ことづてが届いた。
「『青いな』と——陛下は、仰せです」
グレイは——少し、言いにくそうに続けた。
「『生まれで、すべてが決まる。それが——この世の理だ。千年、変わらなかった。——変えようなど、思い上がりだ。そなたは——いずれ、潰される』——と」
(——王、よ)
ワタシは——その言葉の奥に——王の、深い諦めを——感じ取った。
それは——突き放す言葉では、なかった。むしろ——自分自身に、言い聞かせてきた言葉。「期待するな」「変わらない」と。——そう思い込むことで、絶望に耐えてきた。その痛みが——にじんでいた。
ワタシは——静かに、返した。
「『確かに、ワタシは——潰されるかもしれません。でも——もう、一人ではありません。同じ思いを抱く仲間が、大勢います。一人が倒れても、次が立つ。その灯は、もう——消えないんです』」
「『そして——変わらないものなど、ありません。千年、変わらなかったのは——変えようとする声が、その都度、握り潰されてきたから。声を上げた人は、いたんです。ずっと。——なら、今度は。握り潰せないほど、大きなうねりにすればいい。ワタシは——変えてみせます。たとえ——時間が、かかっても』」
*
グレイは——その言葉を、王に伝えたという。
しばらく——返事は、なかった。
ワタシは——思った。
突き放されただろうか。——それとも、届いただろうか。あの、凍りついた御心に。
数日後——グレイが、少し声を震わせて——告げた。
「陛下は——わしの前で——涙を、流されました」
(——っ)
「『余も、昔は、そう思っていた』と。『この国を変えたいと——願っていた』と。——『だが、余は諦めた。なのに、この者は——まだ、諦めていない』。——そう仰って」
ワタシの胸が——締めつけられた。
諦めた王。——諦めていない、ワタシ。その対比が、王の——凍てついた心を——揺さぶったのだ。
*
それから——ワタシと王の間で、グレイを介した——言葉のやり取りが——続いた。
ワタシは——語った。
奴隷を解放してきたこと。——その人たちが今、商会で、生き生きと働いていること。紙を作り、知識を民に広めていること。——どんな世を、目指しているのか。誰もが、生まれに縛られず、自分の人生を選べる——そんな世を。
王は——最初、半信半疑だった。けれど——ワタシの言葉が、グレイの口を通して——届くたびに。
その問いは——少しずつ、変わっていった。
「なぜ救う」という——試す問いから。「どうすれば変えられると思う」という——共に考える問いへ。
(——王が)
ワタシは——感じた。
(——少しずつ、心を——開いてくださっている)
*
会ったことは——一度きり。あの謁見の間で——遠く、見上げただけ。
言葉を交わすのも——グレイを介した、間接的なもの。
なのに——不思議だった。
ワタシは——あの王を、まるで——古くからの同志のように、感じ始めていた。
千年続いた、囚われの玉座。その上で——たった一人、心を殺し。それでも——どこかで、夢を捨てきれずにいた人。
(——ワタシは)
ワタシは——強く、思った。
(——あなたを、解き放ちたい)
あの孤独な御方に、もう一度——あの幼い日に抱いた夢を、取り戻してほしい。「民のための、王」という——その夢を。
言葉を交わすたびに——その思いは、ワタシの中で——確かなものに、なっていった。
まだ——直接は、会えない。まだ——王は、迷っている。
でも——確かに。ワタシたちの心は——通い始めていた。
遠く離れた、玉座と商会。——その間を、一本の見えない糸が——静かに、結び始めていた。




