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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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妖のねらい.3

 

 初音が橋に目を向けると、美琴は欄干にしがみついたままで、やはり自力で逃げれないようだ。

 初音の前に帆澄が立つ。それを慌てて初音が止めた。


「駄目です。同じことを何度もしたら、帆澄様の身体が持たないのではないですか?」「大丈夫。俺はこう見えても丈夫にできている。隙をついて美琴さんを連れ安全な場所に」

「逃げないと言いました」

「妹を助けろと言っているんだ!」


 帆澄が声を荒げた。けれど初音は動こうとしない。帆澄が自分を犠牲にし初音を助けようとしているのが痛いほど分かるからだ。

 地狐のうち何匹かは土手を駆け、帝都へと向かう。


 毒を持たないまやかしの地狐なら分家の者でも対処できるが、今は地方に出払っていていない。


「……もしかして、すべて作戦のうちだった、とか?」



 初音の呟きを肯定するかのように帆澄が頷いた。


「おそらくそうだ。地方に分家をひきつけ、帝都を手薄にする。そうなったところに一気に攻め込めば、帝都はひとたまりもない。だから、今こいつを止める必要がある」


 帆澄が再び右手を宙に翳すと、さっきより大きな光が手のひらを覆った。初音が慌て腕にしがみつく。


「離せ。俺の持つ破魔の力すべてを使えば、あいつを止められる」

「させません。そんなことしたら帆澄様の身体が持たない。一蓮托生だと言いましたよね。舌の根も乾かないうちに反故にしないでください」


 まやかしの地狐十数匹で脂汗を流していたのだ。

 天弧なんて神にも近い妖を取り込んだら、帆澄の身体はどうなってしまうのか。もしかしたら死んでしまうかもしれない。


「察しが良いのも考えようだな。でも、やはり、あなたが婚約者でよかった」


 帆澄は初音をぎゅっと抱きしめると、どんと背後に突き飛ばした。

 蓮斗に翳した手が青白く光る。「駄目」と初音の悲鳴にも似た叫び声が河原に響いた。その瞬間。


「こんなときまでいちゃいちゃするなんて、お前たち本当に仲がいいな」


 上空から呑気な声が落ちてきた。顔を上げれば、黒い翼を広げた棟馬がそこにいた。


「遅い! 来る前に印は解いただろう!」

「印を解いてから妖力が全回復するまで時間がかかるの知っているだろう? これでも急いで来たんだ。文句は言うな。妖力が戻るまでの間に長屋の連中に声をかけてきた。そっちはどうにかするそうだ」


 そっち、とは帝都のことだろう。

 長屋には酒呑童子がいた。他にも大入道やかまいたちのいる長屋が幾つかあると帆澄が言っていたのを初音は思い出す。


「地狐は俺に任せろ。天狐が邪気を使いこなす前にしとめるんだ!」


 棟馬はそう言うと、背中に手を伸ばしヤツデを取り出して振り降ろした。

 立っていられないほどの強風がぶわっと吹き、地狐が消え去る。


「どうして天狗が宮應に協力するんだ?」


 初めて蓮斗に動揺が走った。棟馬は何時ものカラリとした笑いを浮かべると言葉と一緒に再びヤツデを振り降ろす。


「帆澄が助けてくれたから、かな?」

「ぐっ」


 蓮斗が腕で顔を覆う。その隙をつくかのように初音が飛び出した。湧き上ってくる地狐を長刀で振り払うと、アッと言う間に蓮斗との距離を詰める。


「八重樫の邪気を吸い込んだ妖を、野放しになんてしないわ」


 八重樫の次期当主として育った。それだけしか価値がない自分が嫌だった。妖を封じ政を牛耳ろうとする考えは到底受け入れられないが、それでも自分の中にある矜持が目の前の妖を許せないと言っている。


「封」


 ありったけの封じ紙を蓮斗に向け投げつけた。それと同時に長刀を地面に突き刺し破魔の力を流し込む。封じ紙は蓮斗の手足に絡みつき、地面と繋がる鎖へと姿を変えた。


「帆澄様」

「分かった」


 帆澄が刀を両手で握りしめ、高く跳躍する。西陽を背にしたその姿に蓮斗が目を細めた。

 最後の抵抗とばかりに幾匹もの地狐が現れたが、帆澄は難なくそれらを打ち払うと、刀を蓮斗の頭上に振り下ろした。


「滅」


 帆澄の刀が蓮斗を真っ二つに斬り咲いた。銀色の髪が辺りにちらばり、耳を劈くような絶叫が響き渡る。

 どさっという音と一緒に、地面に二つに分かれた物体が転がった。


「あと、すこ、し。妖力が、馴染めば……」

「一度にたくさんの邪気を吸いこんだから、身体に馴染むのに時間がかかったのだ。欲は身を亡ぼすとはこのことだな」

「ま、まだ、だ。これを使いこなせば……」


 左右に別れた身体から触手のようなものが伸び、一つに繋がらんとしている。

 天弧となればこんなことまでできるのかと、二人は目の前の光景に唖然とした。

 だけれど、その顔はすぐに冷静を取り戻す。


「それまで待つと思う?」


 初音は長刀の刃を自分に向けると、指先を切り裂いた。流れる血で長刀の刃に封じの紋を描いていく。


「秘技ってほどではないのですが」


 そう言いながら長刀を両手で持つと、繋がらんとしている身体の間にそれを突き立てた。


「封」


 橙色の光が弾ける。

 眩いばかりのそれが収まると、そこにはもう蓮斗の姿はなかった。


「……すごい」


 帆澄が呆気にとられ初音を見た。

 初音はちょっと胸を張り、天弧を封じた長刀を帆澄に見せる。


「だって、一蓮托生ですから……あれ?」


 言っている先から足が震え出し、その場に蹲ってしまう。今になって恐ろしさから身体が震えた。へへっ、と困ったように笑う初音の前に帆澄は膝をつくと、細い肩を引き寄せる。よしよしと、あやすように背中を撫でる手に、初音の目に涙が滲んだ。


「怖かった、です」


 帆澄が初音をぎゅっと抱きしめる。お互いの心音がすぐそこで聞こえた。


「俺も怖かった。初音さんを失うのではないかと恐ろしかった」


 ほっとした声は甘く初音の耳に届く。初音はぎゅっと帆澄の羽織を握ることで答えた。


「帆澄様お願いがあるのです。もう少しこのままでいてください」

「承知した。では俺からも一つ頼みがある」


 初音が顔を上げると、帆澄は夕闇の中、はにかむように目を細めた。


「――初音と呼んでいいだろうか?」

「……はい!」


 勢いよく答えてしまったと初音が頬を染めれば、帆澄は愛おしそうな笑みを浮かべながら再び初音の頭を胸に抱いた。

 そのままもう一度「初音」と囁く。



 そんな二人を少し離れた場所から棟馬が見守っていた。


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