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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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妖のねらい.2


「春人さん、私を見殺しにしたわね。分家の分際で! お父様に言い付けるわ」

「いや、そんなつもりはなかったんだ。僕はただ、美琴をここに連れて来るよう言われただけで……それに主さまが必要としていたのは、美琴の邪気だけだと聞いていたから。まさか命までとは。本当だ、信じてくれ」


「信じられるわけがないでしょう? だって春人さんは当主になれれば、妻が私でもお姉様でもかまわないんだから」


 会話の意味が飲み込めない初音が二人交互に視線をやっていると、帆澄が「そこまでだ」と間に入った。


「春人殿は誰かに利用され美琴さんをここに連れ出した。そして、美琴さんの邪気を高めるようなことを言ったのだろう。破魔の力を持つ者の邪気は妖の力を何倍にも増幅させる。ただ、邪気を吸われたものはその命をも縮めるが」


 目の前にいる妖狐は、以前河原であった妖に間違いない。

 だけれどその発する妖気は比べ物にならないほど強くなっていた。


「美琴の邪気を吸って、空狐が強くなったというの?」


 初音の言葉に、妖はにんまりと口角を上げた。


「そのとおりだ。俺の名は蓮斗。今の俺は天狐に匹敵するだろう」


 ぞわり、と体中の毛が逆立つ。もしかしてと思っていたが、悪い予感ほど当たるものだ。

 でも分からないのが、どうして美琴がそこまでの邪気を持ったかだ。

 父親に愛され、想い人と結納の儀を終えたばかりの美琴は幸せの真っ只中にいるはず。


「美琴、あなた、どうして……」

「お、お姉さんのせいよ! 全部お姉さんが悪いの!」


「私?」

「そうよ。いつだって次期当主として大事にされ、お爺さまやお婆さまに可愛がられていたじゃない。だからお姉さんのものは全部奪ってやろうと思った。お父様の関心も春人さんの愛情も、全部全部、私のものにしてやろうと‼」


 美琴の目に再び邪気が宿る。黒い靄のようなそれは美琴自身を飲み込もうとしているかのようだ。


「宮應との結婚なんて、冷遇され辛い生活になるに違いないと思った。悔しがる姿を見たくて結納の儀に呼んだのに。それなのに、どうしてお姉さんはそんなに幸せそうなの? ずるいわ。破魔の力を使いこなせるのだから、残りは全部私にくれたっていいじゃない。幸せそうに笑うなんて許せない」


「……あなたは自分がどれだけ恵まれているか、分からないのね」


 初音が悲しむように美琴を見る。


 自分がどれだけの物を持っているか。手にしている幸せを見ずに、ひたすら他者が持っているものを羨ましがる。そんなことをしても心が満たされるはずがないのに。


「美琴、もうやめなさい。あなたの邪気は蓮斗を強くするだけ。それにこれ以上邪気を吸われては、あなたの身体が保たないわ」


 そう言われ、自分の手を見た美琴は「きゃぁ」と悲鳴を上げた。

 白く染み一つない白魚のような手に、薄茶色の斑点が浮かんでいる。

 その手を頬に当てれば、潤いが失われかさつき、小じわができているではないか。


「な、なんなの。これは……私は一体」

「邪気を吸われたせいで、身体が急速に衰えているんだ」


 帆澄が淡々と答えながら、初音たちを背に庇うように立つ。


「八重樫は邪気についてあまりにも知らなさすぎる。代々当主にだけ教え、他の者には伝承していないのが裏目に出たな。邪気を封じ滅する破魔の力は、それだけ、邪気と親和性が高い。あなたは邪気を吸われただけでなく破魔の力も失った。そして破魔の力は生命力にも関わる」

「では、私はずっとこの姿のままなの?」


 いやいやと美琴が頭を振る。


 綺麗に結わえられた髪が解け、肩に落ちた。その髪を見た美琴が再び悲鳴を上げる。


「なんなの、この髪は! 白髪が……。ばさばさして老女のようじゃない」


 艶を失った髪には白髪が交じり、美琴の容姿がどんどん衰えていく。


「春人殿、美琴さんを連れて逃げろ。お前たちを守りながら戦う余裕はない」

「わ、分かった。いこう、美琴」


 春人が差し出した手を美琴が振り払う。「私を見捨てたくせに」と鬼のような形相で睨む美琴にたじろいだ春人だったが、帆澄に「早く」と怒鳴られ美琴を抱きかかえた。

 そのまま土手へと駆け上がる二人を、蓮斗は冷めた目でみた。


「どうして逃げられると思うんだ?」


 空を震わすような声と共に地狐たちが一斉に地面を蹴り、美琴を抱えた春人に飛び掛かった。

 初音が素早く懐から封じ紙を出し地狐の背に投げつけると、それらはしゅわっと黒い靄となって霧散した。


「かすっただけで消えた?」

「おそらく奴が出した地狐は実体を持たない。その場合、人を殺めることはできても毒はない。ただし無限に出てくる」


 以前会った時に仕留めた地狐は、実体を持ったものだった。

 空弧だった蓮斗が地狐を操っていたのに対し、天弧となった今、地狐をとめどなく生み出せるようだ。


「毒がないのは助かりますが、数が多いのは厄介ですね」

「まだ吸い取った邪気を扱いきれていない。あまりにも多くの邪気を一気に摂取したせいだろう。奴が完璧に天狐の力を操る前に仕留めないと、帝都の人間は食い殺される」


 次々と湧き出る地狐に、初音が歯がみする。毒がないのであれば、枚数に限りのある封じ紙より長刀だろうと、刃を構えた。


 ここで蓮斗を封じないと、帝都は阿鼻驚嘆の渦に巻き込まれるだろう。

 再び地狐が姿を現した。今度は二十を超える数だ。向かってきたそれらを、初音は長刀で、帆澄は破魔の力を纏わせた刀で次々と斬っていく。しかし、数が多すぎた。


「うわぁ!!」

「きゃぁ」


 目の前の地狐をひと払いした瞬間、橋の上から春人と美琴の叫び声が聞こえてきた。

 二人の前には、狼ほどの大きさの地狐が牙を覗かせ立ちふさがっている。


「た、助けてくれ! お、お前が欲しいのは美琴だろう? こいつの邪気だろう? やる。だから、僕だけは……」


 春人が美琴を橋の上に置くと、じりじりと後退する。だけれど、その背後にも地狐が現れた。


「僕は何も悪くない。食うなら美琴を……」

「春人さん!? 婚約者の私を生贄にして自分だけ逃げるの?」

「知らない! 俺は何も知らなかったんだ」


 そう叫ぶと、春人は対岸へ向け駆け出した。美琴は腰が抜けたようで立ち上がることさえできない。欄干の隙間から両手を伸ばし、初音の名を呼んだ。


「お姉さん、お願い助けて」

「美琴!」


 すぐにでも駆け寄りたいのに、目の前に次々と現れる地狐に身動きが取れない。


「ちっ、棟馬のやつ。まだ印が解けないのか」


 帆澄が舌打ちすると、右手のひらを地狐に向けた。何をするのかと初音が目を丸くしていると手のひらが青白く光る。


「滅」


 抑揚のない声で帆澄がそう叫んだとたん、河原や土手、橋の上にいた地狐が一斉に光に包まれ姿を消した。

 まるで清涼な風が吹き抜けたかのように、河原を覆っていた邪気が消えた。


「それが、宮應の秘技。当主だけが使える技か」


 それまで袂に手を入れ余裕の構えだった蓮斗が、袖から両手を出した。

 ぐらり、と帆澄の身体が揺れ、慌てて初音が支える。触れた身体が驚くほど熱かった。


「帆澄様、大丈夫ですか?」

「ああ、一気に邪気を吸い込み過ぎただけだ。問題ない」


 油汗を流す帆澄は息が荒い。初音がごくんと喉を鳴らした。触れた手から伝わるのは熱だけでない。禍々しいものを感じる。これは。


「もしかして、邪気を身体に吸い込んだのですか?」

「鋭いね、さすが初音さん」

「ふざけないでください。そんなことしたら身体が……」


 わざと軽い口調で笑う帆澄を初音が睨む。


「大丈夫だ。ほら、熱だって邪気だって収まってきただろう」

「そうですが」

 負荷が掛かっていないはずがない。初音の顔が辛そうに歪むのに、帆澄は困ったように笑った。

「初音さんがどうして泣くのですか」

「泣いてなんかいません」


 手の甲でぐいっと滲んだ涙をぬぐう。


「今の技と帆澄様の身体にある黒い痣は関係あるのですか?」

「……そうだ。宮應の当主は邪気を体内に取り込み滅することができる。ただ、その邪気は黒い文様――邪触となり身体を蝕む。宮應の当主が短命なのは、そのせいだ」


「邪気を吸われた妖はどうなりますか?」

「さっきの地狐は奴の邪気から生まれたものだから姿を消したが、邪気と一体になる前の弱い妖なら、邪気だけを吸い取れる。ただ、天狐ともなれば邪気ごとあいつの存在を体内に取り入れなければ‥…」


 そこで帆澄は悔しそうに唇をかんだ。秘技を正面から受けたはずなのに、天狐は悠然と立っている。地狐が防御壁となって天狐を守ったのだ。


 帆澄の言葉を聞いた初音は、長屋の妖を思い出した。彼らの中には、帆澄に邪気を吸ってもらったものがいるかも知れない。


「宮應の当主はずっとそうやって、妖と人の共存を図っていたのですか?」


 帆澄が抱えているものの大きさに胸が塞がる。それに対し八重樫はその地位を守るために邪気の有無に関わらず妖を封じ、封じ紙を献上し続けたのだ。


「そんな大したものではない。実際には斬った妖の数のほうが多い。それより蓮斗はまだ直接的な攻撃を俺たちにしてこない。今の内に片を付けるぞ」


 帆澄が蓮斗を睨んだ。だけれど、蓮斗は余裕の笑みを崩さない。


「さすが宮應の当主代行。よく分かっている。確かに俺はこの身体に邪気が馴染むのを待っているが……お前たちごとき地狐だけで充分だ。天狐となった俺はいくらでも地狐を出せる。どこまでお前たちの身体がもつか……試してみるか」


 再び河原の空気が揺れ、地狐が石の間から沸き出してきた。



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