地下戦争
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──地下戦争
1728年10月。
ニザヴェッリル国内軍は1726年5月13日に起きた魔王軍の侵略から、今までの占領地での戦いを地下戦争と呼称していた。
彼らはある日突然かつ理不尽に侵略を受け、その侵略者たちと戦ってきた。
最初はニザヴェッリル陸軍の残地工作員たちが、軍事的勝利のために情報活動を行うことから始まった。彼らは破壊工作よりも大事な情報収集を行い、まだ無事な電信や伝書鳩を使ってニザヴェッリル軍本隊に報告していた。
しかし、ニザヴェッリル軍は敗走に敗走を重ね、とうとう最終防衛線と定めたレーテ川からも駆逐されてしまった。
勝利はもはや遠く、軍に頼っていては望みようもない。
友軍戦線から遠く離れた占領地に残った残地工作員たちは、情報収集活動だけでなく、破壊工作にもかかわるようになっていった。
魔王軍の鉄道の路線に爆弾を仕掛けて列車ごと吹き飛ばすことや将校の暗殺など、様々な破壊工作が繰り返された。そのときは既に残地工作員だけでなく、占領地の民兵や学生などもニザヴェッリル国内軍に加わっていた。
しかし、ここにきてニザヴェッリル国内軍は内輪もめを演じていた。
「魔王の暗殺を試みたのはやりすぎだった」
そう批判するのはニザヴェッリル国内軍司令官のベルヒトルト少将だ。
この老齢のドワーフは残地工作員たちを指揮する立場として、あえて後退せずに占領地に留まり、今まで身を隠しながら行動してきた。
「何を言う! この戦争に勝つにはもはや魔王を暗殺するでもなければ……!」
そんな司令官と言い争っているのは、ニザヴェッリル陸軍ではなく民兵出身のマンフレート・シュトラッサー中佐である。
ニザヴェッリルでは民兵の設置が認められており、民兵は有事の際の国軍の補助戦力として動員されることになっていた。事実上のニザヴェッリルにおける予備役制度のひとつだと言えよう。
開戦初期のニザヴェッリル東部の戦闘でも民兵は動員されており、彼らは混乱した状況下で必死に戦った。
しかし、結局は魔王軍の侵攻を止めることはできず、彼らの故郷は醜悪な魔族たちによって支配されてしまっている。
女子供も関係なく魔王国に奴隷として拉致される時期が続き、それが止まったかと思えば農場の建設に農耕馬のように動員された。今は鎖で繋がれたドワーフたちが、集団農場で働かされている。
そこにドワーフとしての誇りもなければ尊厳もない。
そのことに彼らは理性的に考えるより、感情で考えるようになってしまっていた。
今もニザヴェッリル軍の手によって勝利するためにあくまで自分たちは補助に徹するべきだというベルヒトルト少将たち残地工作員の派閥。
それに対して自分たちこそが、この魔王軍に占領された東部を解放してみせるのだというシュトラッサー中佐たち民兵と学生の派閥。
ソロモンの視察の際に狙撃を行ったのはシュトラッサー中佐の派閥で、彼らは魔王であるソロモンを暗殺することで勝利を求めた。
「君たちの勝手な行動で同胞たちが苦しめられている。そのことを理解すべきだ!」
「このままでは結局は奴隷として使い潰されるだけだ! それにあなた方のいうニザヴェッリル軍による解放などもはや夢物語ではないか!」
しかし、ソロモン暗殺未遂を受けて警察軍は大規模な掃討戦という名の弾圧を開始し、その影響は市民にも広がっている。このことをベルヒトルト少将は許容できず、シュトラッサー中佐たちを批判していた。
だが、シュトラッサー中佐たちからすればベルヒトルト少将たちニザヴェッリル軍の敗北のせいで今の状況があるのだ。『敗軍の将は兵を語らず』という言葉にもあるように敗北したベルヒトルト少将たちが今さら何をという具合である。
「我々が戦うしかないのだ! 国軍はもう頼りにならない!」
「国軍が敗れた相手に民兵が勝てるものか!」
非難の応酬が繰り返され、ニザヴェッリル国内軍は分裂した。
シュトラッサー中佐たちは独自にニザヴェッリル鉱夫旅団を編制し、積極的な魔王軍への攻撃にシフトしていくこととなる。
彼らがニザヴェッリル国内軍を離脱したタイミングは結果としては最善となった。何故ならば魔王軍は住民の密告でベルヒトルト少将たちの隠れる旧弾薬庫のことを知り、警察軍の大部隊を差し向けていたからだ。
「あのトンネルだ」
「ドワーフの見張りがいる。排除しろ」
動員された警察軍部隊の中には特殊作戦部隊の将兵も僅かに存在した。彼らは例のM1722小銃を無音化した特殊作戦ライフルで、トンネルを警備するニザヴェッリル国内軍のドワーフたちを狙撃して排除。
「ゴブリンどもを放て」
狭いトンネルに無数の武装したゴブリンが放たれ、彼らが突撃を開始したことで、ニザヴェッリル国内軍側もようやく攻撃に気づいた。
「応戦しろ! 退くな!」
「クソ。何でここが魔王軍に……!」
ドワーフたちは突如として攻め込んできた警察軍部隊と交戦。魔王軍から鹵獲した小銃の他に旧式もいいところのライフルマスケットすら使用して戦うニザヴェッリル国内軍のドワーフたちを、放たれたゴブリンは物量で押す。
最悪なのは警察軍の将校がゴブリンに取り付けていた爆弾だ。それはニザヴェッリル国内軍の主要な抵抗地点で炸裂し、同じゴブリンを巻き込みながらも、抵抗地点を吹き飛ばしていく。
「爆弾を持ったゴブリンを先に排除しろ! 巻き込まれるぞ!」
狭いトンネル内で高威力の爆弾を使われるのは致命的だ。警察軍はトンネル内で火砲が使用不可能であるが故にこの手段を取ったが、結果としては火砲による砲撃以上の効果を発揮した。
「進め!」
そのようなゴブリンによる露払いののちに人狼たちが突入。
既にゴブリンの人海戦術で大打撃を受けていたニザヴェッリル国内軍の将兵を拘束し、ときとして処刑しながら前進してく。
「ベルヒトルト少将閣下! お逃げください! こちらです!」
「私より先に若いものを逃がせ! 私がいなくとも若者がいれば戦える!」
「しかし!」
「急げ! それから私にも銃を寄越せ!」
そして、ベルヒトルト少将自らも銃を持って防衛線に立ち、他の人員の脱出のための時間を稼いだ。その戦いぶりには警察軍の人狼たちも思わず感心したほどである。
だが、もはや敗北は時間の問題だった。
トンネル内の遮蔽物を利用して粘り強く抵抗するドワーフたちだったが、魔王軍は数の上でも、また火力の上でも彼らを上回っていた。
「野砲を前に出せ!」
魔王陸軍で旧式化した口径57ミリ野砲がオークに引かれて前に出ると、ドワーフたちへの水平射撃を開始した。砲弾が遮蔽物ごとドワーフたちを薙ぎ払い、その肉体を引き裂いて血の海に沈めていく。
「前進、前進」
「高官は捕虜にしろ。他は殺せ」
その血の海となった陣地に向けて、血に飢えた魔族たちが進んでくる。
ベルヒトルト少将は既に人狼の狙撃手が放った銃弾を受けて戦死していた。
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