第92話 譲れぬ矜持 2
「オーク……なのか? なぜこんなところに?」
「坊ちゃん、どうやらここはオークの集落みたいだべぇ。先刻マンティコアが入り込むまでは、たくさんのオークが暮らしていたべぇよ。今はどこかに逃げてしまったようだけんど」
グルードの報告を聞いて一瞬は驚き入ったライアスだったが、すぐに腑に落ちた様子を見せる。
集団生活するオーク。
しかしその事実によって、むしろこんな森の中に村があるという状況に合点がいったようだ。
「そうか……ミスシェルバーン、悪いが話は後にさせてもらおう。今は王国からの任務を優先せねばならないのでね」
ライアスはその瞳に冷静さを取り戻すと、その剣をオークへと向ける。
私情よりもお仕事優先。
さすがは優等生坊ちゃんだ。
「お待ちください兄上! ここのオークは王国に害をなすような存在ではありません! 討伐命令は何かの間違いです! それに森の中でマンティコアに襲われていた僕を助けてくれた命の恩人でもあるんです! どうかこの村のオーク達は見逃してください!」
もはや立ち上がる力も無いラトル。
しかし懸命に、這うようにしてライアスに懇願する。
しかしライアスは振り向かない。
オークに剣を向けたまま、冷徹な表情を変えることなく口を開く。
「そうか……ならばせめて苦しまずに殺すことは約束しよう。ラトル、いかなる理由があろうとも、王国からの命令は絶対。そしてエクシードならばなおさらに、それは厳守せねばならない。おまえも王国の騎士である以上、それだけは肝に銘じておくのだ」
ラトルはなおも食い下がるが、それをグルードが止めに入る。
こうなったライアスは止められない。
まるでそう心得ているかのように。
「ラトルさんの兄上……ということは、まさかワイらオークを倒しにきたエクシードですかい?」
ポルテも状況の深刻さを理解したようだ。
その声が恐怖で引きつる。
目の前で解体され転がっているマンティコアの屍も、ライアスによるものだと察しただろう。
そしてその敵意の矛先が、今度は自分達に向いているのだから。
「だがな、そうは問屋が卸さないんだよなぁ!」
俺はオークの前に立ち塞がると、ライアスに人差し指を突き付ける。
「悪いんだが、この村のオークは現在全員俺の支配下にある。何人たりとも手出しすることは、この俺が許さないぜ! たとえエクシードであってもな!!」
俺のこのセリフが余程に意想外だったのだろう。
キョトン──と、ライアスはまるで狐につままれたように惚ける。
「なに……を言っているんだ貴女は? オークを支配下にだと? オーク討伐の賞金目当てにこのクエストに参加したのだろう? いやそもそも、自分のしでかしていることの意味がわかって言っているのか?」
「当初はそのつもりだったんだがな。ところがこの村には賞金以上のお宝があったってわけで予定変更。俺はそのお宝を守ることに決めたのさ。金なら後から稼げばいい。しかし一度失われたものは、後からどう足掻いたって取り戻すことはできないからな。だからここのオークに危害を加えることは認められない。弟を見つけたんだから、あとは仲良くお家に帰りなってことだよ坊ちゃん?」
しかし俺の忠告を受けてもライアスは引かない。
今は俺に向けられている剣先も、微動だにしない。
「どうやら、本当に意味がわかっていないようだなミスシェルバーン。貴女のオークを支配下に置くなどという荒唐無稽な妄言などどうでもいい。私は王国からオーク討伐を命じられていて、その命令の履行は絶対。同時にエクシードでもない貴女もまた、エクシードである私に従う義務がある。私の任務を妨害するなどという行為は言語道断であり許されぬ大罪なのだ!」
やれやれ、頭カチッカチの優等生のご高説。
聞いているだけで肩が凝ってきそうだ。
「だ・か・ら! そんな目障りなこの国のシステムごと、この俺がブッ潰して塗り替えてやるって言ってんだよ! このオークの村は足掛かりにすぎない。これから王都に乗り込んでエクシードを皆殺しにして国王もブッ殺して、俺がこの国の支配者になるのだ! お前も今すぐ俺に土下座して忠誠を誓うなら、殺さず生かしてやらんこともないぞ? さぁお願いしてみろ! あっはははぁ!!」
《ちょっとリュウ君煽りすぎです! オークさん達を助けるのには賛成ですけど、これじゃ火に油じゃないですか!!》
ハッ! 火に油で上等!
こういう融通の利かない石頭相手に、端から説得できるなんて思っちゃいないさ。
頭に血を上らせてあしらいやすくなってくれれば上出来よ。
「私だけならまだしも、国王までもを侮辱するとは。女子供なら許されるとでも思っているのか? これ以上は痛い目を見る程度では済まされないぞ!」
「ほう……そりゃどんな目にあえるのか楽しみだな。ポルテ、この分からず屋は俺がブッ潰す! お前達は残りのマンティコアが本当にいないかの確認と、怪我をしたオークの手当てに回れ!」
俺の指示を受けてポルテとオーク兵はこの場から逃げるように走り出す。
ライアスが追おうとするも、俺が行く手を塞いで追跡を阻む。
「まさか、本当に私に逆らうとは……。だがグルードが助けられた恩もある。今までの行為には目を瞑ろう。だがこれ以上私の任務を阻むというのなら、次はその命をもって代償を払うことになるが……貴女にはそこまでの覚悟があるのか?」
そう語るライアスの表情にはもはや怒りも困惑もない。
まるで氷のような研ぎ澄まされた冷徹さだけが宿る。
「誰にものを言っている? 言っておくが、俺の目標は世界征服! こんなところで怯んでいられないんだよ。代償を払うのはどちらか、思い知らせてやろう!!」
もちろんそんな脅しに俺が引き下がるはずがない。
正直なところライアスがもっと怒り狂ってくれれば手玉に取れると期待したのだが。
思ったよりも持ち直しが早かったな。
「やめてください兄上! ユーティアさん! こんな無益な戦いに、なんの意味があるというのですか!」
「黙ってろラトル! いずれにしても俺にとってエクシードは殲滅対象。おまけにここまで頑固一徹な坊ちゃんとあらば、もう実力で捻じ伏せるしかないんだよ!」
俺は口を挟んできたラトルを一蹴。
ライアスもラトルに向かって無言で首を横に振る。
こいつがラトルにここまで素っ気ない返事を返すということは、それだけ本気で俺とやり合うつもりのようだ。
まだライアスは俺のことを実力的には格下だと認識しているであろうにもかかわらず、だ。
さすがは秀才。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすということらしい。
いいだろう。
こいつには、兎が獅子を食い殺す様を身をもって味わわせてやろう。




