第91話 譲れぬ矜持 1
「坊ちゃんよくぞご無事でぇ~!」
グルードはライアスの元までドタドタ砂埃を撒き散らしながら走る。
「それはこちらの台詞だグルード、あれほど私の近くを離れるなと言ったのに。しかし無事でなによりだ」
「へぇ、今坊ちゃんが倒した奴に襲われたけんど、ユーティアちゃんが助けてくれたんだべよ!」
「ユーティア?」
その時初めてライアスは俺に気づいたようだ。
あり得ないものを見たとばかりの驚きの表情でこちらを二度見する。
「まさか、こんな所まで貴女が来ているとは! その執念、見上げるべきか見下すべきか苦慮に値する。しかし、グルードを助けてくれたことには礼を言わねばな……感謝する」
なんともバツが悪そうに、やや顔を背けて謝意を表するライアス。
なんだそのツンデレ美少女のような感謝の様は。
男にされてもうれしかないぞ。
「それで、ライアス坊ちゃんは何しにこんな森の奥の村まで来たんだい? 観光か? ピクニックか?」
俺は両手をヒラヒラさせておちゃらけてみるも、ライアスのシリアスな表情はことさら真剣になる。
「実は、はぐれたラトルを探している最中なのだ。もし少しでも情報があれば提供願いたい。可能な限りの礼はさせていただくつもりだ」
おやおや珍しい。
ライアスは柄にもなく深々と、今度は頭を下げてお願いしてくる。
よほどラトルのことが気がかりと見える。
俺はそんなライアスの背後を顎で指す。
「そうだな、たとえばあそこで戦っている奴はラトルっぽい気がするんだがねぇ?」
ここから50メートルほど離れた丘の上で、マンティコア相手に立ち向かう男が一人。
相変わらず剣を空振りさせているそいつは、まぁ間違いなくラトルだろう。
「なっラトル!!」
ライアスは血相を変えて走り出し、グルードも後に続く。
俺もその後をゆっくりと歩いてついていくことにする。
《ラトルさん、ご無事そうでよかったです。意外ですがリュウ君のアドバイスの効果があったってことでしょうか?》
ラトルの無事な姿を確認できてユーティアは安堵したようだが、実際のところ戦況は芳しくはない。
ラトルの攻撃が当たらないのは仕方がない。
対人戦とは勝手が違いすぎるからな。
だがマンティコアの攻撃に対応できているかというと、見たところかなり危うい。
攻撃を見切って防御しているというよりは、距離を取ることでなんとか致命傷を避けているという印象。
現に体のあちこちに傷を負っているようだ。
あの様子では、魔眼の能力はほとんど使えていないだろう。
それでもまだ生きていられるのは、相手のマンティコアがかなり弱っているからだ。
巨体には複数の矢が刺さり、動きも鈍い。
オーク兵との戦闘でかなり消耗していたのだろう。
「ガッ、ガハッ──」
しかしいよいよ危ないようだ。
ラトルは剣を地面に突き刺すと、片膝を地につき動きを止める。
戦闘による極度の緊張と疲労。
精神的にも肉体的にも限界といったところか。
もちろんマンティコアはそのチャンスを逃さない。
大きく吠えながら、その巨大な前脚を振りかざす。
──が、その瞬間に前脚は吹き飛び、その巨体も両断される。
マンティコアを一瞬で仕留めた者の正体は、もちろんライアスだ。
ライアスは疲労困憊で崩れ落ちそうなラトルを抱きかかえる。
「兄……上?」
「ラトル! なぜこんな場所でマンティコアと戦っているんだ! それに鎧はどうした? 怪我は?」
返す気力も無さそうなラトルに矢継ぎ早に質問をぶつけながら、ライアスはラトルの身体を隅々さする。
深手は無いことを確認できたのだろう。
ようやく愁眉を開いて胸をなで下ろす。
「兄上……ごめんなさい、僕は……やっぱりまだまだ未熟です。必死で戦ってみたけれど、魔物の一匹も倒せない。不甲斐ない……こんな自分が情けないです……」
緊張の糸が切れたのか、堰を切ったように号泣するラトル。
「なにも気に病むことなどないラトル。おまえが誰よりも努力していることは、近くにいる私がよく知っている。またあの鎧を着て私と共に戦っていけば、実力などすぐに上がるさ。おまえはまだ若いんだ。焦る必要なんてない」
ライアスは両手でラトルの両肩を支えながら、一言一言ゆっくりと言い聞かせるようにラトルを励ます。
あ〜まったく虫唾が走る
お節介とはわかっていても、口を挟まずにはいられない。
「あ〜の〜な! 甘やかすのも大概にしろよブラコン坊ちゃん! スポーツやってるんじゃないんだぞ? 殺し合いやってんだ! 鎧とお前に守られて、ゆっくりのんびり戦って強くなれるわけがないだろうが! 命の危機に身を晒し、死にもの狂いで戦うからこそ経験値ってのは得られるんだよ! まったく獅子ですら我が子を千尋の谷に落として鍛えるってのに、坊ちゃんの知性ときたらマンティコア以下なのかねぇ?」
「なん……だと!?」
ライアスは細い目をさらに鋭く尖らせ立ち上がる。
「どういうことだ? まさか……ラトルに鎧無しで戦うよう唆したのは、貴女だとでも?」
「はぁ? だったらどうだと言うんだ?」
俺の煽りを受けてもライアスの強ばった表情は揺らがない。
しかしその瞳には、もはや殺意に近い怒りが燃え上がる。
「私は弟に害をなす存在を決して許さない! たとえ相手が誰であろうと──」
「ラトルさん! 援軍を呼んできましたでさぁ! どうやら残っているのはそいつだけ……てあれ、もう倒してる? さすがはラトルさんでさぁ! おやそちらの人間さん……は、ラトルさんのお知り合いで?」
なんとも間の悪い。
険悪な空気の中、ポルテがオーク兵三匹を引き連れて走ってきた。




