第70話 異世界の車窓から 2
とかやってる間に馬車が動き出す。
六両の馬車は一列となって東へと進んでいく。
行き先はもちろん迷いの森だ。
《しかし……この馬車見た目に違わずオンボロだな》
町を離れると街道はすぐに未舗装となった。
馬車が揺れる度にギィギィと軋み音が響く。
シートのクッションも薄っぺらいため、振動がモロに伝わってくる。
残念ながら乗り心地はかなり悪い。
あまりにボロいため、大きめの石を踏んだら脱輪するんじゃないかと不安にすらなる。
資料館に寄贈できる骨董品レベルじゃないかコレ?
「しょうがないですよ、こうしてご厚意で送っていただけるだけでも感謝です。どの馬車も似たようなものでしたし、条件はみんな同じなのだから我慢してくださいねリュウ君」
《いや、同じではないぞ。この馬車は最後尾だから見えにくかったかもしれないが、先頭の馬車だけは乗り心地の良さそうな立派な代物だった。そしてその馬車に乗り込んだのは、あのルーンフェルグ兄弟とグルードだ。つまりエクシードだけは特別扱い。まったく良いご身分なことだ!》
馬車に乗り込む前はさほど気にもしなかったが、こうして落差を思い知った今となっては忌々しい話だ。
「あははっ! でも実際に偉いんだからしょーがないよ! でもリューちゃんも第四等位とはいえエクシードを倒しちゃうぐらい強いんだから、エクシードの素質あると思うんだけどな? 今度適性試験受けてみたら? 合格したらリューちゃんも憧れのエクシードに! ……って、この場合はティアがなるのかなぁ? どっちだろー??」
マリオンの言う通り、俺の魔力でユーティアがエクシードになってしまうのもどうかという話だが、しかし問題はそこではない。
《その適性試験とやらはどういう内容なんだ? 魔力の高さを測るのだろう? その際に体を色々と検査されると思うんだが?》
「そりゃそーだよ! 詳しい試験方法は知らないけれど、こっそりマジックアイテムを使ったり体に魔法陣を描いて一時的に魔力を上げようとする人もいるらしいから、ズルが無いように全身隅々とくまなく念入りに調べられるらしいよ!」
「全身隅々とくまなく念入りに……さすがにリュウ君のことがバレちゃいそうです。そうなったら私達どうなることか……」
《つまりそういうわけだ。俺のことが公になれば、頭のイカレた魔法研究者共がこの体を躍起になってほじくり回すだろうよ。そうなりゃエクシードどころかモルモット一直線。俺に待つのはホルマリン漬けの未来といったところか》
「わぁお! それはデンジャラスだね! わたしもリューちゃんのことは他の人に言わないように気を付けなくっちゃ!」
マリオンは自分の口をチャックするジェスチャーをする。
しかし本当に大丈夫だろうな?
口の軽そうなこいつが一番の不安要素なんだが。
《いずれにしてもエクシードは俺が手っ取り早く世界征服するための優先ターゲットにすぎず、迎合してもしょうがない。その権力には惹かれるものがあるが、それは俺が世界征服を成し遂げこの国の頂点に立てば済む話だからな。それに権力を与えられて良い子ちゃんするよりも、ヒエラルキーの最上位でふんぞり返って下民共を見下してやるほうが痛快だろう? クッククク》
「リューちゃんてもしかして、もしかしなくても性格悪い? のかな?」
「ま……まぁ子供の言う事ですので、今は大目に見てくださいねマリー」
熱弁を振るう俺を前に、なぜか二人共冷ややかだ。
やはり天才の感性とは凡人には理解されないものなのだろうか?
「ということで、迷いの森まではまだかかりそうだから、お楽しみのあれやっちゃいますか!」
なにがということでなのかはわからんが、マリオンはポチの口に手を突っ込むと、何かがパンパンに詰まった大きな紙袋を取り出す。
よくこんな大きな袋がポチの体に入っていたな。
ポチの体は四次元ポケットなのか?
「じゃっじゃーん! 遠足といえばおやつでしょ! もちろんこうして忘れずに持ってきましたよぉ! レモンピールの入ったクッキーでーす! さぁティア一緒に食べよ食べよ!」
マリオンは袋から取り出したクッキーをユーティアの口に運ぶ。
直径三センチほどの小型のクッキーなので、ユーティアも与えられるまま一口で頬張る。
生地の香ばしさに溶け込むレモンピールの控えめな甘み。
たしかに美味ではあるが……
《お前、ポチは物入じゃないとか言っておいて普通に物入として使ってるじゃないか。呆れたものだなこの二枚舌女め!》
「うぐぅ! そ、それは時と場合によるというか……それにこれはポチも食べるんだからいいんだよぉ! ほーらポチも召し上がれぇ!」
マリオンは今度はポチの口にクッキーを運ぶ。
しかしポチの口から出したクッキーをポチが食べるというのは実に滑稽。
どうせ栄養にはならないというのに。
しかしそうして気を紛らわせることができたのは正解ともいえた。
それほど迷いの森は思いのほか遠く、長旅となったからだ。
乗り心地が最悪な馬車に揺られ二時間ほど経過しただろうか?
ようやく前方やや右寄りに目的地が見えてきた。




