怪しい新参者
「アヴァロン子爵様、アルフォンス陛下の元へ、よく参じて下さいました。神は貴方の正しき行いを、必ず嘉したもうでしょう。陛下が王都へ帰還なされる道を、拓いて下さいましね?」
「ははっ! 吟遊詩人がこぞって讃える『常勝の聖女』様のお言葉を賜るとは、一生の栄誉! アルフォンス陛下の尖兵として、逆賊を討ち果たしましょうぞ!」
まあ、この方は、大丈夫だろうな。私がロワールにいた頃も何回かお会いしたけれど、実直で余計な野心のない方だったと記憶しているわ。ご領地が北部にあるから、ここまでたどり着くのに時間が掛かっただけだろう。傍らに控えるアルマさんも、小さくうなずいている。
結局私は、新しくアルフォンス様の下に駆けつけた貴族たちに、全員こんな風に言葉を掛ける役を引き受けざるを得なかった。
「これは、子爵の勇気への、ささやかな感謝のしるしです」
そう言ってお渡しするのは、艶やかに輝く、貴石でできた百合の花。そう、ルルの力で野に咲く百合を、石化させたものなのだ。バイエルンでも王妃様やマーレ姉様、ティアナ様くらいにしか差し上げていない、超貴重品だ。少なくともロワールでは、持っている貴族はいないはず。
「こ、このような貴重なものを、聖女手ずから頂けるとは……」
置物くらいしか役に立たないけれど、貴族はこういった珍しいものには目がない。しかもそれが、噂の聖女から授けられるとすれば……レア感は跳ね上がる。あまり豊かではない軍費を使わずに、ヤル気をばっちり上げることができる、便利アイテムなのだ。ルルにはあとでご褒美に、たっぷりのどを撫でてあげることにしよう。
「ご活躍をお祈り申し上げますわ」
私がへにゃりと微笑むのを見て、涙を流さんばかりに感動している子爵。ちょっと薬が効きすぎたかもしれないなあ、頑張りすぎて生命を粗末にしないといいけど。
そして次に現れた紳士は、クリーム色の髪にややふっくらした頬、柔和そうな眼をした、四十絡みの貴族だった。残念ながら、面識はない……と思う。
「ポワティエ伯アランです。お見知り置きのほど」
「ご領地は遠方ですのに、よく駆けつけて下さいました。アルフォンス陛下もお喜びでしょう。陛下を支えて下さること、期待しておりますわ」
「さすがは慈悲溢れる聖女と言うべきか……あのような酷い仕打ちをなさった陛下を、まだお慕い奉っておられるのか?」
「恐れながら、陛下を元婚約者としてお慕いする気持ちは、もうございません。私が陛下を支持するのは、陛下が至高の地位におられることが、ロワール国民の為、また私の属するバイエルンの利益になるであろうと考えてのこと」
「ふむ、令嬢らしくもない合理性だ、さすがはバイエルンで辺境伯まで登り詰めただけのことはある。もう少し可愛げがあったら、長生きできたであろうに……」
その言葉の意味を咀嚼するより前に、私は左手を乱暴に掴まれ、ぐいっと引きずり込まれた。あまりの急な動きに、身体も頭もついていかない。上半身に太い腕を回されて、一気に身動きが取れなくなる。そして首筋にはナイフの、冷たい感触。
「おっと、皆動くな! 聖女の生命が惜しければな!」
伯爵の言葉に、ベルフォール辺境伯軍を中心としたまわりの兵士さんたちが凍りつく。そしてポワティエ伯の部下であるらしい百人ばかりの兵がわさわさ湧いてきて、凍りついた兵たちの武装解除を始めてしまう。いやそこで無抵抗でやられちゃうのはダメでしょ。
「皆さん! 私のことは気にせず、この不届き者を討って下さいっ!」
「余計なことを言うな、小娘!」
「ごふっ、ぐっ」
必死で叫ぶ私の首を、無骨な腕が締め付け、息ができなくなる。そして、頬に鋭い痛みと、何か暖かいもので濡れる感触……ああ、ほっぺたを切り裂かれてしまったのか。これは確実に、傷が残っちゃうよね。あまり自分の外見にこだわらない私だったけれど、さすがに消えない傷を顔にもらっちゃうのは、きついな。レイモンド姉様みたいなみんなが振り向く美貌は持っていなかったけれど、私だって「地味だけどまあまあ可愛い」って言ってくれる人が、多かったのに。
ああ、そんなしょうもないことを考えている場合では、なかったか。おそらく私の顔を傷つけることをまったくためらわないってことは、今後私を女として使うつもりはないってこと……たった今はまわりの兵を脅すために生かしているけれど、近々殺すつもりなのだ。
「さあお前ら、武器を捨てろ!」
短剣を構えたビアンカは、身を震わせながらも動けない。少し離れて守ってくれていたアルマさんも、悔しそうな眼で私を見つめるだけ。これは結構、ヤバい状況かも……
「うぐっ」
その瞬間、伯爵のくぐもった呻きが聞こえると同時に、上半身の自由を奪っていた腕の力が、ふっと緩んだ。何だかわからないけれど、行動するしかない。私はとっさにしゃがんで伯爵の腕から抜け出すと、横っ飛びに離れて、魔剣グルヴェイグを抜いた。
「よくも好き勝手、やってくれたわね!」




