月のアイドル!月子さん!4
そしてなんだかんだ言って五時間が経過し、ついに本番になった。宴会場にはたくさんの月神達が月子さんのアイドルダンスを楽しみにしていた。
もうこの段階でタニは死ぬ一歩手前だった。
「か、川が……川が見えるぅ……。きれいな川が……。」
「はあ?ふざけた事言ってんじゃないわ!ほら、行くわよ!」
月子さんは舞台裏からタニを引っ張り、宴会場のステージへと飛び出した。
「はぁい!皆!元気?月子さんは元気だよ!今日はいつもやっているライブとはちょっと変わった振付にしてみたよ!楽しんでいってね!」
「わーっ!つきこさーん!」
「つきこさーん!」
月子さんは月神のトップ。月子さんを慕っている者も多く、月神達は月子さんをアイドルの様に扱っているようだった。まだ何もやっていないのに拍手の嵐だ。
ダンスが始まり、音楽もポップなものが流れた。
タニはフラフラになりながらバックで月子さんを盛り上げるダンスをしていた。
……人前でダンスするとか初めてなのに……緊張を感じさせないくらい疲れている……。
……うう……こんなに頑張ったのに月子さんしか騒がれていない……。
タニは若干落ち込みつつ、月子さんのアイドル声を聞いていた。
やがてライブは終わりタニはフラフラと舞台裏に戻った。月子さんはまだステージで何かやっている。常に歓声を上げている月神達。
……ああ、疲れた……。
「ふふ……あなた、月ちゃんとお友達になってくださったの?」
ふと舞台裏に月子さんに似たピンク色の髪の美しい女が立っていた。白拍子の格好をしている。
「……?え、えーと……どちら様でしょうか?」
タニはかすむ目で女を見つめた。
「わたくしは月照明神。月ちゃんの姉ですわ。あなた、これからも月ちゃんのお友達になってくださいね。」
「いや、それはちょっと……。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「あ……ちょっとまっ……。」
タニの言葉を全く聞かず、月子さんの姉、月照明神は柔らかくほほ笑むと去って行った。
……と、友達を押し付けられた……!
タニは青い顔をさらに青くするとヨロヨロと舞台裏から宴会場の外へ出た。
「お、おう……お、お疲れさま。」
外に出るとリュウが居づらそうに声をかけてきた。
「……。」
リュウの顔を見たとたん、タニの目からは大量の涙が溢れた。
体もプルプルと震えている。怒っているのか何なのかよくわからない気持ちだ。
「あ、あのな……ほ、本当にすまないと思っている!お前に全部押しつけちまって……。ちょ、ちょっと軽い気持ちだったんだ。」
戸惑っているリュウにタニはガシっと抱き着いた。そのままポカポカとリュウの胸付近を叩いた。
「リュウ先輩、酷いですよ……。もぉ!」
タニは頬を膨らませながらリュウを見上げた。すっかりこの五時間でアイドルのような仕草が体に染みついている。
「うっ……か、かわいい……。まるで別神だ……。萌える……。」
タニの仕草でリュウは何かに目覚めそうだった。
「だってぇ……誰も私をみてくれないんですよぉ……。」
フリフリの服を着て上目遣いで見てくるタニにリュウはなんだかムラムラきていた。
「お、俺様は見ていたぜ!カマドウマみてぇな動きがキュートだった!ああ、萌えた。月子さんよりもお前の方がなんだか俺様には輝いて見えたぞ。大丈夫だ!」
リュウはよくわからない励ましの言葉を発すると戸惑いながらタニの頭を撫でた。
「もぉ……これが夢であってほしいぃですぅ……かまどうまァ~かまどうま~だよ!きゃは……。」
タニはわけのわからない言葉を発すると目を回しそのまま倒れた。
「タニぃ!」
リュウは叫んだがタニは違う世界へと旅立っていた。
こうしてタニはお客様にもトラウマを植え付けられた。
ここに来てからほんと、トラウマしか植え付けられていない……。
……頼みます。連れてくるなら虎と馬以外のものにしてください。




