第5話 ゼウエリオンの神殿⑤
「別に構わないわ。そんなこと気にする魔王はいないわよ。」
念話越しだが、久々のメルクリウスは相変わらず忙しそうだ。
後ろでバタバタした音が聞こえ、メルクリウスも時々指示を出している。
どこかに視察に行っている合間時間なのだそうだ。
僕は自領の特産品として、耐用年数の短い魔道具を大量生産するつもりだった。
メルクリウス魔王国と同じである。
メルクリウスから技術提供を受けたわけではないが、それを疑われても仕方ない状況なのだ。
僕の魔道具で、人間領全体の技術水準が上がった場合、メルクリウスが他の魔王から裏切り者扱いされる可能性を心配していたのである。
「それなら良いですけど。そうそう、僕は蛮族を配下に置くことになりました。前衛としてはかなり強力です。そちらの後衛部隊と相性が良いと思いますが、近々合同演習しませんか?」
「本当!? 想定外の朗報ね! でも合同演習は不味いと思う。バレたらやっかいだわ。」
それについては心配ない。こちらには風の四聖のアルタイルさんがいるのだ。
彼が風の大精霊の能力で演習を隠したら、感知できるのはズーユィンくらいである。
だがまあ、それを今すぐ言う必要はないだろう。
こちらに前衛が揃っていて、共闘するつもりがあることだけ分かってもらえれば充分なのだ。
後の事は、こちらに余裕ができてからでいい。
まずは魔導士ギルドとの折衝の準備である。それと、、、
◆◆◆
「ティア、図面が完成したぜ。」
スタークさんだ。
僕の領地に建てるゼウエリオン神殿の図面を神官たちにお願いしていたのである。
テジン市国の財神神殿と似たデザインだった。
つまり、財神神殿の中に商業施設や各ギルド、各神殿の出張所を入れた巨大モール形式である。
今、僕の領地にある建築物は領主の館だけだ。
蛮族の住まいは移動式のテントなので、今なら自由に街の区画割ができるのだ。
大まかな区画としては、財神神殿が中央にあり、そこから道路を碁盤の目に走らせ、北側が領主の館、南側が学院、西側を耕作地にする予定である。
土壌改良はだいぶ進んでいて、それくらいの面積であればもう土に変わっているのだ。
ちなみに、元々オアシスだった湖は、領主の館のすぐ西に隣接していて、街中からの排水が流れ込み、そこから西に向かって川が流れている。
領主の館の周囲は一時森に埋もれ、館と道の周囲だけ最近切り開いたところだ。
元々木材加工の技術は未熟なので、材木はほぼ手つかずで余っている状態だった。
「早いですね! 図面さえできれば、早速建築に取り掛かれます。」
「あと、そっちに行く人選も終わった。明日にでも出発できるぜ。」
「ありがとうございます。それでは僕は一足先に出ます。ケイオルカを置いていきますので、何かあれば彼女に。」
「おう。ギリギリだが間に合って良かったぜ。やっぱお前には見といてほしかったからな。」
その通りだ。一目見さえすれば、書架が記憶してくれる。
そうすれば、検討するのは後でもできるのだ。
もう叙勲式は明後日に迫っていた。
僕はいま、それに向けて出立するところだったのだ。
明日、サウザー大公国に、転移門の魔法を使える魔導士が迎えに来ることになっている。
転移門はもちろん僕も使えるのだが、貴族が自分の魔法で王都まで出向くわけにはいかない。
かと言って馬車では一月かかるし、サウザー大公国は転移門の常設は認められていない。
結局王宮魔術師が迎えに来るしかないのである。
本当なら、もうとっくにサウザー大公国に行って準備していないといけないのだが、一応念話やケイオルカでも事足りる打ち合わせだけなので、テジンで領土経営の検討を続けていたのだ。
今までそんな知識と経験を持っているのはマーリンだけだったので、カリアーさんの存在は本当にありがたい。
別にマーリンの能力が信用できないというのではなく、違う考えをもった複数の人間が検討するというのが大切だと思うのである。
僕は一度転移門を開いてケイオルカと交代し、もう一度転移門を開くと、アッシュさんと一緒にサウザー大公国へ転移した。
スタークさんの『忙しい奴w』という苦笑が聞こえた。
◆◆◆
「ティア様! このたびはおめでとうございます!」
出迎えてくれたのはリッツだ。もしかして、彼はずっと僕担当なのだろうか。
いや、慣れた人の方が落ち着いていいっちゃいいんだけど。
彼は速足で更衣室に連れて行ってくれた。
大量の服が置いてあり、その着付けを手伝うメイドさんが5人いた。
尤も、その中で僕の服は5着だけだ。
女騎士の衣装は、叙勲式の時は甲冑だが、その後のお披露目パーティーは普通ドレスだ。
しかし女騎士が男装で出た前例もあるらしいので、僕もそうさせてもらう事にしていた。
その後、数日はグラリアーナに留まって官僚貴族や魔術師ギルドと交渉することになる。
その時の衣装も男装の貴族服だ。しかも着回しできないらしい。
そこには一つ問題があった。黄竜の女性形は無駄に胸が大きいのである。
僕は普段、黄竜の人間形態の時はゆったりしたローブを着ているが、貴族の服はそれよりずっと体の線が出るのだ。
男装をしても女にしか見えない。
僕は、冒険者クリスティア=マトーが功績を認められて騎士になったかたちだ。
冒険者の時にほぼ黄金竜で過ごしていたのだから、今更青や黒になるわけにはいかない。
結局、女が着る男装という事で、流石にミランダ様もそんな衣装は持っていなかった。
しかし、僕は男だ。ドレスだけは勘弁していただきたい。
結局、一から仕立て直しすることになった。
デザインしたのはミランダ様お抱えの仕立て屋だが、普通に縫ったのでは到底間に合わないところを、マーリンが琥珀竜の物質創造と魔道具で超特急で仕上げてくれた。
といっても、琥珀竜の物質創造は、あくまでも物質を作るための能力であって、複雑な構造物を作るのは苦手だ。甲冑くらいなら数分でできたが、布は難しかった。
結局布そのものを作るより、糸を作って縫った方が早かった。
セイクリッドの神官服を作ったのが良い練習だったと言える。
マーリンはあっという間に服飾技能を極めていったが、それでも一週間で5着の正装を作るのはきつかったらしい。
それも交渉や打ち合わせをしながらだ。もう二度とごめんだとぼやいていた。
それでもきっちりこの日に間に合わせてきたのは流石である。
僕はメイドさん達に着付けをしてもらいながら苦笑した。
何だかんだ、僕は仲間に恵まれている。
だが、もっともっと欲しい。
今ほとんどの作業を僕とマーリンがやっているのだ。
一部の仕事はカリアーさんやスタークさん、アッシュさんが引き受けてくれているが、それだけで領地が運営できるわけがない。
何しろ、僕の領地には仕立て屋すらいないのだ。
原石はある。蛮族十支族の族長たちや、竜の民、創造神の信徒たち。
彼らをどれだけ使いこなせるかが今後を左右するはずだった。
◆◆◆
着替えをすませた後は、ミランダ様に謁見し、叙勲式のリハーサルだ。
一度やってしまえば細かい流れは書架さんが覚えてくれる。
その後は、ミランダ様と夕食を一緒に取りながら領地運営について語らい、サウザー家の客室で眠らせてもらった。
かつてないふかふかのベッドである。
そして翌日の昼過ぎ、早めの昼食を済ませた僕たちの処に、王宮魔術師がやって来たのだった。




