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第7話 蛮族の魔導士⑦

 ホムンクルス以上の準備をしているとは思えない――

 その予想は正解だ。


 砂ネズミに変化した僕とシャイアは、リュウガ族の集落に容易く侵入した。

 敷地こそ広いものの、構造はゴリア族の村と変わらない。家屋の大半は簡易なテントだ。

 ただ、集落の中央には土台からしっかりと作った建造物があった。

 その中には魔導士風の男達しかいない。

 リュウガ族の族長すらテント住まいなのに、ゴルゴンゾーラはわざわざ自分の家を作らせたらしい。


 僕達はそこに侵入し、いくつかの誤算に気づいた。

 一つ。黄竜の目でもゴルゴンゾーラとホムンクルスの区別はつかなかった。

 二つ。小動物に変化していた僕達を、ホムンクルスは容易く見つけた。

 つまり……ホムンクルスの性能が予想外だったのだ。

 僕たちは小動物(砂ネズミ)に変化した状態のまま、十数体のホムンクルスに追われて逃げ回ることになった。


◆◆◆

『すまぬ……! 詫びようもない!』


 あのマーリンが本気でへこんでいる。

 だが、マーリンを責めるのは酷だろう。

 僕たちはゴルゴンゾーラを、暴走魔法を修めた魔導士だと思っていた。

 それが、いくらこの魔力嵐の中とはいえ、黄竜の目で見分けられない精度のホムンクルスを作っているなんて思いもしなかった。


「それは仕方ない。それより、なぜ奴らは俺たちに気づいた?」

『先ほどから急に、わしらの体から魔力的な信号が出ておる。この村に入るずっと前から、印付け(ペイント)されておったのじゃ。』

――おそらく、魔力を感知する超小型の蟲型ホムンクルスを、リュウガ村の遥か手前にばら撒いていたのだ。

 そいつらが僕たちに魔術的な目印(ペイント)を張り付けており、この建物に侵入した時点でゴルゴンゾーラに警報を伝えたのである。

 魔力をもった生き物が遠くから来てリュウガ村に侵入した際に知らせる、というだけの大雑把な警戒網だったが、僕達は見事にハマった。

 尤も、この警戒網はホムンクルスやゴーレム、あるいは形態変化(シェイプシフト)の魔法を想定していたのだと思う。


 いずれにせよ、僕もマーリンも、ゴルゴンゾーラの人物像を修正せざるを得なかった。

 ゴルゴンゾーラはおそらく、暴走魔法よりもホムンクルスの方が専門だと。


 不意に閃光が走り、足場を破壊する。

 暴走魔法ではない。おそらく魔道具か、ホムンクルスに魔法陣が仕込んであるのだ。

 ダメージはないが、僕らを追うホムンクルスとわずかに距離が縮まる。

 こいつらは一体一体特徴がある。見た目は同じだが、戦士型や魔導士型、魔法剣士型などがあるのだ。


「ティア。やっぱこいつら殺さないか?」


 シャイアの目が剣呑に光る。だいぶ苛立っているようだ。

 僕はゴルゴンゾーラを生け捕りにするつもりだったがホムンクルスとの区別がつかなかった。そのせいで、攻撃せずに逃げ回っているのだ。

 赤竜は好戦的である。相手がたとえ自分より格上であってもまず逃げない。それが格下に一方的に攻撃され、反撃もできずに逃げ回っているのだ。


 完全に僕のミスだった。黄竜のチート能力にかまけて何の準備もしていなかったのだ。

 せめてゴルゴンゾーラの特徴くらいもっと詳しく聞いておけば良かった。

 限定解除。僕の冒険者ランクは、戦闘と魔法技能に限り、A級相当。ただし素のランクはF級(・・・・・・・・)。まさしくその通りだった。

 僕は自分の馬鹿さ加減を呪う。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。


「ゴルゴンゾーラは殺さない。だけど、そろそろ反撃しよう。――拘束(スペルバインド)!」


 拘束の魔法は本来一体しか対象にできないが、領域魔法を応用して範囲を広げ、僕たちを追いかけてきていた一団を一網打尽に拘束する。

 その瞬間、僕は反転し、距離を詰めた。距離が近づけば魔力嵐の影響は弱まる。


『ご主人! ここまで近づけば分かる! こいつら全員ホムンクルスじゃ!』

「シャイア! こいつらは壊してかまわない!」


 このホムンクルス共は魔法抵抗力も高いようだ。一瞬で拘束の魔法が振りほどかれたが、遅い。

 嬉々として全身に炎をまとったシャイアが、砂ネズミの姿のままホムンクルスの集団に飛び込み、力任せに引き裂いた。


◆◆◆

 テューイ=ゴルゴンゾーラは人の好い男だった。

 悪意に疎く、大らかで楽観的だった。

 失敗をしても、叩きのめされても、すぐに立ち上がって笑うような男だった。


 だから、人を憎むということを理解できなかったのだろう。

 あの馬鹿は、何百年も殺しあった人々が、物理的な障害さえ取り除けば手を繋げると信じていた。

 砂漠に雨が降れば、レナード王国と蛮族は手を取り合えると真剣に信じていたのだ。

 そのために人生を注いで暴走魔法の理論を作り上げた。


 だがそんな父を、ルークは嫌いではなかった。

 あまりの甲斐性の無さに母が愛想を尽かして以後も、時折会ってその夢物語を聞かされたものだ。

 自分も魔導士を目指したのは、そんな父の影響もあったのだろう。


 尤も、父の理念に共感を覚えたことはない。夢物語は夢物語でしかないのだ。

 あの父が国家に反逆するとは思えなかったけれど、そう思われても仕方のない研究だったと思うし、父に協力していた蛮族共も、暴走魔法を戦争に利用する気だったと思う。

 だからルークは魔導士としての研究テーマはホムンクルスを選んだ。精緻な理論と将来性に惹かれたからだ。


 父が処刑されたとき、ルークが見逃されたのは、そのためだった。あまりにも暴走魔法とかけ離れた研究をしていたからだ。

 表向き父とルークは絶縁していたし、父は共同研究者や弟子さえいない変わり者だった。それに対してホムンクルスの研究は有用だったし、ルークはその世界でA級と呼ばれる実績の持ち主だった。


 だが、ルークは父が嫌いではなかったのだ。


 人知れず、ルークは暴走魔法を習得していた。尊敬もしていなかったはずの父の復讐を志していた。

 そしてホムンクルスと暴走魔法は意外と相性が良い。


 暴走魔法は一か八かでぶっ飛ばす単発の攻撃魔法に向いている。

 一方ホムンクルスに仕込まれた魔法陣は、小規模で繰り返し使う魔法に向いている。

 それにホムンクルス自体にも高レベルの剣士技能を組み込んであった。

 それを併用した結果、サウザー大公国は、自分たちが相手取っているのが暴走魔法の使い手だと気づかなかった。中央砂漠で魔法を使用できる魔法剣士集団だと思っていたのだ。


 だが今、そのホムンクルス集団が蹂躙されていた。

 一見ただの小動物だが、すさまじい魔力と戦闘能力を持った生物だ。

 まるでドラゴンである。しかしそれはあり得ない。ドラゴンこそ、生物創造系魔導士の目指す究極の到達点、最強の魔獣なのだ。

 ドラゴンを手懐けることなどできないし、ドラゴン級のホムンクルスが作り出されたならば、自分が知らないはずがない。

 あり得るとすれば、ドラゴンに匹敵する戦闘力を持つS級冒険者が、小動物に変化しているのだ。


 とりあえずリュウガ族の蛮族を投入したが、悪手だった。

 ルークは侵入者の居場所を大雑把に把握しているが、それを蛮族にリアルタイムで伝える手段がないのだ。

 蛮族はたちまち侵入者を見失う。


 それどころか、侵入者はルークの居場所に気づいたようだった。

 一直線にこちらに向かってくる。

 迎撃に向かったホムンクルスが凄まじい電撃に薙ぎ払われる。一撃かよ。


 打てる手段はもう無かった。

――こんなものか。A級魔導士の俺が蛮族の力を借りて、必死に準備して、それでも王国に一泡吹かせることもできないのか。

――だけど、一介の魔導士にしては、頑張っただろう? 父さん――


 侵入者が近づいて来る。あと100m、50m、ドアの前。

 勢いよく扉が開かれ――そこには天上から舞い降りたような美少女が二人いた。


「――お前が、ゴルゴンゾーラか?」


 侵入者は砂ネズミだったはずだが、これも変化した姿なのだろう。

 まるで、本当にドラゴンのような変身能力だな。


「ああ……」

 そうだ、と答えかけた瞬間。爆炎が二人の侵入者を焼いた。

 なんだ!? 魔力の発動を感じなかった。いや、魔力自体は感じていた。

 だけどこれは――


 ティアもその存在は聞いたことがあったが、見るのは初めてだ。

 人や黄竜の魔法の埒外の存在。

 ルーク=ゴルゴンゾーラを守るように立ちはだかったのは、炎の精霊(イフリート)と呼ばれる存在だった。

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