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第4話 北嶺の都③

 使い魔。

 それは魔法使いにとって、己の半身とも呼べる相棒(パートナー)だ。


 使い魔の材料は無生物、あるいは生物でも極めて自我の弱いものだ。

 よく使われるのは短剣や杖、宝石、彫像などだ。

 それらは使い魔の『核』もしくは『原型』と呼ばれる。


 「核」に「使い魔製造(ファインドファミリア)」の魔法をかけることで、主の魂の一部を譲渡され、「使い魔」としての「姿と能力」、そして自我を手に入れるのだ。

 使い魔の「姿と能力」は7種類ある。


 狼、小悪魔(インプ)、黒猫、女神(ディーバ)小竜(ミニドラゴン)、インコ、分身(ドッペルゲンガー)の7種類である。


 狼は戦士(ウォーリア)、インプは吟遊詩人(バード)、黒猫は盗賊(シーフ)、女神は神官(クレリック)、ミニドラゴンは銃士(ガンナー)の技能をそれぞれ持つ。

 そしてインコは「交渉」と「虚偽感知(テルアライ)」、ドッペルゲンガーは主と同じ能力を持つ。


 また、使い魔は共通能力として「意識共有」「転移門」「付加魔法」「原型回帰」の4つの能力を持つ。


 「意識共有」は主と意識や五感を共有する能力であり、意識を使い魔に完全譲渡することもできるし、逆に共有を切ることもできる。


 「転移門」は、魔法の「転移門(ゲート)」と同じだ、常に主と使い魔を繋いでおり、互いの場所を行き来できるのだ。


 「付加魔法」は、あらかじめ一つの魔法を仕込んでおき、無詠唱で発動できるようにする能力である。


 「原型回帰」は文字通り「原型」に戻る能力だ。魔法戦士だと剣を「原型」にして、剣形態と使い魔形態を使い分けるような使い方が可能だ。


 僕の使い魔の「原型」はケイオルカであり、使い魔としての姿は分身(ドッペルゲンガー)である。


 僕は、睡眠薬を盛られたことには気づいていた。

 しかし、竜の体に人間用の睡眠薬は効かない。効いたフリで様子見をしていたら「牢獄」の魔法を唱えだしたので、ケイオルカに意識を完全譲渡し、ザフ達が全員いなくなったのを見計らって「解放」の魔法で本体を解き放った。


 だが遅かった。

 既に街は焼かれ、人々は泣き叫んでいた。

 こんなことなら「牢獄」の詠唱中に叩きのめしてやれば良かったと思うが後の祭りだ。


「ケイオルカ。皆を助けるぞ。」


 ケイオルカは美しい毛並みの黒豹の姿になり、ひと声吠えると、その背に僕を乗せ、街へ駈け出して行った。


◆◆◆

 ゼカルドには予感があった。人間離れした美貌。こんなに美しい存在が人間なはずはないと。

 彼が宮殿を守る守備兵を吹き飛ばした際、それを守るように黒豹が立ちはだかった時、予感は確信に変わった。


「やはり君だな。クリスティア=マトー。」


 女神のように猛々しく、悪魔のように美しく。少女は背後に現れた。

「ケイオルカ」と呼ばれた黒豹が一瞬で彼女の傍に移動し、剣となって少女の手に握られる。


―ゼ・ビュート・フォー…


 ゼカルドが魔法の詠唱を始めた瞬間、彼の視界が赤く染まる。


火球(ファイアーボール)


 馬鹿な!?無詠唱だと!?


 しかも先ほど自分が使った「火球」とは威力の桁が違う。

 爆炎がはれたあと、そこには消し炭も残っていない。

 それに一瞥(いちべつ)もくれず、少女はすでに倒れている人たちに向かって魔力を放つ。

 その髪はいつの間にか白く変わっていた。


◆◆◆

 続く爆音。近い。カイエル=リウニーは憔悴しきっていた。


「侍従長!」


 駆け寄ってきたのは副侍従長ゴート=ケイナーである。プライベートでも親友だが、仕事でも信頼できる右腕だった。


「ゴートさん…。」


 また悪い報せだろうか。不安げに目をやった瞬間、長年の付き合いだった副侍従長の手に握られた短剣が、カイエルの腹を抉っていた。


「な、何を…?」


 信じられない。ゴート=ケイナーが自分を裏切るはずはない。


「裏切ったわけではありませんよ。彼は私の親友なのです。今朝からですが。」


 魔道士風の男が現れる。たしかザフ=クルッパの護衛の一人だった。

 聞いた事がある。「心理操作(フレンド)」の魔法は、義理堅い人間に対してほど効果が高いと。

 ゴートは魔法で心を操られ、自分に向けていた友情の全てをこの卑劣な魔道士に向けているのだ。どこまで人を人と思わない奴らなのか。


「ゴミ虫の怨嗟に満ちた目はたまらんなぁ。」


 下卑た笑いとともに醜い肥満漢が現れる。ザフ=クルッパだ。


「何故だ?今まで帝国と竜の民が敵対したことは無い。なぜ急に…」


「帝国が貴様らを放っておいたのは金青竜がこの地を守っていたからだよ。

 だがその金青竜はもうおらん。

 我らがこの地を抑えれば、一気にガーランド大公国まで攻め入ることが出来るのだよ。」


「ライオット様が、もう、いない、だと?」


「隠すな。部下にも確認させた。この副侍従長どのも教えてくれたぞ?」


 だとしてもそれは今朝以降のはずだ。

 ライオット様が消えたのはたった二日前だ。それをもう知り、侵略の準備を整えたと言うのか?辺境のクルッパ伯が?

 ありえない!


「貴様、この件、帝国の上層部は知っているのか…?」


「そんなもの事後報告でよい。

 ガーランド大公国を落とせば、いちいちこの山脈を越えなくとも転移門の魔法で兵を送り込める。

 一気に王都グラリアーナまで落として儂は英雄よ!」


「馬鹿な!?一伯爵が、独断で国の戦争を引き起こすというのか!?」


 ありえない。この男は狂っている。いや…

 カイエルは恐怖に満ちた目を魔道士、ライミー卿に向けた。


「まさか、貴様、自分の主人まで魔法で操っておるのか…?」


 ライミー卿の口が耳元まで裂けたかと見えた。無論錯覚だが、人がそこまで邪悪な笑みを浮かべるのを見たのは初めてだった。

 足がガクガクと震えるのは失血のためだけではないだろう。


「さあ、話は終わりだ。トドメをさせ。副侍従長!」


 かつて親友と呼んだ男の殺意がせまる。心根の良い男だった。

 魔法で操られて自分が何をしているかも分かってない。

 カイエルは親友(とも)のために泣いた。



 ―刹那。


「ケェイオォオーーカ!!!!」


「ごおおぉおーっ!!!」


 疾風迅雷。天窓から舞い降りた黒い影とその背にまたがる金色の髪の少女が一瞬でゴート副侍従長の手から短剣を奪い取っていた。

 割れたステンドグラスが舞い落ち、月光を反射してきらきらと光る。

 だが、それすら少女の美しさを飾るには足りない。


解呪(ディスペル)


 少女が何と言ったのか理解できない。一瞬のちゴートがわなわなと私の傷口に手をやった。


「か、カイエル…!これは!この傷は、私が刺したのか!?」


 カイエルは驚愕した。ようやく先ほどの少女の呟きの意味を悟ったのだ。「心理操作」の魔法を解除したのだと。しかも無詠唱で。


◆◆◆

 ラギーノ=ライミーは戸惑っていた。

 この女は確かに「牢獄」の魔法で捕えたはずだ。そして「牢獄」の魔法は自力での脱出は絶対に不可能なはずだった。


 だが既に狂っているザフ=クルッパは違和感を覚えない。


「おお、クリスティア殿ではないか。儂に会いに来たのか?

 そなたが望むなら我が愛妾として迎えてやろうではないか。」


 ひどく場違いな提案だった。

 耳が痛いほど静かな宮殿に一人、ザフの声だけが響く。


 ラギーノ=ライミーは喉がからからになるのを感じていた。

 やめろ。そいつに手を出すな。


 本能が警鐘をならしていた。怖い。逃げたい。ここにいたくない。

 そいつの前に(・・・・・・)いたくない!


「…誰に口をきいておる。」


 もう遅かった。

 少女の髪が青く変わる。大気に静電気が混じる。風がおこる。

 その圧倒的な存在感。


「ま、まさか…」


 カイエルは思った。今日は何度驚くのだろう、と。

 だが、間違いなく、これはその最大だった。

 少女の全身が鱗に覆われる。その姿がみるみる巨大な獣に変じる。

 蒼く金属の輝きを放つ美しい鱗。そして神々しさすら漂う獣の姿。


 見間違えるはずもなかった。

 我々はそれにずっと使えてきたのだから。


 それは嵐の王、金青竜だった。

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